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ビシビシビシ、とゾイドの作り上げた結界にヒビが入る。
大きな振動の後、空間が歪み、結界の天井がガラガラと落ちてくる。
「ちょっとゾイド様!大丈夫なんですのこれ??」
レイチェルは焦って大慌てだが、ゾイドはピクリとも動かない。
突っ立ったまま、棒の様に立ち尽くしている。
レイチェルはおろおろしてゾイドを見上げる。
ゾイドは口元を手で抑えて、体は小刻みに震え、その麗しいかんばせは、耳まで真っ赤だ。
ゾイド様、ゾイド様、と何度かレイチェルが声をかけた後、ようやくゾイドは我を取り戻すと、今度は頭を抱えて、ガクリと床にうずくまり、何やら呻いている。
「レイチェル、どうか私を見ないでくれ、今私はどんな情けない顔をしているか、酷い顔を、していると思う。」
恥ずかしいという感情をどうやらこの男、持ち合わせていたらしい。
レイチェルに背中をむけて、ローブでできた大きな黒い山になって固まってしまっている。
「。。レイチェルが、レイチェルから、わ、私に口づけを。。。」
ブツブツと黒い山の中は、一人で呟く。
「それから、、、あ!!あ!!!!あ!!!わーー!!!!!!!」」
そして、今度は急にガバリと体を起こすと、大声で叫んで走り出し、そうかと思うと今度はレイチェルの顔中に口づけの雨をふらして、レイチェルを抱えてクルクルと廻り出した。
「妻に!妻になってくれるというのか!私を、生涯愛してくれるというのか!!」
「ちょっと、ゾイド様、ゾイド様ったら!」
この方大声も出せたのね!
レイチェルはゾイドの挙動不審に大いに慌てるが、ゾイドはもう、聞いていない。
こうなったらもう気の済むまで好きな様にさせてやらないといけない。
時々発令してしまう、レイチェルの良く知ってるゾイドの暴走。
レイチェルの胸に暖かい物で満ちてくる。
「嬉しい。。嬉しいんだレイチェル!!今私は人生で一番、心が弾んでいるんだ。ああ、何が楽しくて人は踊るのかと思っていたが、なるほど私は今踊りたい、レイチェル、貴女が側にいるだけで、世界はこんなに喜びに溢れている。。」
表情筋に問題があるとされて来たこの貴公子は、レイチェルのように大きな、大きな深い顔いっぱいの少年の様な笑みを浮かべた。
(。。。エクボがあるんだ。。)
その陶磁器の様な、全く動かない事で有名な美しい顔の奥の、その奥にこんな可愛らしいエクボが隠されている事をどれだけの人が知っているだろう。
ゾイドはレイチェルをそっとおろすと、今度はレイチェルの周りをグルグルと回って、ぴょんぴょんと、子供の様に跳ねた。
言質はとったからな、やっぱりヤメだと言っても聞かないから、子供の様に有頂天なゾイドだ。
レイチェルが孤児院を訪れた時の子供達の様な行動に、レイチェルは苦笑してしまう。
(なんてどうしようもない、可愛い人。。。)
「ゾイド様こそ、返品はなしですよ。良いんですか?後で綺麗な人に目が移っても知りませんよ?」
「この世の至宝を手放す様な愚かな男などいるものか。ああレイチェル、知らないのか?君がどれだけ可愛いのか、君がどれだけ綺麗なのか!君はまるで、この世の朝日を閉じ込めた神殿のようだ。君は星降る夜の様だ、君は、君は、君は。。。」
レイチェルは、感極まって声が出なくなったゾイドの手を取った。
どちらからともなく。そっと二人は口付けを交わす。




