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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
二人の狭間で

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ゾイドはほと、ほと、と流れる涙を拭いもせずに、ずっとレイチェルを見つめていた。

感情の薄いと称されるこの男は、感情のたかぶりを御する事に全く慣れていない。

溢れる思いが胸をついた時に、どうやってその心に対応したら良いのか、知らないのだ。


「。。。帰ろう、レイチェル。」


長い沈黙の後、ようやくその口をついて出た言葉は、それだけだった。

それだけの言葉をようやく紡ぎだすと、よろよろ、と水に濡れてグシャグシャのレイチェルの前に進み、その小さなレイチェルの手を、宝物の様におし抱くと、大きな体をを半分におり、水の中にサブリ、と膝をついた。


「。。ゾイド様。。?」


ゾイドはそして、子供の様にレイチェルの膝にすがると、肩を震わせて、泣いていた。


「。。レイチェル、会いたかった。会いたかった。。もう一人にしないでくれ。。。」


「。。君がいないと、朝がこない。君がいないと、春もこない。君が、君がいないと息もできないんだ。どうか二度と私の元から、離れないでくれ。。」


アストリアの赤い氷と呼ばれた男が、この小さな、地味な娘の前で、子供の様に愛を乞い、その膝にすがって泣きじゃくっているのだ。


朝日が二人を照らす。

影が伸びてゆく。先ほどまでのガヤガヤとした喧騒はなりを潜め、今や誰も言葉を発する者はいない。

泉には静寂が戻り、ゾイドの嗚咽だけが、静かな泉にこだましていた。


異様とも見えるその光景を、笑う者は誰もいなかった。皆厳かな儀式を見守るかの様に、二人を見守っていた。


//////////////////////


青い顔をしてその風景を少し離れて見ていた一人は、バルトだ。


大の男が人前で泣いている。小さな娘の膝にすがって。

そしてその男は、ただの男ではない。

その指先一つで、一国を相手に戦う事もできるであろう、アストリア最強の魔術士だ。


バルトは、ゾイドが膝をすがっている娘に目をやった。

レイチェル・ジーン。己がアストリアから誘拐してきた、至って地味な子爵の令嬢。


髪も解けて濡れてグシャグシャで、魔道士のローブの下は寝間着という酷い格好だ。

化粧もしていないので、地味な顔がより一層地味だ。

地味な娘のその胸元には、似つかわしくない大きなサファイアが光っていた。


「。。ルークよ。お前が王に、妻と求めた娘が、あの娘だな。」


バルトは呟いた。


「。。仰せの通りです。」


ルークは青を通りこして、白い顔をしていた。

血走った眼をしている。狂気を思わせる様な表情は、この男の美貌と相まって、ぎくりとする凄みのある色気を漂わせ始めた。

成人した美しい女性しか愛でない主義のバルトですら、思わずゴクリと喉から音が出る。


異様な光景だ。


魔物の様な美貌のアストリア国最強の魔道士は人目も憚らずに、この地味な娘の膝にすがって嗚咽している。


そしてこの国の太陽の騎士と呼ばれた宰相の息子は、国中が見ていた中で下賜された、王家の首飾りをこの娘に。

レイチェルを、ルークの魔力を持つ子を得るための道具として求めているなら、こんな扱いは決してしない。


(どうするんだこれ。)


バルトは深く息を吸い込んだ。


泉の呪いが解呪された事により、これから大きく遺跡の発掘と解析が進む。

その結果だけでも大きな政治的な展開が考えられるというのに、泉の解呪に大きく貢献したジジ殿下の功績と、その副産物である、成長不全からの開放による公国の継承絡みの政治的動き、公女の結婚問題も表に上がる。

周辺国からの婿入りとなると、また外交の均衡問題、力関係も変わる。

ジジ殿下絡みの政治、アストリア関連の問題、考えつくだけでも頭が痛いというのに。


放っておけば、この地味な娘の恋愛絡みの話は、二国間の政治の大問題に発展する。


眉間の痛みを堪えながら、バルトは一応、聞いてみた。


「。。ルーク、聞かせてくれ。あの地味な娘のどこにそんな魅力があるんだ?お前といい、ゾイドといい、一体なぜだ?」


純粋な疑問だった。おそらく下町の酒場あたりで見かけたらば、まあまあ可愛いと感じるだろうくらいの見栄えの娘だし、身分も貴族の末端、所作も普通なら会話もまあ肝の座りはいいが、機知に富んでいるわけではない。

特殊体質と、深い魔術の知識は瞠目に値はするが、それだけだ。


目の前の貴公子は、国中の娘達が懸想するどころか、うっかりすると男の自分ですら身惚れてしまうほどの美貌と、最高の身分と、そして魔力。

ゾイドに至っては、バルトが知る中で最も人外と言って良いほど美しい、アストリア最強の魔道士だ。

この二人にここまで思われる価値のある娘とは、到底思えない。


ルークはバルトには目も合わせずに、レイチェルを見つめ続けたままこう呟いた。


「それは私が一番、知りたいのですよ。言葉にもできないし、理屈も全く見当たらないのですが、私はあの娘が世界で一番、愛おしいのです。」


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