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76話、モニカとスイーツ食べ歩きツアー2

 モニカに誘われて始まった、このフェルレストの町でのスイーツ食べ歩きツアー。

 まずはこの町の中心、町立美術館がある中央区でシュラットと呼ばれる独特なシュークリームを食べ、次に向かうは北区だった。


 フェルレストの町は一番人が賑わう中心部を中央区として、北、東、西、南、と分かりやすく区分けされてある。

 これがこじんまりとした村、あるいはそこまで大きくない町なら、この区ごとに住宅街、商店街、工業地帯や農耕地帯、などのようにはっきりと特色があるのだろうが、フェルレストほど大きいとその辺り曖昧になってたりする。


 どの区にもそれなりの大きさの住宅地に商業地帯があって、まるでいくつかの町が寄り添って一つの大きな町を構成しているかのようだ。

 もっとも、そうでもなければフェルレストの町独自の方針、スイーツ店を一部の人気地域に密集させず色んな地域に分散する、というのが成り立たない。


 モニカによると今回のスイーツ食べ歩きツアーは、中央区から始まって北区、西区、南区、東区、と一周し、最後にまた中央区に戻ってくるルートのようだ。

 とはいえこのフェルレストの町は、それだけ区分けされているだけあってやはり大きい。町を一周するだけで何時間かかることやら。


 しかしそこはパンフレットに乗っていたおすすめスイーツ食べ歩きロードマップだけあって、歩行距離は結構考慮されている。

 というのも、中央区を中心にして町の内側を小さく回るルートとなっているのだ。

 これが町の外周付近をぐるっと回るルートだったら、おそらく一周するには半日以上、下手したら丸一日使うだろう。


 しかし中央区からちょっと北区に入る境目あたりでぐるっと一周するようになっているので、外周とは歩行距離が倍以上違う。おそらく早歩きで二時間ほど、食べ歩きなら三、四時間といったところか。

 これならばなんとか楽しく食べ歩きできる範囲だろう。


 実際、中央区から北区までは歩いて十分ほどでたどり着けた。大通りとも言える大きな道路もやや狭まり、中央区と比べて少し入り組んでいるようにも見える。

 まだここは北区と中央区の境目程度のあたりだけど、中央区と比べて人通りは明らかに少なくなり、喧騒が嘘のように消えて比較的静かだった。


 中央区が観光客向けな分、その周囲を包む区はこの町の住人が住む地域。きっとここから更に進んでより町の外周に近くなれば、もっと閑散としているのだろう。

 そんな北区に入ったところで、迷いのない歩みで私を先導するモニカに気になっていたことを聞いてみる。


「モニカ、次なに食べるか決めてあるの?」


 この食べ歩きツアーが始まってすぐ、モニカはパンフレットに記載されてないスイーツを自分で探すのも醍醐味と言っていた。

 さすがに一発目はこの町で一番有名なスイーツを食べたが、次からどうなのか分からない。

 私の問いかけに、モニカはちょっと考えるように空を見た。


「そうねぇ……なんかチョコ系が食べたいかも。後飲み物も必要よね。結構歩くんだし」

「……その飲み物もスイーツ系なんだよね?」

「もちろん!」


 この上ない笑顔で即答するモニカ。さすがに歩きながら飲むならお茶とかの方がいい気がするけど……でも今回はモニカに合わせよう。


「あ、リリアあの店見てよ、チョコバー売ってる」


 モニカの指さす先には、小さな露店。そこでは自家製チョコバーを売っているらしく、目立つためと宣伝の両効果を狙ったのぼり旗が風で揺らめいていた。

 チョコバーって……チョコレートがコーティングされたスナック菓子だっけ?


 さっきの独特なシュークリームとはまたうって変わって駄菓子めいている。けど、その時食べたい物を探して食べるのが、このスイーツ食べ歩きツアーの目的とも言えた。

 なんて考えている間に、モニカはチョコバーを売っている露店へ駆けていた。あれよあれよという間に私のもとへと戻ってくる。


「ほら、リリアの分も買っておいたわよ。後飲み物も売ってたから買っておいたわ」


 モニカからチョコバーが入った小さい包装紙と、デザインが凝っている紙コップを渡された。紙コップには白い液体が入っていて、そこにストローが突き刺さっている。


「このチョコバー、ナッツがいっぱい入っていてビタミン豊富みたいよ。ナッツってダイエット効果があるって聞くし、ビタミンは肌に良いからまさに夢の食べ物よね」

「……うん、コーティングされているチョコの事を忘れたら栄養的には悪くないよね」


 脳内でどのようなナッツ効果を思い描いているのか、嬉しそうに瞳を輝かせるモニカ。絶対チョコの存在忘れてるよね? しかもこれからまだまだスイーツ食べ歩くから……ダイエット効果とか言っている場合かな。

 ……まあモニカの中で問題ないならそれでいいか。

 それよりも私は、この飲み物の正体が知りたかった。


「これさ、どういう飲み物?」


 軽く紙コップを揺らし、中の液体に波紋を起こす。その鈍い出来具合を見ると、少しばかりドロっとしているようだ。


「お店の人はヨーグルトジュースって言ってたわよ。そんなに甘くないらしいわ」

「へえ……」


 ナッツ入りチョコバーの味は想像できているので、この不思議なヨーグルトジュースから飲んでみることにする。

 ストローをくわえ、ゆっくり吸う。するとちょっとドロっとしたヨーグルトジュースがゆっくりストローの中を伝わり、私の口の中に入ってきた。


 やや粘度はあるけど、不快さはない。味は……確かに甘さはそんなになかった。砂糖が入ってないそのままのヨーグルトよりはさすがに甘みはあるけど、本当にささやかなものだ。

 そしてレモン汁が入っているのか、ヨーグルトとは違う酸味がある。なんだろう、そこまで冷たいわけではないのに、清涼感があった。体の中が爽やかになっていく感じ。


「これおいしいじゃん。ヨーグルトを飲んでるって感じする」

「え、本当?」


 私に続いてモニカもヨーグルトジュースを一口飲む。味がお気に召したようで、納得するかのように数度頷いていた。

 続いてナッツ入りチョコバーも食べることに。これからまだまだ食べ歩くつもりだからか、モニカが買ってきたサイズは小さ目だった。全長が私の手の平に簡単に収まるサイズ。三口もあれば食べ切れるだろう。


 チョコバーは意外とサクっとした食感。でも口の中で噛んでいくと、ナッツのカリカリとした音が響く。チョコ部分は結構甘いが、ナッツが淡泊な感じなので相性は良い。

 チョコバーで口内が甘ったるくなってきたら、ヨーグルトジュースを飲む。すると爽やかさが口内を満たし、またチョコバーを食べたくなってくる。意外と良い組み合わせだ。


 何分小さいチョコバーなので、すぐ食べ終わってしまう。

 でもカロリー的にはどうなのだろうか。チョコは当然として、ナッツも結構高カロリーだ。すでに生クリームたっぷりのシュークリームを食べているので、現時点でもすごいことになっているのでは?

 食べ歩きとはいえ、歩いているだけで消費できるカロリーなのか……ちょっと不安。


「さあ、次行くわよ! 次は西区!」


 ……でも楽しそうに歩くモニカを見ていると、細かいことはいいか、と思ってしまう。

 次に向かったのは西区。ここは北区と違って結構活気があり、商店がたくさん居並んでいる。

 もしかしたら、区ごとに力を入れている分野があるのかもしれない。でも、そこまでくると外部の人間である私には詳しく分からないことだ。


 そんなたくさん商店がある西区では、どんなスイーツを食べようか。さっきまでモニカが主導で決めていたので、今回は私が選ぶことになった。


「いきなり言われてもなぁ~」

「あんたが今食べたい物でいいのよ」


 しかしすでに二つもスイーツを食べた後ですぐ決められる訳が……。

 そう考えている矢先、私の目に飛び込んできた一つのお店。

 こうして多くの商店が並んでいると、人の目を引き付けるために目の前で調理して提供するところも珍しくない。

 私の目を引いたお店もそんな形式だった。


 マシュマロとチョコを重ね、それをクラッカーで挟んだ後、軽く火であぶって完成させる不思議なスイーツ。お店の看板によると、そのスイーツはクルアと言うらしい。あのシュークリームと同じく、この町独自のスイーツだろうか。


「あれ食べてみようよモニカ」

「へえ、おいしそうじゃない。最後に火であぶるからクラッカーに焼き目がついて香ばしそうだし、チョコもマシュマロも溶けていてそそるわね」


 モニカも興味を引いたようなので、さっそく買ってくる。

 目の前で実際に火であぶられるクルアを見ると、結構テンションが上がるものがあった。こういう販売形式も悪くない。

 そして実際食べてみると……。


「なんか、普通ね」


 モニカの遠慮したような小さな声に、私も思わずうなずく。


「うん、これ普通……」


 溶けたマシュマロとチョコは高相性。だけど火であぶって焦げたクラッカーの香ばしさとは……そこまで合ってる気がしない。

 そう思うのは、目の前で調理されてテンション上がっていたのに味的には結構普通、という落差のせいもあるのかもしれない。

 見た目も調理風景もすごく引き付けられるものがあったけど……食べてみると普通だった。こういうこともあるのか。


「……こ、こういうのも食べ歩きの醍醐味よ!」

「まあ、ね。旅をしていても、いつもおいしいごはんに出会うわけじゃないし」


 それに単純に私たちの好みではなかったとか、食べるタイミングの問題もあるのだろう。ひとまず今回の出会いでは……このスイーツは普通ということだ。また別の出会い方をすれば違う感想になるということも十分にある。

 引き続き、南区、そして東区へと私たちは向かう。


 南区では冷たいものが食べたくなったのでイチゴのジェラートを、東区では喉が渇いたのでタピオカ入りミルクティー、それと合わせるためのバナナマフィンを購入した。

 タピオカはイモのデンプンから作ることができる。というより、小麦粉のように粉末状にしたタピオカ粉というのがあって、それから作られるのだ。


 こういう風に飲み物に入れてデザートとする時は、大きめのストローで吸いこめるほどの球状に成形する事が多い。

 タピオカ粉は小麦粉とほぼ同様の使い方ができる。つまりパンとかも作れたりするのだ。

 この町でタピオカジュースが売っているということは、このタピオカ粉も当然売っているということになる。せっかくだから少し買っておいて、野宿する時のごはんとして使ってみようかな。


 そんなことを考えながらタピオカミルクティーを飲んでいく。ストローが普通のとは違って大きく、一気に吸い込むとタピオカが勢いよく口の中に入ってきて、うっかり喉奥までいきそうでちょっと怖い。

 タピオカミルクティーは、ミルクティーの独特な色合いの中に沈む黒に着色されたタピオカというビジュアルも売りの要素だ。


 だから透明なコップに入れられていて、底に沈殿するタピオカの妙なビジュアルを楽しむことができる。

 それを眺めていると、どうも脳の奥をくすぐるものがあった。何だろう、どっかでこういうのを見たことが……。


「あ、わかった」

「……どうしたのよ」


 私の呟きに、タピオカミルクティーをすするモニカが反応する。


「タピオカってさ、カエルの卵に若干似てるんだよ」


 言った瞬間、モニカが盛大にむせた。


「ごほっ、ごほっ……あ、あんたマジでやめなさいよ。下手すると私二度と飲めなくなるわ」

「ご、ごめん……うっかりしてた」


 さすがに飲みながら言うことではなかった。いや、モニカからすると飲み終わった後も口にしないで欲しいのかも。

 東区での食べ歩きも終わり、ついに私たちは出発地点であり終点の中央区へと戻ってきた。なんと出発してから四時間もかかっている。その間ずっと立ちっぱなし、歩きっぱなしだ。


 最初の時と同じく公園へと来た私たちは、お互い申し合せたようにベンチへどさりと座り込んだ。


「あー……疲れたぁ」


 気だるそうに言うモニカに、私も同意を返す。


「今思い出したんだけどさ、食べた物を消化するのにもエネルギーって使うらしいよ」

「……つまり?」

「食べ歩きツアー、すっごく疲れるに決まってる。いっぱい歩いたし、食べたし……お腹いっぱいだし」

「……もうお昼を少し過ぎたくらいだけど……お昼ごはんは……」

「……無理」

「よねぇ」


 疲労と満腹感で私たち二人とも深く深く息を吐く。

 スイーツ食べ歩きツアー、やってる間は楽しかったけど……終わってみると結構大変だったかも。

 完全に食べ過ぎちゃってるし、一気に歩き過ぎなのもあるし、食べてすぐ動くのも体には良くなさそうだし。


「あ、リリアとモニカいたいた」


 公園のベンチでうな垂れていると、聞き覚えのある声を聞いた。

 二人そろって顔を上げてみると、銀髪を揺らして歩くクロエと、彼女の肩に座るライラの姿があった。

 そういえば二人とも仮眠してたんだっけ。


「……おはよう二人とも、よく仮眠できた?」


 私が聞くと、クロエが頷いた。


「夜睡眠が浅かった分、たっぷり寝られた。二人は……なんだかお疲れ?」

「うん……ちょっとね」


 力なく返事を返すと、ライラが不思議そうに小首を傾げる。クロエもライラも仮眠から覚めてすごく元気良さそうだ。


「悪いけどクロエにライラちゃん、私たちお昼は要らないわよ」


 苦しそうな声音で言うモニカ。クロエは静かに首を振った。


「昼食ならさっきライラと二人で軽く食べた。二人を探していたのはまた別の用事」


 言いながらクロエは魔女服のスカートのポケットに手を入れ、そこから何かを取り出す。

 どうやらそれは、折り畳まれたこの町のパンフレットのようだ。

 クロエはそれを開きながら、彼女には珍しく弾んだ声を出す。


「ここ、スイーツの町というだけあって、スイーツを食べ歩きするのに適したロードマップがパンフレットに記載されている。今からライラと一緒に行こうと思うけど、二人はどうする?」


 ……私とモニカは絶句するしかなかった。

 そうだ、クロエはこう見えて甘いもの好き。ならモニカと同じくスイーツ食べ歩きツアーを画策しても不思議はない。


「わ、私たちはしばらくここで休むから、二人で行っておいでよ……」


 震える声で私が言うと、クロエとライラは不思議そうに顔を見合わせた。


「なら二人で行ってくる」


 クロエとライラは私たちに手を振って公園から立ち去った。


「……四時間後、あの二人もこうなってるわね」


 モニカの無情な独り言は、夜が来ない空に吸い込まれていった。

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