99話、魔女たちの再会
家に戻ってきてから、三日ほどが経っていた。
イヴァンナはあの後わざわざリネットとエメラルダを訪ねたらしく、あれよあれよという間に食事会の予定が立ったのだ。
そして今日がその食事会の日である。
私はこの日のために、とあるお店からある料理を買い付けに行っていた。首尾よくその料理を手に入れ、今は箒に乗って家に戻っている最中である。
時刻は午後三時。天気は良く、箒で空を駆けていて気持ちいい。徒歩だと何日もかかる道程も、箒で思いっきり飛ばせば数時間のうちに家に戻れるというのはやはり楽だ。
もっとも、次に旅をする時もできるだけ徒歩にするつもりだけど。
箒で飛ぶのは楽すぎて旅行気分にしかならない。やはりできるだけ自分の足で歩いて、地図を眺めながら道を歩き、村や町に出会うというのが旅って感じがしていい。
そんなこだわりはともかくとして、あっという間に家の真上まで来ていた。
箒の乗り降りができるよう、家の周囲は軽く木々を切り倒してある。ゆっくりと滑空しながら、私は家の前へ降り立った。
「……あら、奇遇ね、師匠」
すると、時を同じくして箒に乗ったイヴァンナが降り立ってくる。そろそろ約束の時間なので、折よくやってきたのだろう。
「イヴァンナだけ? リネットとエメラルダは?」
「さあ? 途中でそれらしき魔女とは出会わなかったわ。エメラルダはともかく、リネットはもう来ているんじゃない? こういう時、いつも約束の時刻より大分早く到着するじゃない。几帳面なのよ、あの子」
「確かに……じゃあもう家の中にいるのかな」
ライラに留守番をしてもらっているから、もうすでにやってきてたら家の中に招かれている可能性は十分ある。
「……ところで、そのお鍋は何?」
イヴァンナが首を傾げて私の箒を指さした。
箒の中頃には、鍋がくくりつけてある。箒から落ちないように、紐で厳重にぐるぐる巻きつけてあるのだ。
「これ? まだ内緒」
「ああ、今日の食事会のメインね」
「そうだけどさ……はっきり言わないでよ」
まさにその通りなのだけど、もっとこう、察しつつも知らないふりをするのが気遣いというかさ……。
でもイヴァンナにそんなことを言っても無駄か。長い付き合いだし、そういうのを気にする間柄でもない。
紐をほどき、鍋を抱えて玄関を開ける。すると、出迎えてくれたのはリネットとエメラルダだった。
「お帰りなさい師匠っ、そしてお久しぶりですっ!」
まだその表情にあどけなさを残す若い魔女は、三番目の弟子リネットだ。
以前会った時は背に届くくらいの長髪だったけど、今はセミロングになっている。お菓子作りをするから、邪魔にならない程度に切ったのだろう。
「やっほー師匠、おひさー。エスティライトで会って以来だっけ?」
リネットの横で軽い挨拶をしてきたのは、整った顔立ちをした美しい魔女、二番弟子のエメラルダだ。今日は肩に届く程度の髪を二つ結びにしていた。なんだなんだ、イメチェン?
「久しぶり二人とも。何か髪型変わってて雰囲気違うね」
「あ、これお菓子作りに邪魔だから切ったんですよ」
「私は久しぶりに師匠に会うから、ついでに違う髪型に挑戦した。でも二つ結び私にはいまいちかな」
リネットの理由は想像通りだったが、エメラルダはやはり何考えてるか分からなかった。ついでにってどういう理由だ。
「イヴァンナも来てるよ、さっき家の前で会ったばかり。ライラは居る?」
「ここに居るわよ」
呼んでみると、ライラの声が聞こえてきた。どこだと視線を動かしてみると、なぜかエメラルダの帽子のつばに腰かけている。
「留守番ありがとう、ライラ。リネットとは初対面だったけど、大丈夫だった?」
「ええもちろん。リリアの弟子とは思えないくらいちゃんとしてたわ。いきなり捕まれなかったし」
最初に出会ったのがエメラルダだったからか、私の弟子は皆エメラルダタイプだと覚悟していたのだろう。さすがにエメラルダほど変な子はいない。
そして当のエメラルダはきょとんとした表情をしていた。こいつ……ライラをいきなり捕まえた事を忘れてるのだろうか。
「とりあえず皆集まったんだし、居間でくつろいでなよ。私台所に鍋置いてくるついでに紅茶淹れてくる」
「あ、じゃあ私が紅茶淹れますよ。お土産代わりにお菓子も持ってきたので、お茶会しましょう」
台所へ向かう私のそばにリネットがついてくる。そういえば一緒に住んでた時はいつもリネットが紅茶を淹れてくれてたな。懐かしい。
台所に設置されているテーブルに鍋を置く。テーブルにはリネットが持ってきたらしいバスケットも置いてあった。ハンカチで覆われているが、お菓子が見え隠れしている。
「私紅茶を淹れておくので、適当にお菓子を見繕って持っていってください」
リネットはてきぱきと茶器を用意し、お湯を沸かし始める。独立して結構経っているのに、勝手知ったる我が家といった具合だ。
リネットに言われた通り、適当な大皿を用意してバスケットの中のお菓子を見繕っていく。
包装紙に包まれたチョコにクッキー、スコーンなどなど。これ全部手作りなのだろう。
リネットは焼き菓子が得意で、よく紅茶に合わせてクッキーやスコーンを作ってくれていた。リネットは甘目の紅茶が好きなので、自然と作る焼き菓子は甘さ控えめの素朴な味だったな。懐かしい。
「お、プレッツェルもある」
以前ルーナラクリマで売られていたリネットお手製プレッツェルがあったので、思わず声を出してしまった。不思議に思ったのだろう、リネットが首を傾げて私を見た。
「師匠、プレッツェルそんなに好きでしたっけ?」
「好きと言えば好きだけどね。まあこれにはちょっとした思い出もあるから……」
私は若干遠い目をした。
あの時これを見て、リネットが一人前になったのを実感したんだった。いや、一人前どころか、もう師匠越えしちゃってるよね……。
リネットは、虚ろな目をする私をますます不思議そうに見つめていた。
……このことはわざわざ言わなくていいか。うん。心の中で師匠越えした弟子を認めてるほうが何か格好良いし。
大皿に色々とお菓子を広げ、居間へと持っていく事にする。
私の自宅兼お店は、表にお客さん用の出入り口があり、その裏に自宅用の裏口が備え付けてある。
表の入口から入ると魔法薬を並べている陳列棚があり、そこからは魔法薬を調合する部屋と奥の居間に繋がっている。
居間からは台所と裏口の玄関に通じていて、玄関には二階への階段もあった。
二階は四つほど部屋があり、私の自室もそこにある。リネットたちが住んでた時も、二階の部屋をそれぞれ彼女たちに与えていた。今では物置きだけど。
そんな結構広い作りになっている家だが、実際はこんな森の中のお店にわざわざ尋ねてくる人なんてそう居ないので、表入口はほとんど使われてなかったりもする。
私は委託販売や受注販売がメインなのだ。だから陳列棚も魔法薬の保管置場扱いである。
とはいえ、こんなお店にも足を運んで買いに来るお客が時折居る。だいたいはケルンの町の人なんだけど。しかもそのケルンの町にも魔法薬を卸しているので、本当に滅多に客は訪れない。
だから、こうして長期間お店を留守にしても結構問題ないのだ。もっとも、しばらく家に居る間は溜まっている注文や委託先へ卸す魔法薬を作ることになるだろうけど。
……せっかく弟子たちが集まったんだし、ついでに魔法薬作るの手伝ってくれないかな。
そんなことを考えつつ、私はリネットお手製お菓子を居間へと運ぶのだった。




