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61話、魔女のマジックショー、ルーナラクリマ2

「ルーナラクリマは、いつも町近くの街道にある適度な広場を借りて公演しているわ。柵で広場を囲んで、中に台座をいくつか設置してそこをステージにしているの。あ、物販コーナーもあるわよ」


 モニカに先導されながら、私とライラはルーナラクリマ内部を見て回っていた。

 モニカが言うように、内部にはやや大きめの台座がいくつか等間隔で設置されている。ぱっと見た感じ表面は大理石のように煌めいていた。


「言っとくけどあの台座は石じゃないわよ。魔術で見た目を綺麗にしているだけのただの木製だから。大理石の台座とか持ち運ぶのに苦労するし、傷も付きやすいもの」

「だよね。それにその方が魔女っぽいし」

「っぽいじゃなくて魔女なのよ私たちは」


 モニカに連れられて、私たちは今まさにショーを行っているステージへとやってきた。

 ステージ前には多くの人だかりが出来ているので、やや遠目でそのショーを眺める。


 ステージの上に立つ一人の魔女は、多くの人の視線を前にしてもうろたえることなく魔術を披露していた。彼女が小ぶりなステッキをふると、その杖先から水があふれ、まるで蛇のように空中を這いまわる。

 まさに魔女の意のままに動く水流を目の当たりにして、観客たちは感嘆の声をあげていた。


「ショーにはいくつかテーマがあって、ステージの意匠がそれをあらわしているわ。あれは見ての通り水の魔術をテーマにしているわね。ほら、台座も青めが濃いし、ステッキも水色が差し色になってるでしょ?」

「テーマって、魔術の種類ごとってこと?」


 魔女の扱う魔術にはいくつか種類がある。

 私もよく使う火を起こす魔術のように自然現象を引き起こすものや、あるいはテレキネスのように物体、特に無生物に働きかけるもの、他にも生物の精神に影響を与えるものなど様々だ。


「ううん。それだと一般の人には分かりにくいから、ショー向けに扱いやすい魔術をより分かりやすく種別分けしてるのよ。あのショーでは水を操ってるでしょ? そういう水とか炎とか風とかを操るっていう、見た目で分かりやすいのをショー向け魔術として組み直しているの」

「へえ……確かにその辺りのが派手に見せられそうだもんね」


 私がよく使うテレキネシスなんて、ショー向きとは思えない。物が勝手に動いたり空中に静止したりするのは最初びっくりするかもしれないけど、楽しい気持ちにはならないだろうし。

 その点今見ている水を操る魔術なんて、見ていて楽しいかもしれない。派手にしぶきをあげて、でもそのしぶき一つ一つが観客にかかる手前で静止し、まるでそれ自体が意思を持っているかのように大本の水流の方へ帰っていく。魔女の私でも目を奪われる光景だ。


「ちなみに今やってるのはメインステージの前菜みたいなものよ。魔女のマジックショーを初めて見るお客さんに、まずは慣れてもらうためのね。もう少ししたらあの一番奥の大きいステージで何人もの魔女でショーを行うわ。もちろん私もね」


 モニカは得意げに笑って見せた。その勝気な笑顔、昔と全く変わってない。


「……モニカって、メインのショーをやるくらい偉かったんだ」


 ちょっと驚きつつ言うと、モニカはむしろ私よりも驚いたとばかりに大口を開ける。


「え、あんたそんなことも知らなかったの? 手紙で書いてなかったっけ?」

「書いて……あったかなぁ?」

「……あんた、まさかボケてないわよね?」

「ボケてないよっ! っていうかモニカの方が私より年上でしょ」

「一歳だけでしょ」


 モニカは私の幼馴染なのだから、当然年代もほぼ同じだ。しかしモニカの見た目は、以前不老不死の薬をがぶ飲みして見た目が十五歳前後から変わらなくなった今の私と、ほぼ同年代にしか見えない。

 これには訳があって……というより、件の不老不死の薬をがぶ飲みする際、私はモニカとクロエを誘って一緒に飲むことにしたのだ。一人で飲む勇気は無かった。お腹壊しそうな色してたし。


 つまりここに居ないクロエを含めて、私たち幼馴染三人は、共に薬を飲んだ時の姿から見た目が一切変わらなくなったのである。

 ……ちなみに、実年齢はできるだけごまかしにごまかしているが、断じてボケるような年ではない。というか、正直私の弟子たちとそこまで大きく変わらないのだ。


 だからモニカも実年齢が私より一つ上とはいえ、そこまでアレな年ではない。でも私より年上なのは事実なので、いつかもっと年を取ってボケるとしたら、あっちの方が先だ。私はそう信じている。


「あんたより先には絶対ボケないわよ」


 幼馴染だけあって私が今何を考えているのかある程度見透かせるのか、モニカは白んだ目をしながら言ってきた。


「いや、絶対モニカの方が先だよ。一歳上だもん」

「あんたいつからかそればっか言うようになったわね。昔は、モニカは一歳上なのに私より年下に見える、って言ってたのに」

「言ってたっけ?」

「ほら、もう思い出せない。絶対あんたの方が先にボケる。五十年後が楽しみね」

「モニカより絶対先にはボケないって!」

「……二人は仲が良いのか悪いのか私には分からないわ」


 私たちの独特な口論を聞いて、ライラはそんな疑問を漏らしていた。

 すかさず私たち二人はライラに答える。


「仲はそんなに悪くないよ」

「仲はかなり良いわよ」

「……やっぱりよく分からないわ」


 息を合わせて微妙に違うことを言う私たちを目の当たりにして、ライラは本当に訳が分からないとばかりに微妙な表情をした。


「さて、まだもうちょっと時間あるし、物販コーナーも紹介するわ。良かったらなんか買っていって。そこ大事な収入源だから」

「あけすけに言うかな、そういうこと」


 幼馴染とはいえショーを行う側にはっきりとそう言われると、苦笑するしかない。でも私もお店をやってる手前、買っていってほしいと思う気持ちはよく分かる。


「物販コーナーはメインステージ横と出入り口付近に二つ設置してあるわ。メインステージ横のはショーを観覧しながらつまめるようなお菓子とかを売ってるわね。逆に出入り口付近はルーナラクリマの詳しい紹介が乗ってるパンフレットや、お土産用のグッズを売ってるわ。もうすぐメインショーが始まるし、メインステージ横の方へ行きましょう。出入り口の物販コーナーは後で帰る時に見ていって」


 モニカの後をついていき、メインステージ横に設置されている物販コーナーへと足を運んだ。

 そこは簡単な露店スタイルになっていて、魔術をかけているのだろう、綺麗に輝く台の上に様々なお菓子が並べられている。


「基本的に売ってるのは長期保存ができる菓子類ね。ちょっと前はフランクフルトとか他に簡単な一品物とかも売ってたんだけど、どうしても公演する時の近くの町で大量に食材を買う必要があって手間がかかるから、最近止めたのよね。ただ魔術を利用して観客の目の前で料理ショーをするのはどうかって案も出ていて、その辺りまだ考え中。料理ショーをして作った料理を売ったら、物販の売り上げにもつながりそうなのよねぇ」

「魔術で料理ショーは私興味あるなぁ」

「え? リリアできるの?」

「いや、食べる方ね」

「ああ、そっちね……そういえば色んなごはん食べるために旅してるとか言ってたわねさっき」

「あ、でも最近料理もするようにしてるんだよ。野宿の時とか」

「……あんた、野宿とかできるの? イメージないわぁ」


 きっと幼馴染としてこれまで一緒に過ごしてきた時を思い返しているのだろう。モニカは空を見上げるようにしてしばし黙り込み、私の方を再度見て、やっぱりイメージないわ、と呟いた。

 正直私も旅をするまでは野宿するなんてありえないって思ってたし、モニカがその光景をイメージできないのは当たり前だと思う。本当、つい最近だもん、旅を始めたのも野宿を受け入れたのも。


「ま、その辺りの話は後で聞かせてもらうわ。とりあえず何か買っていきなさいよ。お菓子は好きでしょあんた。幼馴染のよしみで売り上げに貢献してちょうだい」

「いや好きだけどさ、そんなはっきり言うかな普通」

「気を使う間柄でもないでしょ。私もあんたのところの魔法薬積極的に買ってるし」

「化粧水だけでしょ」

「その化粧水が大事なのよっ。あんた旅をしながらでも定期的に私のところに化粧水送ってくれない?」

「えー、面倒くさい」

「……そういうところは昔と変わらないのね」


 モニカに頼まれたからという訳ではないけど、メインステージの公演を見る際に確かに何かつまめるものがあった方が良いかもしれない。ライラもお菓子類は好きだろうし。

 色とりどり種類様々なラッピングされたお菓子を前に、どれにしようかなと悩んでいたら、モニカがある一つのお菓子を指さしてきた。


「これ、おすすめよ。プレッツェル」


 プレッツェルとは、独特な結び目を形作る焼き菓子だ。パンのようでビスケットのようで、でもそれらとは違う独特の食感をしている。味はもちろんおいしい。


「普通塩味だけど、これははちみつで表面をコーティングしていて、甘くて香ばしくておいしいのよ」

「モニカってプレッツェル好きだっけ?」

「そんな大好きってわけじゃないけど、これは好きなの。この前湿地帯の町で公演した時、近くに魔女のお菓子屋さんを見つけてね。皆でケーキを食べたらこれがおいしくて、他のお菓子も色々食べてみて気に入っちゃって、ルーナラクリマで販売したいって頼み込んだのよ。業務提携ってやつ」

「……その魔女って」


 私の三番目の弟子、リネットではないだろうか。多分そうだ。湿地帯でお菓子売ってる魔女ってリネットくらいのものだろう。

 そうか、前会った時もう一人前だと思ってたけど、モニカにも認められるくらい立派にやってるんだ。


 ……あれ、もしかしてリネットってもう師匠の私超えてない? 私なんて今お店休業中だし……。


「……どうしたのよ、唖然とした顔をして」

「今弟子の成長に震えてるんだよ……師匠越えって、こんな簡単にされるものなんだなぁって……」

「……なに言ってんの?」


 件の湿地帯の魔女が私の弟子とは露ほども知らないモニカは、私の反応に理解を示せないようだ。


「と、とにかくこのプレッツェルは買わせていただきます……そして弟子の成長を味わいます……」

「なんで敬語? とりあえずお買い上げありがとう」


 私とライラ、二人分のプレッツェルを買ったちょうどその時、ルーナラクリマ内にまるで灯のような柔らかな光が現れ出した。


「そろそろ公演時間だわ」


 どうやらこの空に浮かぶいくつもの光は、メインショーの時間を告げるためのものらしい。いや、それだけでなくショーを盛り上げる雰囲気を作るためでもあるだろう。

 メインステージ前に続々とお客さんが集まっていくのを見て、モニカは私に告げた。


「じゃあ私も行ってくるわ。ショーを楽しんでいってね。あ、公演が終わったら後はもう自由時間だから、また後で会いましょう」

「うん、がんばってね」


 ステージ裏へと駆けていくモニカへ手を振り、私はライラを連れてメインステージ前へと向かった。

 ステージ前はテルミネスの人々や偶然立ち寄った旅人など多くの人でいっぱいになっている。老若男女、様々な人たちが期待を胸にいまかいまかとメインショーを待ちわびていた。


 私とライラはショーが始まるこのわずかな時間の隙間に、先ほど買ったプレッツェルをかじりだした。

 モニカが言った通り、表面にはちみつが薄らとコーティングされていて、ほのかに甘い。そして噛んでいくと香ばしさも溢れてきて、ほんのりとした塩気がはちみつの甘さを引き立てていく。


 幼馴染のモニカと再開したのはまさに偶然だったが、そこで更に弟子のリネットが作ったお菓子を食べる事になるとは夢にも思わなかった。

 でも、本当に夢のような光景が始まるのは、今からだった。


 大きなメインステージに次々と魔女が現れ、彼女たちがステッキをふるたびに光の渦が空を駆け回る。ルーナラクリマのメインショーが始まったのだ。

 光はやがて黒く染まり、おとぎ話で語られるような化け物を形作った。そして、ステッキの先をつき付けてそれに立ち向かおうとする魔女たち。ショーは一切の語りを入れることなく、ただ繰り広げる光景だけで物語を語っていく。

 魔女たちがステッキを振りかざし、光の奔流を黒い光の化け物へ浴びせかける。やがて黒い光は白く染まり始め、空にはじけた。


 はじけた光は輝く妖精を形作り、光の妖精が観客たちの間を舞い始める。ショーを見る子供たちはその妖精を捕まえようとして、空に手を伸ばしていた。

 やがて光の妖精たちはステージ上へと戻り、集まっていく。そして大きな光の玉がステージに浮かび上がり、モニカがその光の玉の前へやってきた。

 モニカがステッキを一閃、光の玉へと差し入れると、光は弾け飛び、周囲に煌めき流れ出す。


 さながら白日の流星がルーナラクリマの中を巡り、翔け、やがて空に集まって光の三日月を形作る。

 その三日月から観客へ向かって、ほろほろと光の雫がこぼれ落ちていく。それは月が流す涙のよう。

 月の涙がルーナラクリマへと集った観客を彩り、そこでショーは終わった。

 万雷の拍手が、ステージ上の魔女たちを迎え入れる。


 止むことを知らない拍手へお辞儀をした魔女たち。その中央にいるモニカが顔をあげ、私の方を見た。

 モニカと目が合った瞬間、彼女はどことなく自慢するような、勝気な笑顔を浮かべた。

 昔、いつも一緒に過ごしていた幼馴染。あの時の日々と全く変わらない笑顔を向けられて、私も微笑を返す。

 それは、かつての日々と全く変わらないやり取りだった。


 まるで、あの時に戻ったかのような。そんな夢みたいな気持ちを抱いてしまう。

 遠く、観客とステージを隔てた距離の中、今私とモニカはきっと、かつての日々の最中に佇んでいるのだろう。

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