94話、お花の町フラメイズとバラの花びらジャムケーキ
見渡す限りの町中は、どこもかしこも花で溢れている。
道路の途中途中には大きな花壇があり、道の端にはプランターが置かれ、色とりどりの花が咲いていた。
咲き誇る花々につられたのか、たくさんの蝶々が町中を羽ばたいている。まるでおとぎ話で語られる妖精の国に迷い込んだみたいだ。
ここは花の町フラメイズ。その名の通り、花がたくさん咲いている町だ。
町中にはごく当然のように大きい花壇がいくつも設置されているし、赤や青を基調とした数々の建物の側面にも壁がけの鉢植えが飾られている。
右を見れば赤い花に黄色い花、左を見れば白い花にピンクの花、正面を見れば大きな花壇で満開に咲き誇る紫の花。ふわふわ舞う蝶々が時折花に止まり蜜を吸っている。
「なんかすごいな、ここ」
どこを見ても花ばかりの町に、圧倒されてしまう。花の独特な甘い香りもすごくて、さすがは花の町と呼ばれるだけあった。
「あはは、花がいっぱいでステキねっ」
妖精のライラからすれば、まさにここは夢空間だろう。昔から妖精は花を好むと良く言われているらしいが、ライラの様子を見れば、それはただの憶測ではないと思える。
……正直、人間の私からすると花粉症とか気になるんだけど。この町の人大丈夫なの?
蝶々の群れに混じって町中を優雅に飛ぶライラを見ていると、本当に妖精の国かどこかに迷い込んだ気分になってくる。
せっかく訪れた町なので、できれば数日泊まって観光していきたい。なのでまずは宿屋を探したいところだが……まだ日は明るく、太陽が沈むまではかなりの時間がある。
ライラも花だらけの町でご満悦なので、宿を探す前に軽く町中を見て回るのもいいだろう。
さすがに迷子にはならないだろうからと、楽しげにふわふわ町中を漂うライラはひとまず置いておき、近くにあった掲示板を眺めてみる。
花をあしらった装飾が施された掲示板には、簡単な町の紹介が書かれていた。それを目で読みつつ、町一番の名所の紹介文を探し当てた。
どうやら町の中心地にかなり大きな花畑があり、そこではこの町で品種改良された最高のお花、ゴールデンローズが咲き誇っているとのことだ。
「ゴールデンローズ、ねぇ」
つまりは黄金の薔薇。ニュアンス的には金塊とかその手の隠語にも感じられるけど、これは文字通りお花の薔薇なのだ。
でも金属ならまだしも、植物の薔薇をいくら品種改良しても、黄金色になるとは思えない。
……まさか、薔薇の形を模した黄金を花壇に突き刺しているとか?
さすがにそれはこの町の空気に合わないからないか。夢空間なお花の町が一気に欲望にまみれた町へと変貌してしまう。
とにかく一度このゴールデンローズとやらを見てみるとしよう。そう決めた矢先、ライラがようやく私の元へと戻ってくる。
「リリア、こんな所に居たの。もう、迷子になったかと思って探したわよ」
まさか気ままにふわふわ舞い飛んでいたライラに迷子扱いされるなんて……まあいいか。
「調べたら町の中心にゴールデンローズっていうのがあるみたい。宿に行く前にちょっと見てみようか」
「ゴールデンローズ……? なんか硬そうなお花ね」
どうやらライラは黄金で出来た薔薇を想像しているらしい。一番最初に想像するのがそれなんだ。あれ、妖精って意外と欲にまみれてる……?
掲示板には件のゴールデンローズまでの道のりが丁寧に書かれていたので、それに従って町中を歩きだした。
おかげで苦も無くゴールデンローズが咲く花畑へとやってこれた。そこはこの町一番の名所だけあって、多くの人で賑わっている。
とはいえ、さすがに花畑自体に足を踏み入れるものはいなかった。それもそのはず、立て看板には専門の職員以外立ち入り禁止と書かれている。なので多くの人は花畑から数歩離れて遠巻きに眺めているのだ。
私もそれにならい、花畑から少し距離を置いて全体像を眺めた。
花畑は意外にもそれほど大きくない。町中にもあった小ぢんまりとした花壇サイズだ。しかし、その存在感は圧倒的に違う。
花畑一面に咲き誇るのは、数多くのゴールデンローズ。その正体は、濃い黄色の薔薇だった。
金色、というには少し違う気がしたが、濃い黄色の薔薇は赤い薔薇と比べてもかなり華やかな印象だ。
「これがゴールデンローズか……確かにすごく綺麗だけど、金色って言うほどでは……」
言いかけていた私は、その時目の前で起きた光景に思わず息を飲んだ。
雲に隠れていた太陽が顔を出したのか、遠くから差し込む日光がこちらへと向かい、ゴールデンローズが咲く花畑を明るく染めたのだ。
黄色の薔薇が太陽の光に彩られ、きらきらと輝きだす。
薔薇の特徴的な花弁の形と薔薇自体の黄色によって、太陽光を薄ら反射しているのだ。
太陽光に彩られきらきらと輝く薔薇。なるほど、まさにこれは黄金の薔薇だ。
「すごい、花が輝いてるわ」
うっとりと呆けるようなライラの声に、私は頷きを返す。
黄金よりも華やかで晴れ晴れしい輝きは、時間すら忘れて見入ってしまう。
ため息が出てしまうほどすごく綺麗なのに……なんでだろう、なぜだかちょっとだけお腹が空いてきた。
なぜだ。結構感動しているのに軽く何かつまみたい。具体的には甘い物食べたい。
私の中の感動という感情は甘い物を欲する欲望と直結しているのか? だとすると自分の欲望に呆れすら出る。
でも甘い物食べたいのは事実。花より団子。そして今は団子よりケーキが食べたい。
「ライラ、ちょっと甘い物食べたくない? 具体的にはケーキとかさ」
「……え? この綺麗な花を見た直後に言う事がそれ?」
「いやほら、綺麗な物を見たら甘い物が食べたくなるって言うじゃん」
「言うの? 本当に言うとしたら、すごく俗にまみれた格言ね」
「私が今考えた。これから使っていこうと思う」
「やめた方がいいわ。モニカとクロエがいたら、きっと私と同じこと言うわよ」
肩を落として呆れるライラだが、それはそれとしてケーキを食べる案には賛成のようで、で、どこに行くの? と言いながら私の帽子へ座ってきた。
「結構大きい町だし、適当に探せばケーキ屋の一つや二つあるでしょ」
楽観的に歩き出し、町中を歩くこと数分。
私の考えは当たっていたのか、すぐにケーキ屋を発見できた。
このお店もまた外観が花柄をあしらったもので、なんだかこの町からすれば特に目立つ感じでもない。しかし、それは裏を返せば町の人々に馴染みあるお店とも言える。
こういうお店こそ味にこだわりがあったりしておいしいのだ。私はそうだと思っている。そう信じている。
早速入店し、テーブル席へと座ってメニューを眺める。お店の内装は外観とうって変わって無地の白壁紙。ただ、やはりお店のあちこちには花があった。でもどうやら造花らしい。
花って意外と匂いがあるから、お店で飾るとなると造花の方が適しているのだろう。
ぱっと見本物とそん色ない造花をちらちら見つつ、何を注文しようか考える。やはりお花の町らしい物が食べたい。
そういう私の気持ちが通じたのか、バラの花びらジャムケーキというメニュー名を発見した。迷いなくそれを注文する。
花で作るジャムというのは結構ある。先ほども思ったが、花は意外と匂いが強いので、お茶やジャムなどに適した物がそれなりにあったりする。
薔薇なんかはちょっと甘い匂いがするので、ジャムにするのは悪くない。探せばバラのジャムは結構流通していたりするのだ。
そうして待つこと数分。やってきたバラの花びらジャムケーキを目の当たりにして、思わず驚きの声が出る。
「おお……薔薇だ」
「薔薇ね」
それは薔薇の花を模したケーキだった。特徴的な重なるような花弁の形を見事に再現している。
薔薇を模したケーキ自体は真っ白で、真っ赤なジャムが花弁を彩るように螺旋を描いてかけられていた。
純白の白薔薇を彩る血のようなジャム。美しくも耽美なケーキだ。
なんだかここまで綺麗だと、フォークを突き入れるのが悪いことのように感じてしまう。
「……えいっ」
でも食欲には勝てなかったので、外側の花弁をフォークで削り取ってぱくりと一口。
これは中々、甘さ控えめのケーキだ。ケーキ本体の白薔薇はスポンジに生クリームを塗ったタイプで、生クリーム自体は濃厚だがそこまで甘くない。
そしてかけられた真っ赤なジャムは、薔薇の華やかで甘い香りが強いものの、甘さ自体はそれほど強くなかった。いや、甘い事には甘いのだが、花びらを使っているせいか若干の渋さも感じる。
おいしいけど、全体的に甘さ控えめのケーキなうえ、甘そうな薔薇の香りもしていたので、その差でちょっとびっくりする。
トゲのある薔薇らしく、薔薇を模したケーキも見た目ほど甘くないという事なのだろうか。だとしたらこのお店のこだわりを感じる。
ライラと一緒に全て食べ終えるが、甘さ控えめだったからか満腹感はそこまで強くない。夕食を控えている時間帯なので、甘さ控えめは結果的に当たりだったかも。
「それにしても、ゴールデンローズを見た後に赤い薔薇のジャムがかかった白薔薇を食べるなんて、何かシャレてるよね?」
「……そう? むしろ食い気に完全敗北した感じよ。おいしかったけど」
どうにかおしゃれな感じで纏めようとしたが、冷静なライラのツッコミで失敗に終わってしまった。
花より団子。花よりケーキ。普通のケーキより花を模したケーキ。
おしゃれ度は格段に上がってると思うんだけどな。




