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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
恋の行方

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「。。私は。。」


少し逡巡して、言葉を繋いだ。


「貴族の令嬢としては、失格です。それは私も知ってる事です。」


何か反論しようとしたゾイドをたしなめ、続けた。


「手芸くらいしか特技がなくて、魔術には詳しい方だと思うのですが、それは、ずっと、友達がいなかったから、社交から逃げる為で。。いわば魔術は、私の現実逃避なんです。」


ゾイドは何も言わない。真っ直ぐ、一言も聞き逃さない様にレイチェルの言葉を待っている。


「魔力もなくって、令嬢としては地味で、お話も苦手で。社交界では私の価値はありません。魔術にしても、たまたま体質が変わっているらしいですけれど、私はゾイド様やジジの様に、魔術を研鑽して高みを目指しているわけでもなくて、現実と向き合うのが怖くて、魔術というお話の中に逃げ込んでいるだけの、ずるくて、いくじなしなんです。」


レイチェルの茶色い目から、大きな涙の粒が溢れる。


「ゾイド様の様に美しくて、身分も高くておいでで、これからのアストリア国の魔術を担う、立派なお方には、ガートルード様の様な淑女こそが、お隣にお似合いだと思うのです。なんの取り柄もない地味な私などを娶っても、ゾイド様にご迷惑をおかけするだけで、貴方の隣に、私の様な娘は相応しいとはおもえません。きっと結婚したとしても、魔法伯家の役に立たない、美しくもない私にすぐに呆れて、結婚を口にした事を後悔なさいます。」


「私では釣り合いません。ゾイド様は本当に、ご立派な方です。どうぞ、私のことはお忘れになって。」


ゾイドはその赤い目を眇めて、泣きじゃくっている愛しい娘をみた。


「。。レイチェル、可愛い人。」


そしてレイチェルのつむじに口づけを落とした。


子爵は、そもそもレイチェルは無理に嫁に出す気はなく、隠居後は、レイチェルとゆっくり領地に籠もって暮らすつもりだったという。

レイチェルは心優しい家族に愛されて育ったが、館を一歩でると、そこには厳しい現実の世界が待ち受けている。

心の優しいレイチェルにとって、風変わりなレイチェルに対する世間の評価は心をいかに苦しめる物だったのか、とゾイドはようやく思い至る。


春の雨の様な、優しい言葉が降ってくる。


「私はね、ずるくて、いくじなしで、社交が下手で、地味で変わり者のレイチェルを、愛しているんだ。」


ゆっくりとレイチェルを包んでいた腕に力がこめられる。むせ返る様な、気怠いジャコウの香り。


レイチェルはゾイドの言葉にびっくりして、思わずゾイドの顔を見上げた。何を言い出すのだろう。

ゾイドは嬉しそうに、それは優しい眼差しをレイチェルにむけて、続けた。


「私はたまたまこの外見に生まれて、たまたま身分も、魔力も高く生まれたけれど、私だって貴女と同じ、中身はただの人間だ。」


「貴女がずるくていくじなしなら、私は冷血で、朴念仁で、感情がなくて、氷の様で。ああ、人でなしとも呼ばれた事がある。」


ゾイドは全く意に介しないと言った具合に、つらつらと自分に投げられた言葉を思いだす。


「魔術は得意だが、私は代々魔術師を排する魔法伯家の、研究者だ。それは当然の事だし、神学や、紋については貴女の知識の方が私より優れている。貴女は論文を出した事がないから、自分の知識がどのくらいの価値のあるものか、よく分かっていない。貴女の体質を別としても、私の研究所に欲しいくらいには、優れた研究者だと思っている。」


これは言わないでおこうと思ったんだが、とらしからぬ、少し困った様な顔をしてゾイドは言った。


「貴女は私の事を立派だと言った。私はね、本当に女々しい男でね。貴女の事をもっと知りたくて、貴女が姿を消してから、実はこっそり針と糸を取り寄せてみたんだ。真っ直ぐ針を進ませるだけで、たくさん指を負傷した。私にしてみれば、貴女がどうやって従属させた竜の様に、針を自由自在に操っているのか、心から尊敬した物だ。」


そしてモゾモゾとゾイドは胸元から、ハンカチを出してきた。

絹の貴婦人様の上等の布地の端に、糸クズが絡みついた様な酷い刺繍があった。目を凝らすと、レイチェルが練習していた言葉にならない思いが、ミミズのはったような出来ではあったが、はっきりと縫い取られていたのだ。


「。。あなたを、愛しています」


ゾイドは愛おしそうにその糸くずの様な縫い取りを指で辿り、声に出して、読んでいた。

所々ハンカチに赤い点々がついているのは、おそらく指を針でついた際の血。


レイチェルは、大きなゾイドが体を丸めて、針と糸を前に格闘している姿が思い浮かべた。

仕立て屋などの職業を別として、アストリア国の、しかも貴族の男が針を持つなど聞いたこともない。

この高貴な、アストリア国一の魔術師が、先の大戦の英雄が、針と糸を。

指をいっぱい刺して、悪戦苦闘して。

レイチェルは頭が真っ白になった。

この男にとっては、竜を従属させる方が、針を真っ直ぐ進ませる事より容易い事だというのに、だ。


少し照れた様子で、貴女がこれをどういう気持ちで刺したのか、知りたかったんだ。と言って、そっとハンカチをレイチェルの手に握らせた。

私も言葉は苦手だけど、これなら少し、思いを伝える事がたやすくなるな、そう感心した様に付け加えて。


「ゾイド様ったら。。」


レイチェルは泣いて笑って、もうグチャグチャだ。

笑いが止まらない。涙も止まらない。


降参。降参だ。

この男は決して、レイチェルを一人にするものか。

世間が何と言おうと、この男は絶対に、何があっても、レイチェルを真っ直ぐ見つめ、心そこから愛し続けてくれるだろう。そして、それこそレイチェルが求めていた物ではないのか。


心の霧は、すがすがしいほど晴れてゆく。晴れた向こうには、大きな虹がかかっている様な、そんな気がした。

レイチェルはもう迷うことはない。


この後に及んで、おずおずと、人外の美貌の男は、弱々しくレイチェルに乞う。


「レイチェル、私はこんなにも情けない、女々しい、嫉妬深い男だ。。だが君を、愛している。どうかそれでも妻になってくれないか。」


レイチェルは、背伸びをして、ゾイドの襟をぐい、とレイチェルの前まで引っ張った。


少し混乱した顔をした、アストリア最強の困った男のその唇に、レイチェルは己の唇をそっと重ねて、そして言った。


「愛しています、ゾイド様。私を、貴女の妻にしてください。」

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― 新着の感想 ―
ゾイドだけでなく、天真爛漫に見えたレイチェルの不安も分かち合ってのプロポーズ、とてもステキです! 正直ホントにホッとしました…親目線?(笑)
なんて美しくて尊い 私の中の The Most Beautiful プロポーズ of ALL
[良い点] きゃー!! 最後の一文で、息絶え絶えです。 ここまでの道のりの美しさを、ありがとうございます
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