74話、真夜中の散歩とサンドイッチ
フェルレストの町二日目の早朝……というよりまだ真夜中の四時。私は一人町中を散歩していた。
こんな時刻に町中を一人散歩しているのには当然理由がある。といっても、そんなに大ごとではないけれども。
このフェルレストの町は大規模な魔術遺産で、時折夜が訪れない。もっと正確にいうと、夜になっても町の中がなぜか明るい時があるのだ。
いったいどういう条件で夜が訪れないのかは現在のところ不明だが、私たちがやってきた時がちょうど夜が訪れない時期だったらしく、今は真夜中だというのに真昼のように空は明るい。
私がこんな時刻に町中を散歩しているのは、この夜が訪れないというフェルレストの特性の影響だった。
フェルレストに滞在して今日で二日目。初めて訪れた時から夜が訪れない時期だったため、実質今日で二日連続暗い空をお目にかかっていないわけだ。
そのせいか、どうも体内時計が変。確かに時刻は夜なのにそこまで眠気を感じず、結果睡眠が浅くなってしまう。
正直さっき起きた時私は心底驚いた。宿屋で借りた一室の窓からは明るい光が差し込んでいて、ああ、もう朝なんだ、と寝ぼけながら備え付けられていた時計を見ると、時刻はまだ真夜中三時半。
できればもう一眠りしたくなる時刻だが、窓から覗く明るい空を目の当たりにしたことによって体が変に目覚めてしまったのか、眠気は払拭されてしまっていた。
そこで私はしかたなく二度寝を諦め、だからといってこんな早起きしてもやることがないので、こうなったら夜が訪れない町の明るい真夜中を探索してやろうと散歩することにしたのだ。
ちなみに宿で借りた部屋はそれぞれ別々なので、モニカやクロエはまだ寝ているのだろう。私はライラと一緒の部屋だが、羨ましいくらいぐっすり寝ていたので起こさないように抜け出てきた。
そうして町中を散策し始めて分かったのだが、この町の住人は当然と言えば当然なんだけど、この時折夜が訪れない現象に適応しているようだ。こんな真夜中でも町中には結構な人が往来しており、これを商機と見たお店がこの時間から開店している。
時刻は真夜中四時を少し過ぎたくらい。しかし空は真昼のように明るく、人々もそこかしこ歩いていた。商売を始めているお店も結構あるから活気があって、なんだか本当に真夜中なのかと頭の中がくらっとする。
もしかしたら今は本当に昼間で、これから空が暗くなっていくのではないか。そんなことまで思ってしまった。
だがそんな翻弄される感情とは違って、私の体は素直に現状を受け入れ始めているらしい。なんだか、妙に空腹を感じてきた。
考えてみれば今は真夜中から早朝へと移り変わる頃合い。そんな時間に起きていれば、当然お腹も空いてくるだろう。
でもこの後起きてきた皆と一緒に朝食を食べることになるだろうし、今ここで何か食べるのはどうなのだろうか。
真剣に考える私だが、こんな時間から飲食店もちらほら営業しているらしく、なんだか食欲がそそる様々な良い匂いが鼻をつつく。
……いいや、ほんのちょっとだけ軽めに食べちゃおう。その分朝食の量減らせばいいだけだ。
あっさりと食欲に負けた私は、軽食求めて町中をさまよいだした。
当てもない散歩から軽く何か食べると目的を持ったとたん、目にうつる光景はなんだか違って見える。
さっきまで気にもしていなかったが、町中を歩く人々はホットドッグやサンドイッチといった、歩きながら食べられる軽食を片手にしていた。やっぱり皆、この時間になるとお腹空くんだ。
ホットドッグ……は結構お腹に溜まりそうだ。細長いパンに切れ込みを入れ、そこに大きいソーセージを入れ刻んだ玉ねぎとケチャップをかける。そんなホットドッグを一噛みすれば、ソーセージから肉汁と旨みが溢れ、玉ねぎのしゃっきりした食感とケチャップの甘酸っぱさがまたマッチすることだろう。
想像しただけで唾液が出てくるが、これからちゃんと朝食も食べると考えると、ホットドッグは良くない。絶対お腹が満足してしまう。
となると……サンドイッチがいいかな。野菜がメインのサンドイッチなら小腹を満たすのに十分だろうし。
そうと決めた私は適当な出店で野菜サンドイッチとお茶を買い、腰を落ち着けて食べられる場所を探し始めた。
こういう時はベンチがある公園などで食べる方がいいだろう。まだこの町の地理には明るくないが、折よく小さな公園を発見したので立ち寄った。
小さい公園とはいえ、ちゃんとベンチがいくつか設置されていたので、そのうちの一つに座り込む。私と同じ発想なのか、他のベンチにも腰を落ち着けて何やら食べている人が数人いた。
ゆっくり腰を落ち着けてみると、不思議な気だるさを感じてしまう。そんなに長く散歩している訳ではないが、考えてみればまだ真夜中。普段は寝ている時間だ。慣れないことをして疲労を感じたのだろう。
あるいは狂った体内時計が眠るべき時刻を差し始めたのか。
どちらにしろ、せっかく買った野菜サンドイッチを食べないという選択肢はない。
私はごそごそと紙包みを開け、中に入っているサンドイッチを開放した。
今回買った野菜サンドイッチは、小腹を満たすのにちょうどいいサイズだ。具材はレタスにトマト、そしてハムのシンプルな物。メインはトマトなのか、分厚く切られたのが二つ挟まっている。
アボカドのサンドイッチもあって気になってしまったのだが、アボカドは濃厚なので今回やめておいた。また別の機会があったら食べてみたい。
お茶は紅茶ではなく青茶にしてみた。紅茶よりも発酵していないが、発酵度合いとしてはやや高め。茶葉は発酵させないとさわやかな味わいと匂いがして、発酵させていくと渋みが出てくる。匂いも変化し、深みが出てくるのだ。
同じ茶葉でも発酵度合で味と匂いが変わるし、更に様々な種類の茶葉があるので、お茶の種類はかなり多い。紅茶一つとっても色々あるので面白かったりする。ちなみに紅茶はかなり発酵した茶葉だ。
今回買った青茶は紅茶ほどではないがそれなりに発酵した茶葉のようで、結構渋みが目立つ。それでいて紅茶とはまた違った匂いだ。そこまで香り高いというわけではなく、すっきりした匂い。もともとの茶葉がそんなに強い匂いではないのだろう。
紅茶が好きな私だが、こういう妙な朝にはすっきり目の青茶が悪くない。渋みがありつつも爽やかで目が覚める感じ。
軽くお茶で口内を濡らしてからサンドイッチに口をつける。
レタスのしゃきっとした食感と、肉厚なトマトの酸味。やや塩気のあるハムがトマトの酸味を引き立てつつ、柔らかいパンが全体をまとめていく。
噛むたび口の中でレタスがシャキシャキと音を奏で、トマトが酸っぱさとほのかな苦みを溢れさせていく。
トマトは酸味が特徴的だが、それと同時に野菜らしい青臭さのような物もある。なんだか大地の恵みとも言える味だ。
種類によってはこの青臭さが少なく、代わりに甘さが増したのもあるが、サンドイッチに使うとなると糖度高めのトマトよりも、酸味と苦みが際立つ物が好まれるのだろう。
サンドイッチをパクつきながら、お茶を飲み、ぼうっと公園内を見渡す。
明るい空の下の真夜中の公園。すごく矛盾しているようだが、実際真夜中でも空が明るいので受け入れるしかない。
そんな公園には、こんな時刻だというのに子供たちが遊具でわいわいと騒がしく遊んでいた。
これもまた夜が訪れない町特有の光景なのかもしれない。
……でも、あの子たちは早起きをしたのか、それともとんでもなく夜更かしをしているのか、どっちなのだろう。
この町にとっては当たり前の光景でも、私からすれば混乱するものだ。
野菜サンドイッチを食べながら真夜中の公園内で遊ぶ子供たちを見て、ふと思う。
もしかしてこれ夢だったりしない?
本当の私は宿屋のふかふかのベッドで寝てたりするのでは。そう思って軽く頬をつねる。
痛い。
分かっていた事だが、これは夢ではない。
サンドイッチを食べ終え、お茶を一息に飲み干した私は、ベンチから立ち上がって軽く伸びをした。
すると自然とあくびが出てくる。なんだろう……軽くとはいえごはんを食べたからだろうか、眠くなってきた。
時刻は五時。ようやく早朝とも言っていい頃合いだ。
宿屋に戻って二時間ほど寝てこよう。夢の中のような不思議な真夜中散歩から私は帰還するのだった。




