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85話、燃える滝と熟成肉のチーズ焼き

 モニカによるジャムパン騒動が一段落して、数日が経った。

 その頃になると、私たちはクロエが目指している魔術遺産がある場所へとたどり着いていた。


 そこは結構辺ぴな場所にある起伏が目立つ岩場で、いくつかの滝が流れる大自然の真っただ中だ。

 そんな中クロエに先導され、とある滝のふもとへとやってきた。


 こんな所に魔術遺産があるとは思えない程、自然美溢れる場所だった。見上げるほどの大きな滝が私たちを圧倒し、滝が流れる大きな音に紛れて鳥の鳴き声も聞こえてくる。


「……ここのどこが魔術遺産なの?」


 クロエに尋ねると、彼女は空を見上げた。

 空はようやく夕焼けに染まり始めてきた頃合いだ。


「まだ時間が少し早い。もう少し暗くなったら分かる」


 どうやら時間帯か、あるいは周囲の光源の有無によって何らかの変化が起こる魔術遺産のようだ。

 しかしそうなってくると、今日はこのままここで一泊する事になりそうだ。もともと覚悟していたが、ちょっと不安にも思う。


 それは別に魔術遺産の近くで寝ることになるからではない。クロエいわく危険な魔術遺産ではないようなので、そこは信用している。

 問題は滝だ。滝の音が結構うるさい。


 今でこそ雄大な自然が生み出す綺麗な音色と受けとめられるが、それも寝る段階になれば騒音と化す。

 多分ありえないだろうけど、この地の魔術遺産が滝の音を消し去るタイプの効果であって欲しいと思う。


 後もう一つ不安なのは、うっかり滝に落ちてしまわないかという事。

 別に滝のすぐ近くで寝るつもりはないが、もしやという事がある。

 それにこれから暗くなってくると、足元が見えずにうっかりこけてそのまま滝壺にハマる可能性もあった。


 魔術遺産なんかより、この大きな滝の方がよっぽど危険なのだ。油断はしないでおこう。

 とにかく、暗くなるまで魔術遺産の正体が分からないというのなら、ここは早めの夕ごはんとしよう。

 クロエとの旅路で言えば、実質ここがゴール。クロエは数日ここに滞在して魔術遺産の研究をするだろうが、私とライラは明日にはまた旅を続けるつもりだ。


 だからクロエとの旅で過ごす最後の夜として、少しばかり豪勢な料理を作りたい。

 そこで私が取り出したのは、以前寄ったキャンプ場で買っておいた熟成肉だ。

 熟成肉はいわば保存肉からの派生だ。お肉を保存目的で数日寝かせると肉質が柔らかくなり旨みが増すようで、そこからおいしくするための保存方法が生み出されたらしい。


 私が買ったのは低温での乾燥熟成タイプのお肉。赤身肉によく使われる熟成方法らしい。

 この熟成肉をただ焼くだけでも十分おいしいだろうけど、今回は目的通りもう少し豪勢にする。

 そこでもう一つバッグから取り出したのは、カッテージチーズだ。


 カッテージチーズは、ぼろぼろっとしたタイプのチーズで、ちょっと手芸用のコットンっぽい。

 チーズにしてはしっとり感が無いというか、なめらかさに欠ける低脂質なものだ。それでも熱を通すとちゃんととろける。


 今回は熟成肉をカッテージチーズと共に焼いていく、チーズ焼きを作ることにした。

 まずはいつも通り魔術でたき火を起こし、小型のフライパンを用意。軽くオリーブオイルを引き、テレキネシスでフライパンをたき火の上に固定。


 そして熟成肉を適当にサイコロ状に切っていく。三人の一食で食べきるつもりだったので、熟成肉自体は大きくない。だから小型ナイフで十分切ることができた。

 切った熟成肉をフライパンに入れたら、じっくりと焼いていく。

 焼いている間に、カッテージチーズをちぎってボウルに入れていく。チーズも食べきるつもりだったのでそこまで多くない。でも、小さなボウルの半分以上はあった。


 熟成肉が十分焼けた頃、おもむろにカッテージチーズを全てフライパンに放り込む。

 あっという間にカッテージチーズが熱で溶け始め、フライパンの中に広がってぐつぐつ音を立てはじめた。

 当然熟成肉はチーズの海に飲みこまれている。このままチーズで煮る感じで焼いていき、時折裏返して最終的にチーズの両面に焦げ目がつけば完成だ。


 今のうちに軽く塩を振っておく。レモン汁があれば入れた方がさっぱりした味になっていいが、今回無いので味付けは塩のみ。それでも熟成肉とチーズの旨みで十分味はあるはずだ。

 そうしてじっくり焼いていると、夕焼け空はどんどん暗さを増していった。たき火のほのかな揺らめきが私たちを照らし始めている。


 チーズの片面に焼き目がついたら、フライパンを振って裏返し、もう片面にも焼き目をつけていく。チーズを焼き固めるイメージだ。

 そうして両面に焼き目がついたら、用意したお皿の上に置いて、熟成肉のカッテージチーズ焼きは完成。


 焦げ目がついて香ばしいチーズの匂いが漂い、焼いたチーズの中にはサイコロ状の熟成肉がたっぷりと入っている。

 ……なんだかカロリーの暴力にも見えるが、カッテージチーズはそこまでカロリーは無い。熟成肉も赤身タイプなので、見た目よりはヘルシーな料理のはず……多分。


 料理が完成した頃には、空はもう夕日が沈んでいた。たき火の明かりだけが照らす中、クロエに呼びかける。


「クロエ、料理できたけど魔術遺産の方はまだ?」

「どうやらもう少し後の時間帯らしい。ごはん食べて待とう」


 ちょっと大きな岩の上に立って滝を眺めていたクロエは、ゆっくりと降りてきて私のそばに座った。

 ライラは待ちきれないとばかりにお皿の近くでちょこんと座ってる。


「これチーズ? すごくいい香りがするわね」

「中に熟成肉もあるよ。クロエの乾パンもあるし、合わせて食べてもいいかもね」


 早速全員で一つのお皿をつつきはじめる。チーズをフライパン型の円形になるよう焼いた形なので、皆好き勝手に食べ進めるタイプだ。

 見た目は焼き固められてパリパリしてそうだが、実際フォークなどで刺してみると驚くほど柔らかい。グラタンの表面の焦げ目のついたチーズという感じ。


 そして中のお肉をフォークで突き刺して引っ張ると、とろりとチーズが糸を引く。構わず口の中にチーズを纏った熟成肉を入れて噛むと、チーズの甘みと旨み、塩気の中に、肉の旨みが溢れてきた。

 乾燥タイプの熟成肉なので、肉汁には若干乏しい。その代わりお肉自体が柔らかく、肉の繊維がほどけていくみたいだ。


 チーズをそのまま焼いているので重そうに思えるが、使ったのがカッテージチーズなので意外と爽やかな口当たりだ。酸味があり、癖の無い味わい。


「……おいしいな、これ」


 自分で作っておいてなんだけど、かなりおいしい。そもそもお肉とチーズを一緒に食べておいしくない訳がない。

 焼いたチーズの香ばしさに熟成肉の旨み、そしてとろけたチーズにお肉が絡む。おいしいに決まってる。モニカが食べたらきっと絶賛するだろう。お肉好きだし。


「……あっ」


 乾パンと合わせて食べたりと、熟成肉のチーズ焼きに夢中になっていると、ライラが突然小さくも驚きに満ちた声を出した。


「どうかした?」


 食べながら視線だけライラにうつす。するとライラは、腕を伸ばしてある方向を指さした。


「あれ見て、滝が燃えてるわ」

「ええ? 滝が燃える訳ないじゃん。水だよ、あれ」


 何言ってるんだろ、とばかりに指さす方向を見る。先ほどクロエが見ていた滝だ。

 私は唖然として食事をする手を止めた。


「本当だ……あれ、燃えてる? 本当に燃えてない?」


 信じられないことに、この暗闇の中、滝が揺らめくように燃えていた。


「おお……本当に燃えてるみたい」


 クロエも驚嘆の声を出して、立ち上がって滝を眺めはじめる。


「これが……この燃える滝がここの魔術遺産なの?」

「……ううん、正確には違う。ちょっと近づけば分かると思う」


 クロエがゆっくりと歩き出したので、私は腰にランプを装着し、ライラを連れて後を追いかけた。

 滝壺から十分距離を取りながら、滝の岸壁の側面へと近づいていく。

 そうして真横から滝を眺めると、クロエの言っている意味が分かってきた。


 滝は先ほどの夕暮れ時と変わらず、透き通った綺麗な水が流れている。燃えているのは、その裏側だ。

 つまり滝の裏側の岸壁。そこ一面に薄く青い炎が灯っていたのだ。

 それを透き通った滝の水越しに見た結果、まるで滝そのものが燃えて揺らめいているように見えたのだ。


 おそらく滝から流れる水のスピードや透明度によって、裏側に灯る炎の光が乱反射してそう見えるのだろう。


「魔術遺産なのは滝ではなく、この燃える岸壁」


 クロエは自分のバッグから、山登りなどで役立ちそうな鉄製の杖を取り出した。

 その杖先を燃える岸壁に擦りつけ、岩を削り取る。


「あ、危ないって、熱いでしょ」


 削れた岩の欠片を取ろうとするクロエに注意するも、彼女は躊躇することなく拾う。


「大丈夫、熱くない」


 削った欠片を軽く空中に放り投げては掴みながら、私に見せてくる。

 岩の欠片はやや黒いが、見た目は何の変哲もない。

 私も恐る恐る触れてみると、熱いどころか水に濡れて冷たかった。


「この削った欠片は……燃えないの?」

「どうやらそうらしい。それに見て。あの削った部分からはまた炎が灯ってる」

「……本当だ、変なの」


 興味をそそられたのか、ライラはふわふわと漂いながら灯る炎に近づいていく。


「ライラ、熱くないの?」

「熱いどころか、滝の水しぶきで冷たいくらいよ。これ、本当に燃えてるの?」


 おっかなびっくり手を炎に近づけるライラだが、どうやら熱を感じないようでしきりに首をひねっていた。


「見ての通り、この炎は熱を持たない。リリアがよくやってるように、魔術で火を起こした場合、通常の火そのものと作用は何ら変わらないのが普通」

「だよね。燃えてるのに熱くないなんて……見た目だけの魔術みたい」


 そこまで言って、モニカの事を思い出す。そうだ、まるでショー用の魔術みたいだ。

 燃えているように見えて、実は燃えていない。見た目だけの揺らめく炎。

 なるほど、そう考えると確かにこれは魔術による効果だ。魔術遺産に違いない。


「でも、滝裏の岩だけが燃えるってのは謎だよね」

「そう、そこが不思議。いつからこのように燃えるようになったのか、またその時滝はすでに流れていたのか、そういう歴史的背景をできれば探りたい」


 クロエは無表情な顔に精彩さを取り戻し、瞳もわずかに輝いていた。どうやら魔術遺産の研究者としての血が騒いできたようだ。

 確かに、滝が流れてなくても燃えるのか、それともそうではないのかは大切なところかもしれない。


 でもそれは魔術遺産を研究する者としての目線。完全に物見遊山な魔女である私の目線は違う。


「惜しいよね。もし本当に滝そのものが燃えてたら、滝壺で魚を釣って滝の炎であぶる地産地消ができたのに」

「……それは、地産地消と言うの……?」


 興が削がれたとばかりに白い目を向けられて、私はたじろいだ。

 こんなバカな事を言っている間にも、滝はまるで燃えているかのように炎でゆらめき続けている。

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