95話、サンフラワー教といわしのピラフ
花が有名な町フラメイズには、もう一つ有名なものがある。
それが町はずれにある大きな教会、その名もメイズリー教会だ。メイズリーとは教会のある地区名である。
メイズリー教会はこの町で主に信仰されている宗教を教えているらしく、一見さんでも中々見所ある所らしい。
フラメイズの町二日目は、せっかくなのでこのメイズリー教会の観光に来ていた。
メイズリー教会は町はずれにあるが、そこは決して寂れた風景が広がる所ではなく、むしろ逆だ。閑散とした原っぱの中央に立つ教会の周りは、色んな種類の花が彩るように咲き誇っている。
教会周囲は人の気配がほとんどなく、閑散としていた。本当に入っていいのだろうかと不安になったが、開け放たれている教会の門へと近づいてみた。
教会の門前から中を覗いてみる。左右に細長い机が設置され、ステンドグラスの窓。奥には祭壇が設置されているようだ。
お祈りに来ているのか、一般の訪問者がぽつぽつと居るので、私もライラを連れ中に入ってみる。
教会の中へ入ってみると、天井が高くて思わず見上げてしまう。所狭しと机が置かれているが、頭上が広いせいで妙な開放感があった。
教会はいつも礼拝が行われているイメージだが、基本的にはどこも決められた日時だけ行っている。それ以外は信者以外にも開放されていて、好きに訪問して観光できるようになっていた。
ひとまず、壁に飾られてる額縁を見てみることにした。これは観光客などの一見の人に向けているのか、このメイズリー教会の成り立ちや、フラメイズの町で信仰されている宗教の説明が絵と文字で解説されている。
「リリア、宗教っていったい何なの?」
メイズリー教会の成り立ちを説明する小難しい額縁を眺めていると、ライラが退屈そうに聞いてきた。妖精からすると宗教という存在がピンとこなくてつまらないのだろう。
「宗教っていうのは……なんだろう、結構説明するのが難しいんだよね。簡単に言うと、人間の力が及ばない存在を信仰すること……かな?」
「人間の力が及ばない存在?」
「大体は空想上の神様だったりするよ。ほら、生きていたら一度くらい、この世界を生み出したのは誰なんだろうって思うでしょう? ……あ、妖精は思うかどうか分からないけど、人間は大体気になったりするんだよ、そういう妙なところ。で、こんな広い世界を生み出せるなんて、人間どころか生物の力を超えているから、世界を生み出したのは人間よりはるかにすごい存在。つまり神様だって事にしたの」
多分神様って概念が生まれたのはそんな所だろう。
「じゃあその世界を生み出したって思われる神様を信仰するのが宗教?」
「んー……そこらへんちょっと微妙かも。まず、神様ってのがいっぱい存在すると思う。だいたい生活や風習の中から生まれる概念だからね。色んな生き方があるから、色んな神様の概念も生まれると思うよ」
「……? なんだかよく分からなくなってきたんだけど」
「正直その辺の話になると私もよく分からない。とりあえず、宗教の成り立ちとかはややこしいけど、現在の宗教観はどんな生き方をするかの道しるべ程度のものになってると思う」
それこそ昔は宗教ごとの対立とかあったかもしれないが、今の時代、食べ物も豊富で満たされた生活ができるから、そこまで強烈な信仰心なんて生まれない。
だから現在の宗教の立ち位置は、どのような生き方をするか、その道しるべを示す程度。簡単に言えば、何日かに一度お祈りするとか、決まった日に決まった食べ物を食べるとか、絶対に口にいれない食べ物を決めるとか、そんな所だろう。
もともと宗教は生活に根付くものだ。例えばある村で牛が労働力として重宝されていたら、その村では牛は神聖な物と祀られ絶対食べてはいけないと定められるかもしれない。
ある意味で魔女として生きるのも宗教の一つだろう。昔からある魔女の慣習とかはやっぱり存在するし。
「よく分からないけど、小難しいものだって事は分かったわ。それで、この町の宗教って何なの? リリアの説明だと、やっぱりお花関連?」
確かにこの町はお花が有名で、どこもかしこも花が咲いている。お花に関する宗教なのは間違いないだろう。
飾られる額縁をいくつか横切り、この町の宗教を説明する物を探す。
すると四枚目の額縁にそれが書かれていた。
それを見て、私とライラはまず絶句する。
「……なに、この絵」
ようやくライラがそう言って、私も小さく頷いた。
額縁には絵が飾られており、その絵の傍に宗教の説明が書かれている。まずその絵がおかしい。
子供の落書きとしか思えない程に雑な、大きな花が描かれているのだ。しかも花には顔がある。花がにこにこ笑ってる絵なのだ。
なんだよこの絵……と思いつつ、私は宗教の説明文を読んでいく。
それによると……この町で信仰される宗教の名はサンフラワー教で、やはりお花の宗教らしい。
ただし信仰対象はただの花ではなく、かつてこの地に存在していたと信じられる、巨大花サンフラワーというものだ。
それはどうも巨大樹のように大きくそびえたつ花だったらしく、太陽のような花弁を咲かせて周囲を照らしていたというのだ。
「んなアホな」
思わず声がついて出る。中々ぶっとんでるよこの宗教。
で、このサンフラワーを見習って、花を育てながら周りを明るく照らすような生き方をしよう、というのがサンフラワー教の教えらしい。
すごく良い教えだけど……信仰対象ぶっとんでない? つまり、この子供の落書きのような雑な絵が想像上のサンフラワーなんでしょ?
さすがに異文化の宗教すぎて頭がくらくらしていた私だが、ライラはうってかわって深く息を吐いていた。
「お花を育てて周りを明るく照らす……サンフラワー教、いいじゃない」
感銘を受けているのか、ライラはうんうんと頷く。
「そうよ、お花よ。世界にはお花が足りないわ。もっと街道とかにもお花を植えて、どこもかしこも妖精でいっぱいにしましょうっ。そしてお花の妖精帝国を築き上げるのよ!」
「その発想、ラズベリーで世界を支配するとか言いだしたベアトリスと良い勝負だよ……」
ライラが変な宗教に目覚めかけていて、更に頭が痛くなる。
「ふぅ……妙にインパクトある宗教説明文を読んだせいか、お腹が空いてきたかも……」
「あっ、私もちょうどお腹空いてるわ。どこかでごはん食べましょうよ、リリア」
「……妖精帝国を作るのをやめるなら食べに行く」
「ならやめるわ。帝国よりごはんよ」
現金な妖精だ。でも良かった、ライラがごはんに興味あって。妖精帝国は阻止できた。
サンフラワー教の存在を知って見る目が完全に変わってしまった教会をさっさと後にして、町の中心部に繰りだす。
それにしても何を食べようか……お花の町ではあるが、今は花とは縁もゆかりもないものが食べたい。
そんな気持ちを抱いて選んだのは、この町では珍しく暖色系の外観をしていて、花モチーフのデザインも一切ない硬派なお店だった。
店内に入り、テーブル席に座って一息つく。
テーブルにメニューが置かれていたが、今回は壁にかけられている木札のメニューを眺めてみた。
今回はインスピレーションというか、ピンと来たのを適当に頼んでみよう。
選んだのは、いわしのピラフとヨーグルトスープ。何というか、ピラフとスープは地に足がついた料理だと思えたのだ。
注文して少し経った頃にやってきた料理は、思っていた通り平凡な見た目をしていた。
いわしのピラフはぶつ切りにされたいわしの他、マッシュルームとトマトが入っていて彩りが良い。
ヨーグルトスープは乳白色で、赤、黄、緑の三食パプリカのみじん切りが入っている。これもまた見た目が良い。
ますはスープから味わうことに。ヨーグルトスープはその名前からヨーグルト味が強そうに感じられるが、大体はコンソメやブイヨンなどが味のベースだ。
スープに牛乳を使うのも別に珍しくは無いので、ヨーグルトを使っているのも変ではない。
スプーンですくい、パプリカごと数口飲んでみる。しっかりしたコンソメ味にヨーグルトの酸味、そしてパプリカの匂いがさっと通り抜ける。さっぱりとしつつもしっかりとした味が主張するスープだ。
口の中がさっぱりしたところで、いわしのピラフを食べることに。
ピラフはブイヨンなどのスープでお米を炊くので、ヨーグルトスープとの相性は悪くないはず。
こちらもスプーンですくって、ぱくっと一口。仕上げにバターを使ってあるのか、バター風味が強い。
いわしはしっかり下処理してあるのか、臭みもなくピラフと高相性。噛むとほろっと崩れる肉厚の身が、ブイヨン味のピラフと混じっておいしい。
変な宗教が伝わってるけど、料理はしっかりおいしいんだな、と一安心。
ライラはそんな私の横で、取り分けた小皿に入ったピラフを身の丈に合わないスプーンではぐはぐ食べている。
……もしかしたら、妖精を崇める宗教もどこかにあるのだろうか。
あったとしても、それは想像上の神秘的な妖精を崇めているんだろうな。
いわしのピラフを頬張るライラから生まれる宗教は絶対に無いだろう。そう断言できるほど妙に現実的な愛らしさがあった。




