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80話、釣りとホイル焼きの仕込み

 首尾よく夕ごはんの食材と釣竿を借りてきた私は、釣りをする前にまず夕食の準備をすることにした。

 まだ日は高く夜まで遠い時間帯だけど、やや時間がかかる料理を作るつもりなので、今頃から仕込んでおいた方がちょうど良いだろう。


 その時間がかかる料理とは、ホイル焼きだ。食材を買うついでにアルミホイルも買っておいた。

 ホイル焼きは結構簡単に作れる。ざっくり言えば、食材をこれで包んでたき火の近くでじっくり焼けばそれでいい。もちろん食材の下準備は必要だけど……キャンプ場で売られている食材だけあって、面倒な下準備はほとんどすんでいる。


 ようするに私がする事なんて、買ってきた食材をホイルで巻くだけだ。楽でいい。

 とりあえず買ってきた食材は、サツマイモにタケノコ、後しいたけなどのきのこ類にデザートとしてのバナナだ。


 肉も売っていたのだが、フェルレストでやや暴食気味だったのもあり、しばらくはあっさりとした食事をしたいという気分だった。

 それにこれから大魚を釣るつもりなので、肉まで買っては食べきれない可能性がある。ふふ、絶対釣ってやる。


「リリア、銀色の紙で食材を包みながら突然にやにやし始めたわ。不気味ね」

「さすが古代魔女料理を極めようとするだけある。雰囲気はばっちり」

「別に極めるつもりないけど!? っていうか古代魔女の雰囲気って、それ古臭いって事だよねクロエ!」


 クロエがさっと顔を背ける。それは肯定も同然だ。

 二人に好き勝手言われている間も手は止めない。サツマイモは皮つきで半分に切られているので、軽く水洗いして湿らせてから包んだ。これでじっくり焼いている間に水分が抜けてしまう、という事をある程度防げるだろう。


 タケノコは薄くスライスされているもの。これは特にすることもなく、綺麗に並べてからホイルで四角く包んだ。

 きのこ類はひとまず、しいたけだけを焼くことにする。他のきのこは魚が釣れたら一緒に焼くつもり。


 しいたけはかなり肉厚。かさの裏側に買っておいた小さいバターの欠片を乗せることにした。

 常温で放置する事は出来ないのでバターは普段持ち歩いていないが、こういうところで、しかも使い切りのサイズで売っているのなら、ありがたく使わせてもらおう。


 これでたき火のそばにホイル包みを置いてじっくり焼けば完成。火に直接入れる訳ではないので、だいたい一時間はかかるだろう。

 デザートのバナナもホイル焼きにするつもりだけど、これは食事する前に焼き始めるのがちょうどいいはずだ。


「よし、準備できたっ。釣りしよう釣りっ」


 明るくいいながら、クロエに釣竿を渡す。

 ライラはさすがに釣竿を持てないので、私とクロエの二竿だけ借りておいた。


「あ、私も釣るんだ?」

「そうだよ。一人より二人の方が釣れる確率あるでしょ?」

「……そうだけど、大物釣るんじゃなかったの?」

「釣るよ。クロエは保険。私が大物釣るからクロエは小さくて食べやすそうなの釣って。あまりは干物みたいにして保存食にすればいいし」

「……」


 クロエがじとっとした視線で私を見てくる。幼馴染だから分かる。本当に釣れるの? と言っている目だ。

 釣れる、釣るんだ。私は大物を釣る! 根拠は全くないけど釣れる気がするのっ。


 そう気持ちを込めてクロエと見つめ合い続ける。やがてクロエは呆れたとばかりに微笑して立ち上がった。


「じゃあどっちが大きいの釣れるか勝負ね」

「え、勝負?」

「そう、リリアは釣り経験あって大物釣る予感もあるんだし、私に勝てる自信あるでしょ?」


 ……いや、クロエと勝負ってなるとどうだろうなぁ……急に自身が無くなってきた。


「自信無い?」


 銀髪を揺らし首を傾げて聞いてくるクロエ。無表情な中にちょっと不敵な笑みが混じっている。


「正直私、理由は無いけどなぜかリリアに負ける気がしない」

「……わ、私がモニカに言ったのと同じこと言ってる……」


 そこまで言われて引くわけにはいかない。


「よし、分かった。どっちが大物釣れるか勝負しよう。ただしライラは私の陣営ねっ」

「え、私釣りに役立てるとは思えないけど。釣りなんて見たこともないのに」

「大丈夫、なんかこう、妖精の神秘的な力が大物を引き寄せてくるから!」

「……無いわよそんなの」


 呆れかえるライラだったが気にしない。多分あるから。妖精のこう、何かが魚を引き寄せるとか……あるから。

 こうして私とクロエの釣り勝負が始まった。


 舞台はキャンプ場近くを流れる川。一見して綺麗な水だけど、苔が生えている岩場が結構ある。なら魚が潜んでいる可能性はそれなりにあるはずだ。

 川魚はちょっと匂いなどに癖があるが、ちゃんとおいしく食べられるはずだ。大きな鮎とか釣れたらごちそうだろう。


「よし、釣るぞー」


 私は竿を一振りして岩場の近くに針を落とした。餌は固焼きパンを千切ったもの。水に濡れてもしばらく持つので問題ないだろう。

 私に続いてクロエも竿を振った。私とは別の岩場狙いだ。


 私とクロエの釣り勝負の幕が切って落とされた。

 そして……地味な時間が流れ始めた。


「……」

「……」


 適当な岩に腰かけ、釣竿を握ったまま無言の私とクロエ。

 やがて、ライラが耐え切れないとばかりに声を荒げる。


「ねえ、静かなんだけど釣りってこういうものなの?」

「……そうだよ。釣り糸垂らしたら後はひたすら待つの」

「……地味ね」

「地味だけど楽なんだよ」


 ライラの言う通り、釣りはかなり地味だ。釣れるまでひたすら待つのが、過ぎる時間の大部分となる。

 でも何もしないで時を過ごすのと違って、釣れるかもと期待をしながらだと少しばかり楽しい。何より私には予感がある。大物が釣れる予感が。


「あ、釣れた」


 そう小さく声を弾ませたのは、予感のある私ではなくクロエだった。私は思わず、え、と間抜けな声を出してしまう。

 クロエが釣竿を引いて魚を釣り上げた。確かに糸先の針にしっかり魚が食い込んでいる。小さ目だけど、いきなり一匹吊り上げるのは幸先いい出だしと言えた。


「クロエは釣れちゃったみたいよ。リリアはまだ?」

「お、大物狙いだから時間はかかるかなー」


 震え声で答えるしかない私だった。


 そしてゆっくり時間が経ち、空が段々暗くなっていく。さすがに日が落ちるまで釣りはできないので、このあたりが時間切れだ。

 その間私の当たりは無し。クロエは更に二度小魚を釣り上げていた。


「結局リリアは釣れなかったわね」


 すっかり飽きてしまっているライラは、私の隣の岩場にちょこんと座り、退屈そうにぶらぶらと足を揺らしていた。


「結局、リリアの予感ってなんだったの?」


 勝利を確信したのか、もう戻る準備を始めているクロエに聞かれる。


「なんでも無かったみたい……」


 そもそも大物釣れそうな予感って何なんだ。それはただの思い込みでしかないだろう。

 魔女とはいえ、根拠のない予感はただの思い込みでしかない……ということなのだ。

 そう思っていた私を、急に強い引きが襲う。釣竿が強く引っ張られてしなっていた。


「嘘っ、本当に来たっ!」


 大慌てで釣竿を引く。釣竿から感じる重さ。これはかなりの当たりだ。

 クロエとライラはまさかの当たりに驚きつつも、私と共に釣竿を引っ張ってくれた。


 そのまま三人で強く竿を引っ張って、勢いよく釣り上げる。

 すると……引っかかっていたのは大魚などではなかった。

 何か……輪っかみたいな変な鉄の塊。


「何これ……」


 唖然として言う私とは対称的に、クロエは物珍しそうにそれを眺めていた。


「多分何らかの遺物だと思う。川の流れに乗ってきたのか、元からあったのかは分からないけど……もし最初からここに沈殿していたのなら、この土地の過去に類するものかも」


 ……何だか貴重そうな物らしいが、私の旅には全く関係ない物体だ。


「とりあえずこれ……管理小屋の人に渡してみよう」


 単純にゴミという可能性もあるので、再度沈める訳にもいかない。私はしかたなく釣り上げた鉄の輪っかを運ぶのだった。

 そうして小屋の人に見せた結果、これはこの土地にかつてあった文明の遺物らしい事が判明した。近辺では遺跡などもよく発掘され、似たようなのが出土するとか。


 ちなみに私が釣り上げたのは、水車を模したアーティファクト、つまり工芸品と目されているようだ。似たような物が結構出てくると言っていた。

 そんな物を持っていてもどうしようもないので、管理小屋の人に渡して近くの町に寄贈してもらうことにする。


 小屋から自分たちのテントまでの道すがら、私はぽつりと呟いた。


「大物といえば大物だったのかも……」


 私には全く関係ない大物だったけど。どうせ釣るなら大きい魚の方が良かった。


「でもリリアの予感は間違ってなかった事になる」

「そうだね……そう思うことにするよ」


 魔女の予感も捨てたものじゃない。ちょっとずれてはいるけど。

 そう思うことにして、この変な魚釣り勝負は終わりを告げる。


「あ、でも釣り勝負は私の勝ち」


 抜け目なくクロエに言われ、私は渋々頷いた。クロエは小魚三匹も釣ってたもんね。私たち全員分と考えると、大量だと思う。


「そういえば、勝負に勝ったら何かあるの?」


 ライラに言われて、私もクロエも目を丸くした。


「……何も考えてなかった」


 二人同時に言うものだから、ライラは呆れたようだ。


「じゃあいったい何の勝負だったのよ」


 確かに何だったんだろう、この勝負。

 まあ、幼馴染のじゃれ合いみたいなものだろう。昔からこんなどうでもいい競い合いをしていた気がするし。


 さて、気を取り直して、夕ごはんを食べるとしよう。

 先に焼いていた物はもう仕上がっているだろうし、クロエが釣ってくれた小魚を使って新しくホイル焼きを作りつつ、キャンプ場の夜を楽しもう。

 そう、キャンプの醍醐味はやはりごはんなのだ。


 私は変なものを釣り上げた時の妙な気持ちをすでに忘れ、これから食べるごはんに胸を躍らせはじめていた。

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