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(うっわ。。これは洒落にならない。。。)
静かな泉の水は、魔力を感じて、ゾワゾワと波紋が近づいてくる様に蠢く。
ジジはこの、引きずりこまれる様な泉に淀む、呪いに不快感が隠せない。
まるで命をもった生き物の様だ。
「ジジ様、ここです。この奥の塔の内部から、呪いが発生しているとか。」
泉のほとりまで王宮からジジを案内したのは、先日演舞を披露した、やたらと美しい男。
この男が、前回レイチェルをここまで連れてきた様子だ。
ルークと言う名の宰相の息子は、体が小さいジジの為に、馬車の昇降に小さな階段を用意したり、非常に細やかな気遣いだ。
ジジは、先日の演舞からすっかりルークが気に入っている。
細やかな気遣いも、演舞の際の華やかな美しさもそうだが、ジジが何よりも気に入ったのは、小さなジジをきちんとレディ扱いする所だ。
大抵は、公女であれど子供の姿をしたジジを、一人前のレディ扱いする貴公子は少ない。
ジジもそれを利用して、しっかり母国の為の諜報活動に役立ててはいるのだが、やはり子供扱いされるのは、不愉快は不愉快だ。
ちなみにゾイドは、ジジを子供扱いはしないが、レディ扱いも一切しないので、それもどうかと思う。
(レイチェルはこの気味悪い水の中を泳いだって、影の報告であったけど、、)
あの子本当に、大丈夫かしら。
調査団の編成は、古語の専門家や神殿の重鎮たちだ。列を連ねてジジの様子を伺っている。
ともかくこの泉の呪いが消えない限りは、奥の遺跡の壁面の記述を読み取る事ができるのは、レイチェルだけなのだ。
ジジのポーションのおかげで大分石化がましになったとはいえ、まだ石化の際の恐怖の消えていない調査団の面々は、泉に近づくのも恐ろしいのであろう。
決して水辺に近づこうとしない。
水面は吸われた魔力で、昼の様にキラキラと光を称えている。
お伽話の挿絵の様に美しいが、実際は、触れると石になるまで魔力を吸われる、呪いの泉だ。
放出しても、放出しても魔力の尽きない魔力過多に苦しんでいるジジは、ニヤリと笑う。
(吸い取れるだけ吸い取ったらいいわ。)
そして身体中につけている、宝玉や札、そして魔道具を全て外して、側に控えるローランドに預けた。
中には公国の秘宝扱いになっている魔道具もある。
暴れる魔力から体を守る為、肌身離さずつけているものだ。
全ての道具を外すと、ジジの体は燃える炎の様な魔力で緑に輝く。
放っておけばこの魔力は、持ち主であるジジをも一刻で焼き尽くすのだ。
ジジはその小さな体を泉にひたした。
泉に満ちた呪いは、ジジの体から魔力を引きずり出そうとジジの体に絡みつく。
調査団の男達は皆、顔を背けてジジを直視できない。
ビリビリと凄まじい量の魔力が体から引出される。
ジジの体に痛みはない。むしろ、燃える様な魔力が体から引きずり出されて、心地よい。
「ジジ様、ご気分が悪くなられたら、すぐにお知らせを。あちらに休憩所を用意していますので」
随分と落ち着いた口調で、やたら美しいこの男はジジに語った。
この男の顔に恐怖は見えない。
恐怖を称えた目でビリビリとこちらを凝視しているだけの調査団の男達とは違い、この美しい男は、他の男が近づくことすらしない泉のほとりで、すでに白い木肌の木ばかりで火を起こして、体を休める為の、白い小さな天幕まで用意している。
ジジの体が温められる様に、良い香りのお茶の用意まで手配している様子。
月夜に合わせ、珍しい月華草のお茶だ。
(へえ。こんな時にも優雅さを忘れないなんて、この男ただ物ではないわね。)
ジジは体を浸しながら、ルークの方を振り向いて、余裕を見せて冗談を言う。
いい男だ。少し遊び相手になってもらおう。
「気分は悪くないわ。でも私はこの月の美しい夜に、黄金の様な水と戯れていると言うのに、なんともフォート・リーの男達は無粋ですわね。」
ジジは公女だ。どの様な状況であろうとも、余裕を持って、優雅に振舞うことは、高貴な生まれの女達の誇りだ。
ここは恐怖で震える場面ではない。美しい月の夜、詩の一つでも吟じて、美しい公女に奉じるべき場面だ。ぼうっと恐怖でつったっているだけの、調査団の男達をそう揶揄しているのだ。
ルークは察したらしい。
「これは公女様、これほど大勢の男がいながら、あなた様のご機嫌をお伺いする気のきいた者もおらず。不調法者ばかりで痛み入ります。不束ながら、この私がお慰めいたしましょう。」
ルークはニヤリと笑った。男女の間の言葉遊びは、ルークの一番得意とする所。特に相手が、高貴な相手であればあるほど。
(腹の据わったお方だ。実に、一国の公女にふさわしい。)
ルークはいつも持ち歩いている(いつも、持ち歩いているのだこの男)銀の横笛を取り出すと、ジジの前で膝をつくと、ロッカウェイ公国の作曲家が作った、優雅な月光の曲を紡ぎ出した。




