73話、美術館見学と温かいポトフ
町そのものが魔術遺産であり、時折夜が訪れない町フェルレスト。
私たちが訪れた時がちょうど夜が来ない時期らしく、夜なのに明るいというちょっと時間間隔が狂う中で一泊した後。
朝食を食べ終わり今後のことを話し合った結果、観光がてらこの町に数日滞在する事となった。
もともと私はこういう大きな町を訪れたら、観光と料理を楽しむため数日滞在するようにしている。今回はそんな私の流儀に二人が乗ったという形だ。
モニカは数日の観光を終えたらマジックショーの公演に戻るとのこと。偶然の再開から始まった旅の同行だが、そろそろお別れだと思うと若干寂しくもある。
クロエはフェルレスト出発後も次の魔術遺産を目指して私に着いてくる。というか、せっかくだからとクロエの目的地に合わせて私が旅の道程を合わせた、と言ったほうが合ってるかもしれない。
フェルレストに数日滞在するということも、クロエからするとむしろ都合が良いようだ。いつか研究する時の下見になると意気込んでいた。
……と、今後のことも決まったので、この数日は皆でゆっくり観光を楽しむつもりだ。
そして朝食を取って一時間ほど休んだ後、私たちは町中へ繰りだしていた。
このまま町中を当てもなく観光するというのも私は好きだが、今回は皆で話し合い、ひとまずこの町の目玉とも言える観光スポットに行くことにした。
その観光スポットというのが……美術館だ。
このフェルレストは大きい町だけあって観光用のパンフレットがある。それによると、なんでもフェルレストは芸術とスイーツの町らしい。
町をあげて芸術に力を入れているようで、特に美術関係、絵画や彫刻、工芸は有名の様だ。
それらフェルレストを象徴する有名な芸術品を展示しているのが、私たちが今回観光する町立美術館というわけだ。
町が力を入れていると言うだけあって、町立美術館はかなり大きい。町の中心部に位置し、大通りもたくさん伸びていて、人の流れに身を任せると自然とそこにたどりつくようになっていた。
しかしそれだけ力を入れている美術館であっても、見た目は全く普通だった。なんかお弁当箱を何段か積み重ねた見た目をしている。芸術に疎い私だけど、おしゃれな見た目ではないと思う。
でも中に入ってみると一変、白く綺麗な壁に石造りの綺麗な床が出迎えてくる。照明は柔らかく、綺麗に磨かれた石造りの壁と床が映えていた。
美術館の中はいくつかのフロアに分かれていて、テーマごとの芸術品が展示されている。
まず美術館に入ってすぐ出迎えてくれるのが、彫刻展示のフロア。それもかなり大きな物で、期待を胸にやってきた人たちの心をしっかり掴むくらいインパクトがある。
ただ……その彫刻の意匠というか、デザインというか……とにかくいったい何を表現しているのか私にはさっぱりだった。
例えば大きく丸い、大理石のようにピカピカの球体。一見息を飲むくらい美しいが、よくよく考えるとなんだこれ、と思わないでもない。
その隣には大きな手と足がそのままつながった変な彫刻。タイトルは白昼の悪夢。なんだそれ。
「クロエ……意味分かる?」
「……さっぱり」
それとなく小声でクロエに聞いてみたが、彼女も私と同じく芸術的な観点には疎いのか、首を傾げるばかりだった。
ただ、ライラとモニカは違う。二人は興味深げに瞳を輝かせて一つ一つ美術品を観察していた。
「あら、この絵、結構素敵じゃないかしら?」
「あ、ライラちゃんもそう思った? いいわよねこの絵。なんていうか、創作する際の苦悩と歓喜が同時に表現されているように思えるわ」
「ええ、私もそう思うわ。芸術というものは妖精の私にはよく分からないけど、自然には無い人工的な美しさというものも悪くないわね」
「そう、そうなのよライラちゃん! 普通ありえない情景、ありふれた物の深層に潜む真相! それが芸術の良さなのよ! 私もマジックショーでこんな表現をしたいものだわ……」
きゃっきゃと楽しむライラとモニカを尻目に、私たちは美術品を見て眉をひそめるしかなかった。
ちなみに今二人が語っていた作品は絵画で、黒色が広がる外円の内側に、ヒトデのような触腕が細く伸びて絡まっている不思議な模様が描かれていた。いったいどこに苦悩と歓喜が表現されているのか私には分からない。正直何らかのオカルティズムメッセージが込められているように見える。
「クロエ……この絵どう思う?」
「……宗教的気味悪さを感じる」
「……だよね」
美術館の奥へ奥へと進み、その美術品がより高度で難解な表現方法になっていく。もう私とクロエは着いていけなかった。対してモニカとライラはよりテンションを上げ、美術品を見ながら意見を言い合っていく。
そしてたっぷり二時間ほどをかけて私たちは美術館を堪能し終わったのだ。
「いやー、楽しかったわね」
「そうね、私また来たいかも」
充実した時間を過ごしたとばかりにほくほく顔のモニカとライラ。対して私とクロエは、たった二時間が何十時間にも思えるほど心がついてこなかった。
芸術ってよく分からない……私が分かるのは魔法薬の調合くらいなものだ。
「……なんか二人ともげっそりしてない?」
私とクロエの様子に気づいたモニカが、疑問と共に首を傾げる。そりゃあげっそりもする。だって何一つ理解できなかったんだもん。
全く訳が分からない美術品を見るのがこんなに大変だとは思わなかった。すごく疲れてしまった。
そんな疲れのせいか、私は猛烈な空腹を感じてついついお腹を撫でてしまう。
「お腹空いた……そろそろお昼だしどこかで食べようよ」
私が言うと、モニカとライラが楽しげに頷く。
「そうね、軽く昼食でも取りながらさっき見た絵画の感想でも言い合いましょう!」
それは遠慮したい……いつになくノリノリなモニカに、私は乾いた笑いを返した。
この町はまだ昨日の夜に来たばかり。お店のことは調べきれてないが、幸いここは町の中心部だ。そこかしこに飲食店があった。
まだお昼時より少し早いくらいなので、どのお店もほどほどに空いている。特に食べたいお店というものもないので、適当に空いているレストランに入ることにした。
そのレストランは内装がやや素朴ながらも明るく、落ち着く雰囲気をしていた。
そこのテーブル席に座って一息つく。なんだかすごく落ち着く。やはり私は綺麗な美術館よりも、こういう親しみのある料理店の方が合っているのかもしれない。
慣れない美術鑑賞で気疲れも感じていることだし、なんだか暖かくて落ち着く料理が食べたいな。
そんな私の気持ちを反映するような料理名を見つけたので、私はそれを頼むことにした。
ほどなくして、モニカやクロエが頼んだ料理と一緒に私が頼んだ料理がやってくる。
底が深めの小鍋の中心にでんと大きな牛肉が置かれ、その周りをニンジンやジャガイモ、キャベツなどの野菜が彩っている。そしてそれらが透き通った黄金色のスープに浸っていた。
そう、煮込み料理のポトフだ。家庭料理としてよく食べられていて、じっくり煮込むことで野菜の甘みとお肉の旨みがスープに溶け込み、優しくもしっかりとした味わいが特徴的。
家庭で作る時はお肉はウインナーをよく使うが、ここはお店だけあって大きな牛肉の塊をしっかり煮込んで柔らかくしてある。
ウインナーだとウインナー自身の塩気や肉の旨みが出やすいのでそこまで煮込まなくていいが、牛肉を使うとなるとしっかり煮込まなければお肉の旨みも出ないし柔らかくならない。しっかり作るとなると、意外と手間がかかる料理なのだ。
今回は小さな鍋に入ったタイプのポトフなので、ライラの分を小分けにするのではなく、鍋から直接一緒に食べることにした。
まずはスプーンでスープをすくい、一口すする。
口に入れたとたん柔らかな甘みが広がっていく。野菜がトロトロになるまで煮込まれているから、その甘みがふんだんに含まれているのだ。
それでいて牛肉から出た肉の旨みと若干の塩気も感じ、あっさりとしながらも満足感のある味に仕上がっていた。
スープに続いて今度は具材を食べていくことに。
まず最初に口に入れたのはニンジンだ。大きくザク切りにされていて、煮崩れもなく一見硬そうだが、軽く噛むだけで溶けるように崩れていく。
煮込み料理の面白いところは、具材の旨みがスープに溶け込むだけでなく、そのおいしいスープを具材が更に吸収するところにある。このおかげで具材自身のおいしさも増しているのだ。
このニンジンもそれに漏れず、味わい深いスープを吸っていた。それでいてニンジン自体の甘みも強く残っており、野菜のおいしさがダイレクトに感じられる。
続いてキャベツやジャガイモを食べていく。キャベツはトロトロに煮込まれていて、形が崩れないようにロール状にされていた。
キャベツはニンジンよりも多くスープを吸っていて、まるで固形のスープとでも言うように噛むたび汁気が溢れてくる。
ジャガイモの方はというと、ホクホクで柔らかく、口の中でほどけるかのように優しい旨みが広がっていった。
ある程度野菜を食べ終え、ついに私は牛肉へと手を伸ばした。ポトフの中での唯一の肉は存在感がすごく、軽くスプーンを差し入れると肉の繊維が千切れるように切り取れた。
スプーンからちょっとはみ出るくらい大きく切った牛肉を、一気にぱくりと頬張る。
牛肉はやはり味が濃い。お肉の強い旨みが一気に口の中を満たしていき、遅れてスープの優しい旨みが口の中を洗い流していく。
牛肉を噛むたび力強い旨みと優しいスープの味が広がり、なんだかすごく幸せな気分。
ライラと共にポトフの具材を全部食べた後は、付け合わせのパンをちぎりつつスープにひたして食べていく。
こうやってスープにパンをつけて食べるのは久しぶりかもしれない。そしてやっぱり、この食べ方が一番好きだ。
小麦の風味漂う素朴なパンがスープを吸い、パンとスープのおいしさが同時に味わえる。
また、スープに浸った柔らかな部分とカリっと焼かれた香ばしい部分も同時に楽しめるのだ。
うーん、やっぱりスープにひたしたパンが一番。最高っ。
ポトフを食べながら、改めて私は庶民派なんだなと自覚する。センスあふれる美術館なんて合うわけがなかったのだ。
「……リリア、美術館に居た時と全然違う……」
おいしさのあまり、ついつい鼻歌混じりでスープにひたしたパンを食べ続ける私。クロエはそんな私のことを呆然としながら見ていた。




