77話、フェルレスト最後の夜と肉入り巨大オムレツ
フェルレストに滞在してから三日目の夜。
さすがに三日目ともなると、観光よりもゆったりと時間を過ごしたくなるもので、私たちは適当に町中をぶらついて過ごしていた。
そんな中で話し合った結果、これ以上フェルレストに居続ける理由もないので、明日には旅立つ事にした。
つまり、モニカとは明日でお別れだ。そろそろルーナラクリマの公演が再開するようなので、ちょうど良いと彼女は言っていた。
なので、今日がモニカと旅をする最後の夜となる。せっかくだからと、お別れ会としてできるだけ豪勢な料理を食べることになった。
そうして昼間の内にお店を予約し、さすがに三日目ともなるともう慣れた夜が訪れない明るい空の下、予約店へと来店したのだ。
夜でも明るい空とは対照的に、やや暗めの暖色系の照明。それに彩られる赤レンガの壁。並べられるテーブル席はニスで磨かれた綺麗な木造で、なんだか大人な雰囲気だ。
そんな中私たちは予約席へと着席し、運ばれてきたお水で軽く口を潤す。
「来たはいいけど……このお店の雰囲気に魔女三人は結構場違いじゃない?」
小声で私が言うと、モニカが応じる。
「ま、確かにね。ドレスとか着て来店した方が様になってるお店かも」
実際、周囲を見てみるとほとんどのお客は煌びやかに着飾った服装をしている。やっぱり結構な高級店らしい。
基本的に小ぢんまりとしたお店が好みな私は、この雰囲気に少し慣れない。
「大丈夫よ、ここ実際は子供連れでも来れるお店だもの。ほら、メニューにお子様向け料理乗ってる」
落ち着かなくてそわそわする私をなだめるようにモニカが言った。
つられるようにモニカが広げるメニューを見て、ふと私は疑問を抱く。
「そういえば……今回料理も予約したんだよね? なにが出てくるの?」
「さあ?」
私の問いかけに、それまで無言だったクロエと一緒にモニカが首を傾げた。
「え、何でモニカも知らないの。このお店予約したのモニカでしょ」
そう、最後に皆で過ごす夜だからと、モニカ自ら行きたいお店を決めて予約までしてくれたのだ。
昼間にモニカだけ来店して予約を取ったらしく、その後合流した時、ついでに料理も予約しておいたから、と彼女は言っていた。
なのに……何で当の本人が予約した料理を知らないのだろう。
「なんかね、最初は派手なお肉料理にしようと思ってたのよ」
「うん……想像つく」
というより、絶対何かしらのお肉料理を予約していたと思っていた。
「でも言ってみればこれはお別れパーティーじゃない? だからできるだけ色々な料理が出てきた方がパーティー感が増すでしょ? そう思って、女性三人向けのお任せコースを頼んでおいたわ」
なるほど、そういうことだったのか。
「じゃあこのまま待ってれば、料理が何品か来るってことか」
「そうそう、そういうこと」
てっきり分厚いステーキとかを食べることになると想像していたけど、この分だと結構色んな料理を楽しめそうだ。
問題は、コース料理となると全部食べられるかということだけど……一瞬私の脳裏にオリーブオイルばかりのコース料理がよぎるが、頭を振ってどこかへ追い出した。
さすがにあれほど個性的な料理は出てこないだろうし、女性三人向けの分量ってことはライラが食べる分を考えると十分食べきれるだろう。
でも、本当何が出てくるんだろう。いつも食べたい物を食べるというスタンスだから、こういうお任せはちょっとドキドキするかも。
ほどなくして、ドリンクと共に料理が運ばれてきた。
まず最初にやってきたのは、蒸し野菜とバーニャカウダ。蒸し野菜はブロッコリーにアスパラガス、かぼちゃ、パプリカと彩りたくさん。丸皿の中心にバーニャカウダが入った小皿があり、その周囲を野菜が彩っていた。
バーニャカウダとはディップ用のソースだ。結構ドロっとしているソースで、アンチョビやニンニクなどを使っているので味は濃厚。
続いて運ばれてきたのはグラタン皿。その中には炒めたポテトとひき肉が入っているらしく、その上にとろけたチーズがこれでもかと乗っている。ようするにポテトとひき肉のグラタン風チーズソースがけだ。
ひとまず来たのはこの二品。コース料理なので他にもあるだろうが、ある程度食べた頃に折りを見て運ばれてくるのだろう。
女性三人向けのコース料理だからか、量はそれほど多くない。一品一品ちょっと物足りないかな、程度のうまい具合の分量だ。
「このチーズソースのやつ、中にひき肉入ってるじゃない。私はこれから食べよう」
モニカにとって、前菜は野菜よりも肉なのだろう。蒸し野菜には目もくれず、取り分けようのスプーンでグラタン皿から料理をすくっている。
「……蒸し野菜はよく食べるけど、バーニャカウダはあまり食べたことない」
クロエはバーニャカウダが珍しかったのか、蒸し野菜を適当に取りつつソースをつけて食べ始める。
私は……まずはやってきたドリンクから飲もう。
ドリンクはワイングラスに入っていた。透明な液体で、気泡が立っている。スパークリングワインだろうか。私お酒は得意じゃないんだけど。
ワイングラスを片手に軽く匂いを嗅ぐ。匂いは……特にしない。アルコール特有の香りもなかった。お酒ならライラに全部飲んでもらおうと思っていたが、杞憂だったようだ。
恐る恐る一口飲むと、やはり炭酸のしゅわっとした感じがやってくる。ただ……味自体は無い。というか水の味だ。
「ああ、ただの炭酸水なのか」
砂糖などが入った甘い炭酸水ではなく、無糖の炭酸水。甘い方に慣れていると違和感があるかもしれないが、私としてはさっぱりとした口当たりの水といった感じで違和感ない。
「それなんだったの?」
私の肩に座っていたライラが、興味深げにワイングラスの中を覗き込んできた。
「飲んでみなよ。変な味はしないから大丈夫」
ワイングラスを傾けてライラの口元へ運ぶ。彼女は小さい手でワイングラスの先端を持ち、一口飲み始めた。
「んっ! しゅわっとするっ! でも前飲んだビールとは違う味ね」
「これはただの炭酸水だよ。アルコールも入って無いやつ」
そういえばライラはビールでしか炭酸を飲んだことが無いっけ。
料理には詳しくないが、炭酸水は結構料理に使えるらしい。何でもお肉を煮ると柔らかくなるとか。
糖分がたっぷり入った炭酸水なんかは、砂糖を使う手間も省けて一石二鳥だとかなんとか。リネットが以前お肉の煮つけを作る時そう言っていた気がする。
「ほらリリア、あんたも食べなさいよ」
「……野菜もどうぞ」
ライラと炭酸水を味わっていると、私の取り皿に二人が料理を放り込んできた。
見てみると、蒸し野菜もポテトとひき肉のチーズソースがけも、ほとんど無くなっている。やはり量が少なめなのですぐ食べ切れるらしい。
そして二人はわざわざ私の取り分を確保してくれたという訳だ。さすが幼馴染。
二人の気遣いに感謝しつつ、ライラと一緒に食べ始める。
まずは蒸し野菜。野菜は結構種類があった分、それぞれの量は少な目。それでも三人が全種類食べられるように調整されていたようだ。
ブロッコリーにパプリカ、アスパラガスとありどれから食べようか迷うが、やはりここは一番好きなものから食べよう。
そう、かぼちゃだ。やっぱりかぼちゃが一番。ということでダイス状に切られたかぼちゃをバーニャカウダに付けて食べてみる。
アンチョビの独特な風味と味の中、ニンニクが主張してくる。その中にかぼちゃの甘みがやってきた。
バーニャカウダはアンチョビを使ったソースだ。アンチョビは塩漬けした魚を更にオイル漬けにしたもので、ちょっと独特な風味があって塩っ辛い。そこにニンニクの味と風味が混ざるので中々濃厚だ。
でも蒸し野菜というあっさりした素朴な味わいの食べ物につけると、いい感じに合う。結構おいしかった。
でも、やはり結構濃厚なので……。
「おいしいけど、ちょっと独特な匂いがきついかも……」
けほっと軽く蒸せるライラ。やっぱり体が小さいライラは匂いがきつめなのは苦手らしい。
でもポテトとひき肉のチーズソースがけの方は大分お気に召したようで、ガツガツと食べていた。
私も軽く食べてみたが、これは何だかずっと食べ続けられそうな不思議な料理だ。
チーズソースのおかげで濃厚だからずっと食べられると思うのは変なんだけど、ポテトとひき肉炒めがやや薄めの塩味だからか、意外にもそこまで重いということはない。
チーズの旨みがポテトやひき肉と調和していて、なんかこればかり食べてる人がいても不思議ではない感じ。
バーニャカウダとチーズソースの濃厚な味をさっぱりさせるのに役立つのが、無糖の炭酸水だ。一口飲むと口の中が本当にさっぱりとする。
最初の二品を食べ終えると、すぐに次の料理が運ばれてきた。
次にやってきたのは、見た目が実に可愛らしいミニチュアのハンバーガー。一口サイズで小さな串に刺さっていた。
そしてその後にやってきたのが、今回のメイン料理なのだろう。結構な大皿に乗ってやってきたのは……意外にもオムレツだった。
てっきり肉料理がやってくると思ったが、メインは巨大オムレツ。ただ、ソースはケチャップではなくデミグラスソースがかけられている。
そこがちょっと不思議だったものの、まずは皆でミニチュアハンバーガーから食べることにした。
ミニチュアハンバーガーは私たちからすると一口サイズで、ライラにちょうどいい大きさだ。これなら取り分ける必要もないだろう。
小さな串に刺さっているので、ひょいっとつまんで口の中に放り込める。
ゴマが軽く乗ったバンズに、ケチャップソースの味が目立つ普通のハンバーガーだ。ハンバーグは当然入っているが、野菜などは入ってない。ごくごくシンプル。
でもそのおかげでお肉とパンの味が際立ち、食べた満足感は結構ある。
「これくらい小さいと、本を読みながら食べやすそうでいい」
ミニチュアハンバーガーを食べながらそんな感想を漏らしたのは、クロエだった。
クロエは何かに夢中になると、ごはんは二の次に置きそうなイメージがある。本を読みながらこのミニチュアハンバーガーを食べる光景がありありと想像できた。
そしてハンバーガーを食べ終え、ついにメインの巨大オムレツを食べることになる。
一つ一つ量が少なめだったので、まだお腹には大分余裕があった。大きいけどオムレツなら多分皆で食べきれるだろう。
すると、突然モニカが含み笑いを漏らす。
「ふふ、リリアもクロエもライラちゃんも、これが普通のオムレツだと思ってるでしょ?」
「……普通ではない。結構大きめなのが見て分かる」
「確かに大きいけど、そこじゃないのよ問題は!」
クロエの指摘に慌てて言い返すモニカ。確かに巨大オムレツは決して普通ではない。
でも、モニカの言い方だと別の理由が隠れているようだ。
「そもそもどうして私がこのお店を選んだと思う? ここの名物料理を食べたかったからよっ」
「それがこの……オムレツ?」
「ただのオムレツではないわっ。見なさいっ」
モニカはナイフを手にしてオムレツをばっさり切り開く。
するとその中には……たくさんのお肉が入っていた。
あまりのことに私たちは絶句する。
「これがこのお店名物、ミートオムレツよっ。オムレツは地域によって色々な具材を入れて焼いたりするけど、ここのお店は肉だけを入れて焼くのっ! しかも見なさいっ! 鶏肉豚肉牛肉っ、色んな種類と部位が目白押しよっ」
見たけど……分からない。オムレツが半熟に仕上がっているため、お肉はどれもとろとろの半熟卵にまみれている。
「ここのはね、一度お肉を別に焼き上げた後卵に混ぜて焼いてるのよっ。だからオムレツ自体は半熟で、お肉の肉汁も半熟卵に混ざって絶品ってわけっ!」
詳しい……モニカのやつ、パンフレット読みこんできてる。
でも確かに、生肉を卵に混ぜて焼くだけではしっかり焼き固めるくらいしないと肉に火が通らない。
それを先に肉だけ焼いてその後オムレツにするというのは、結構手間がかかるだろう。
名物というだけあって、このお店こだわりの料理のようだ。
「それでデミグラスソースだったんだ」
私は納得してつぶやいた。中にこれだけお肉が詰まっているのだから、ソースもケチャップよりデミグラスソースの方が合うのだろう。
「さあ、さっそく食べましょうよっ」
うきうきと目を輝かせながら、モニカがナイフとフォークで器用に取り分けていく。
肉入りの巨大オムレツはあっという間に三等分され、私たちの取り皿に渡っていった。
とろっと半熟のオムレツに、様々な種類と部位のお肉。なんだか豪華なような、とりとめないような。
しかしモニカはそれを眺めながらうっとりとしていた。
「これはまるでお肉の宝石箱ね」
「……それだとお肉でできた宝石箱にならない?」
「あ、そうね。じゃあ……宝石のお肉箱」
「……ごめん、意味分からない」
おそらく中のお肉が宝石のように煌めいていると例えたかったのだろう。多分。
でもモニカではないけど、これは確かにちょっとわくわくする。何分見たことない料理なので、興味自体はあった。
はやる気持ちを抑え、早速一口食べてみることに。
半熟のオムレツと中のお肉をフォークですくい、デミグラスソースをつけてぱくりと一口。
まろやかな卵にデミグラスの濃厚な味がまずやってくる。そのまま咀嚼を続けると、お肉の弾力。肉汁がじゅわっと溢れてきた。
これは……牛肉だろうか。半熟卵にまみれているからよく分からない。そのまま噛み続けて、思わず飲みこんでしまう。
おいしい。けど、なんだ? 何のお肉食べたんだ今。
また私はオムレツを一口運んだ。次こそはお肉の正体を見極め……いや、食べ極めてやる。
そうして味わうこと十数秒。
なんだこれ……鶏肉? そんな味と食感。肉汁には乏しいから……ササミ? うーん。
ごくり。また自然と飲みこんでしまう。
なるほど、この料理……おいしいのはおいしいけど、何の肉食べてるかよく分からないな?
それも当然。お肉の風味とか味は全部オムレツ部分に染み込んでいて、どれを食べてもどれも同じような味に感じるのだ。
しかしおいしいのは間違いない。うん、パンとかに挟んで食べるのも良いと思う。
ふとモニカはどんな感想なんだろうと思い、顔を上げて彼女を見てみると……。
「これは牛肉……フィレかしら。こっちは豚肉のバラ、濃厚な油の味がするわ。こっちは鶏もも……? 多分そうね」
もぐもぐと食べながら、食べてるお肉の部位を言い当てていた。
それが正解かどうかは私には決して分からないが……そんな当たり前のように言っているところを見ると信じるしかない。
モニカ……この半熟オムレツまみれのお肉でもちゃんと味が分かるんだ。
すごいというか……ごめん、ちょっと引くかも。
モニカに直接言わないが、私はそんな思いで彼女を見つめていた。隣りのクロエも同じ思いなのか、絶句するように口を半開きにしてモニカを眺めていた。
そうしてお肉入り巨大オムレツを無事食べ終わり、最後に来たデザート、バニラアイスまでを平らげる。
こうしてモニカとの最後の晩餐は終わった。
食後、私たちはゆっくり眠るためすぐに宿屋へと戻ることにした。
その道中、いつも通り会話をする私たち。夜が訪れない明るい空だが、明日には新しい朝がやってくる。
もう、モニカとはお別れだ。そう思うと、少し寂しい思いがあった。
このまま明日が来なければいいのに、なんて、子供みたいなことを思ってしまう。
今この町には夜は来ないけど、明日は確実にやってくる。日々が止まることは無いのだ。
だから明日モニカと別れても、きっとまたいつか旅の中で出会うのだろう。
さよならではない。また会う時までのひと時のお別れ。
そんな明日が、ゆっくりとやってくる。
……ちなみに、後でモニカに聞いたのだが、どうやらあのオムレツ、お肉好きたちが食べながらお肉の部位を言い当てるという謎の料理として名物になっていたようだ。
モニカ、最後に皆で食べる料理がそれって、そのセンスはどうなの?
モニカらしいと言えばらしい選択だけどね。




