98話、帰宅と再会と野菜のパンケーキ
ケルンの町で数日分の食料を買いこんだ後、迷うことなく無事自宅へとたどり着いていた。
こじんまりとした木造りの、自宅兼魔法薬店。滅多に人は来ないけど、一応表には看板も掲げている。
「ここがリリアのお店なのね」
ライラは私の帽子のつばから飛びあがり、ふわふわ羽ばたきながら色々な角度で私のお店を眺めはじめる。
「……なんだか質素ね」
「自宅でもあるからね。これくらい素朴な方が落ち着くんだよ」
家に入る前に、玄関近くに設置されてある鳥籠を覗き込んだ。
「ククルちゃん、居る?」
私の言葉が分かるのだろう、使い魔であるカラスのククルちゃんが、奥から顔をひょこっと出してきた。
「ただいま、お留守番ありがとう」
その頭をやんわり撫でると、ククルちゃんは気持ちよさそうに鳴く。
「あっ、ライラに紹介するよ。この子はカラスのククルちゃん。一応私の使い魔」
魔女は古来から動物を使い魔にする習俗がある。昔はそれこそ魔力で動物を意のままに操っていたらしいけど、近年ではそんなことはなく、使い魔はほぼペットに近い状態だ。
「……どうも初めまして、妖精のライラよ。色々あってリリアの旅に同行しているわ」
ライラがスカートを軽く持ち上げ、会釈する。するとそれに合わせてククルちゃんもこくんと頷いて挨拶をした。カラスは頭が良いのだ。
ククルちゃんへ帰宅の挨拶が済んだので、早速家の中に入ってみる。
かなり長い間留守にしていたから、家の中は埃まみれになっていることだろう。まずは窓を開けて換気しつつ、掃除をしなければ。
そんなことを考えていたのだが、中に入ってみると意外にも家の中は綺麗だった。埃っぽくもない。
「あれ? そんな汚れてないな……」
いや、どう考えてもおかしい。長い事放置してたわりには綺麗すぎる。まるで定期的に誰かが掃除でもしてくれているみたいだ。
腑に落ちない気持ちのまま居間へと向かってみると、そこには想像もしてなかった光景が私を待っていた。
「……あら、師匠じゃない。帰ってきたのね、お帰り」
「あ、リリアさんっ。お久しぶりです。……あっ、その前にお邪魔してますっ」
そこに広がっていたのは、簡素な木造椅子に座って紅茶を飲む二人の魔女。どちらも私の知っている顔だ。
一人は長い髪を一つ結びにした、スタイルの良い美女。私の一番弟子、イヴァンナ。
そしてその向かいに居るのは、レース仕立ての魔女服が可愛らしい少女、カルラちゃん。彼女はイヴァンナの弟子で、旅の中で何度か偶然出くわしたのだ。
「……え、なんでイヴァンナが居るの?」
一瞬旅から戻ってきた私をわざわざ待っててくれたのかなー、なんて思ったが、そもそも家に帰るなんて伝えてない。彼女たちが私の家に居る理由が全く分からなかった。
「なんでって……掃除をしてあげてたのよ」
「掃除……? イヴァンナが? わざわざ私の家を?」
「そうよ。長時間家をほったらかしにしてたら、埃が積もったり壁が傷んだりしてしまうでしょう? 別に師匠の家だからいいけど、私としても馴染みのある家ではあるから、仕方なく定期的に掃除をしてあげてたの」
「そ、そうだったんだ……」
確かに家の中をざっと見回してみても、埃なんてない。壁や床もつやつやしていて、イヴァンナが言う通り定期的に掃除されているのが明白だ。
そうか……生意気な一番弟子とばかり思っていたイヴァンナが、まさか私の為にこんな気配りをしてくれるとは……師匠ちょっと感激。
だが、感激する私とは裏腹に、カルラちゃんの方は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「あ、あのー……イヴァンナ師匠、本当の事を言ったほうが……」
「黙ってなさいカルラ」
小声でやり取りする二人を見ていると、視線に気づいたイヴァンナが私からさっと顔を逸らした。
……何だろう、こいつ絶対何か隠している。これでも結構な間一緒に暮らしていたのだ。それくらい分かる。
「んー……?」
妙な態度の二人をまじまじと見ていたら、イヴァンナの足元にいくつかの袋があるのを発見した。
中ははっきりと見えないけど……草とか花とか、植物が入っているようだ。
「何それ。その袋」
「これは気にしないで。幻覚よ」
そんなわけあるか。
「素直に言ったほうがいいですよ、イヴァンナ師匠」
「伝えない方が良い事も世の中にはあるのよ、カルラ」
……この二人小声でやり取りしてるけど、この距離だとはっきり聞こえるんだよなぁ。
私はもう一度イヴァンナの足元の袋を見てみた。
ちらっと見える草花などの植物は、魔法薬の材料としては結構貴重な物だ。
そしてどれらもこの付近で自生しているタイプ。
「……もしかして、私が留守の間にこの付近の植物を採取してたとか?」
「……」
イヴァンナが激しく顔を逸らした。
そうかそうか、そういう事なのか。
もう逃げられないと分かったのか、イヴァンナが深くため息をつく。
「ええ、そうよ。師匠の居ぬ間にこの付近の植物を採取してたわ。だって、貴重な草花も多くてもったいなかったもの」
「でもイヴァンナ師匠もリリアさんに黙って持っていくのは気が引けたようで、罪滅ぼしがてらにお家を掃除してたんです」
「……まあ、そんな事だと思ってた」
だってイヴァンナだもん。イヴァンナは見た目大人の美女って感じで、魔女としての実力も一級品なのに、なんかそういう子供っぽいところある。今でも私に対して生意気だし。
「別に良いけどね、実際貴重な植物を放置してるのはもったいないし。イヴァンナの事だから生態系のバランス考えてしっかり採取してるだろうし」
「……い、一応師匠の分も採取して保存してるのよ。あそこの棚に入れてるわ」
言い訳するように慌てるイヴァンナを見て、私は呆れた笑いを返した。イヴァンナこういう所ある。
「とりあえず、せっかくだから二人とも泊まっていけば? ついでにイヴァンナ、何かごはん作ってよ」
「……別にいいわよ、それくらい。ただ、それよりもさっきから気になっているのだけど……」
イヴァンナが戸惑いがちに言うと、カルラちゃんもうんうんと頷いた。
二人がゆっくりと私の帽子のつばを指さす。
「そこに居るのは……妖精、なの?」
「え? ……あ、そっか、二人ともライラの事知らないんだっけ」
ライラと旅をしてからエメラルダとは会っているけど、リネットやこの二人とは出会ってなかったか。
「ライラ、自己紹介してあげてよ。ちなみにこのスタイル良い魔女が私の一番弟子のイヴァンナで、その隣の可愛い魔女がイヴァンナの弟子のカルラちゃん」
ライラはぴょんと私のつばから跳び、そのままふわふわ羽ばたいてふたりの前に進み出た。
「初めまして、妖精のライラよ。あなたもエメラルダと同じくリリアの弟子なのね。正直、リリアに弟子が居た事実が今でも信じられないわ」
おお……と二人から声が漏れる。
「イヴァンナ師匠、私初めて妖精を見ましたっ」
「私も話すのは初めてよ。妖精はこう見えて警戒心が強いから、滅多に人に近づかないはずなのだけど……」
「ライラは意外と人懐っこいんだよ」
最もライラが私についてきてるのは、魔力を奪われて消えかける彼女を助けたのと、その後でチーズパンを分けてあげたのが大きいだろう。
「魔女からしても妖精との交流に成功した例は滅多にないわ。ひょっとして師匠って凄いのかしら?」
イヴァンナに私は白い目を返した。
「イヴァンナの師匠だったくらいには凄いんだよ、私。それより、お腹空いたから早く何か作って。師匠は旅で疲れてるから少し休む」
「はいはい、分かったわ。カルラ、手伝ってくれる?」
ライラに色々聞いてみたかったのだろうか、イヴァンナは渋々立ち上がり、台所へ向かった。カルラちゃんもその後についていく。
「ふぅ……」
空いた椅子に座り、テーブルに両肘をついて深くため息をつく。
家に戻ってきてからいきなりイヴァンナたちと出くわしたせいでしばらく感じなかったが、こうして落ち着いてみるとなんだか疲れがどっとやってきた。
まるでこれまでの旅の疲れが一気にやってきたようだ。
ライラはそんな私を気遣ってか、静かにちょこんとテーブルに座っていた。
そのままうとうとしつつどれほど経っただろうか。
「師匠、ごはんができたわ」
イヴァンナに肩を揺さぶられ、私はまどろみから復帰したのだ。
「ん……うたたねしてたのか。ごはん、何?」
「野菜のパンケーキ」
言われてテーブルの上を見てみると、人数分の食器が並べられ、その上にパンケーキが乗っていた。
「野菜のパンケーキか……懐かしい。イヴァンナこの系統のケーキ焼くの得意だったよね」
「私の出身地域は食事系ケーキの文化だから、自然と得意になってただけよ」
ケーキやパンケーキにパイと言うと、自然デザート系が浮かび上がる。
しかし、意外と野菜や肉などを使った食事系ケーキなども珍しくない。
食事系ケーキの場合は砂糖を入れずに代わりに塩を入れ、具材を生地に混ぜて焼き上げるのが多い。生地に混ぜ込まずに、焼き上げた生地の上に具材を乗っけたりするタイプもある。
イヴァンナが今回作ってくれたのは、前者の方。生地に切った野菜を混ぜてそのまま焼き上げる、野菜のパンケーキだ。
細かく切ったほうれん草とにんじん、そしてソーセージが入っているらしく、生地はやや黄土色。ほうれん草のせいか濃い緑色が混じってる。いかにも野菜が入っているというビジュアルだ。
四人で机を囲むように座り、皆でいただきます。早速野菜のパンケーキを食べていく。
三角形に切り分けられているので、まさにケーキといった印象だが、食べてみると野菜のほろ苦さがやってくる。
ほんのり塩気を感じる生地はサクサクとした食感で、細かく切られた野菜類はその食感を邪魔せず、風味と味だけを強く主張する。
その中でウインナーの肉っぽさがほのかに感じられ、淡泊な味わいの中に食べごたえを演出していた。
野菜、おいしいな。野菜の味が強く感じられて、なんだか健康的な感じ。
以前モニカやクロエが同行した時も思ったが、複数人での食事は会話に華が咲く。
「そういえば、リネットがしきりに師匠の事を心配してたわよ。一人旅なんて大丈夫かって」
「……リネットって私の事子供だと思ってない?」
「師匠、見た目は子供だものね。でもリネット的にはおばあちゃんを心配してる感じじゃない?」
「……もう何度も言ってるけど、実年齢はイヴァンナとそう離れてないからね」
「はいはい」
ここでモニカとクロエがいてくれれば後押ししてくれて説得力が増すのに……まあいい。
「でもそうだな……数日は家でゆっくりするつもりだったし、せっかく帰ってきたんだから弟子たち呼んで食事会するのもいいかも。リネットにライラの事紹介したいしね」
「いいじゃない。エメラルダもきっと喜ぶわ。結構師匠っ子だからね、あの子も」
「だからイヴァンナ、連絡よろしくね」
「え……別にいいけど、自分でした方がいいんじゃないの?」
「そこはほら、師匠から連絡しないことで、久々に師匠と合うわくわく感が増すじゃん」
「……増さないわ」
ほんの少し間を置いてイヴァンナが断言した。そのしっかりと想像したのだろう間があるのが、またひどい。
とにもかくにも、近日中に弟子たちを呼んで食事会をするという算段が立った。
私が主催者になるのだから、何か料理を用意しないとだな……自分で作るか、それとも……。
これまでの旅を思い返しながら、私は野菜のパンケーキをもぐもぐ食べ続けた。




