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55話、牛肉の地ビール煮

第7回ネット小説大賞の一次選考通過していました。この作品を読んでくれている方や、ブクマ、評価、感想をつけてくれた方々のおかげかと思います。ありがとうございます。

これからも週一土曜更新を目安に書いていきたいと思います。

 お昼時を迎えた頃、街道を歩く私は遠目に広がる光景を目にしてふと足を止めた。

 街道から逸れる未舗装の田舎道の先に、あせた黄金色が一面、輝きを放っている。


「……麦畑かな」


 色あせた黄金色が風のささやきで細かに揺れていた。おそらくあれは麦の穂なのだろうと私は当たりをつけた。

 街道は町と町を繋ぐ道路だが、街道付近にある村を繋ぐための横道も時折ある。その村が農村だったら、今私が見ているような光景もままあるだろう。

 ある程度目的地を決めているとはいえ、そもそもが当ての無い旅だ。街道から逸れることになるが、あの麦畑の先にある農村にちょっと立ち寄ってみるのもいい。

 そう考えた私は横道にそれ、麦畑を目指して歩きはじめる。


 そう長く歩かないうちに麦畑へと到達し、その畑の近くに柵で囲われた小さな村を発見した。

 一面に広がる麦畑は、弱い風に吹かれてざわざわとさざめいていた。

 私の背丈ほども伸びた麦は収穫時なのだろう、あせた黄金のような色合いをしている。それらが風に吹かれなびく様は、美しくも哀愁を伴っていた。


「すごい光景ね」


 ライラはこの光景に感じ入っているのか、その声にはどことなく寂びた色合いがあった。


「何の麦なんだろうね」


 私が呟くと、ライラは驚いたように声をあげる。


「麦ってそんなに種類があるの?」

「あるよ。小麦に大麦にライ麦……それに他にもあったかな。そこから更に細かく種類分けもできるみたい」


 私もそれほど詳しくないが、食品としての大別くらいは知っている。どれも味が微妙に違くて、栽培に適した環境も違うのだ。

 この辺りは徐々に寒い地域に差しかかってくる頃合いだ。とすると栽培されている麦も寒さに強い種類になっているだろう。


「そういえば、基本的に小麦のパンしか食べてこなかったっけ」


 ライラが麦の種類を知らないのは、ライラと出会ってから小麦パンしか食べなかったからだろう。だから説明する機会がなかったのだ。


「この麦はどういう種類なの?」

「……さあ?」


 ライラに問われても、首を傾げるしかない。さすがに生えている麦を見るだけで種類を選定できる目は私には無かった。


「まあ、村で聞いてみれば分かるでしょ。行ってみよう」


 私はライラを連れ、麦畑を迂回して近くの村を目指した。

 その村は、はた目からは小ぢんまりとした村だった。でも村の入口には看板が立てられていて、ラグロ・ライ麦ビールの産地ラグロ村と書かれていた。ご丁寧にビールジョッキのイラストが貼り付けられている。


「へえ……地ビールで有名なんだ、ここ」


 地ビールとは、その土地でのみ生産されているビールのことだ。基本的に各村や町だけの需要を満たす程度にしか生産されていないが、時に人気な地ビールは周辺の町村に出荷していたりもするらしい。

 手広く流通しているビールとは違って、地ビールは各土地ごとに特徴があるらしい。だからお酒好きな人はこの地ビールを求めて色々な町や村を旅して歩くんだとか。その土地土地の食べ物目的で旅する私とそう変わらないな。

 ただ私はあまりアルコールを飲まないので、地ビールと聞いてもぴんとこない。そもそも大量流通しているビールの味すらよく分からないし。


「私、ビールってちょっと興味あるわ。しゅわしゅわしてておいしいのよね?」


 ライラはどこで知識を手に入れたのか、ビールに興味があるらしい。

 一期一会の機会だし、地ビールとやらを味わうのも旅の妙味として別にいいのだけど……ライラにも飲ませてしまっていいのだろうか。体小さいんだけど……。

 ちょっと考えた私だが、そもそも妖精のライラに人間の常識はそうそう当てはまらないだろうし、少しくらいなら大丈夫だろうと結論づけた。


「じゃあちょっと飲んでいこうか。あとお昼ごはんも食べていこう」


 喜ぶライラを連れ、私は飲食店を探して村の中を回った。

 小さな村だが、地ビールの生産を主張しているだけあって観光客を歓迎しているらしく、外様向けのお店が結構あった。お土産屋に見物できる地ビール工場、この村の地ビールの発祥と発展をつづった記念碑などなど。

 どうやらこの村、私の印象とは違って中々有名なところなのかもしれない。私の他にも観光客が数人いて、それなりに活気もある。多分周辺の村にも地ビールを出荷していて知名度があるのだろう。

 こうなると、この村で提供されるごはんに期待感がでてくる。私は村の中でも、より観光客向けの飲食店を選んで中に入った。


 旅で立ち寄った村や町で食事をする際、外向けの店か現地人向けの店か、どちらに入るかは結構迷うところだ。

 観光客向けのお店は現地の人が食べる料理をより万人向けにアレンジしていることが多いが、その土地の名物料理を分かりやすく知ることができる。

 対して現地人向けのお店は、その土地の家庭料理や好まれている味付けなどを知ることができ、いわば隠れた名料理にありつける可能性があった。

 初めて来た町村でどちらのお店に入るかは悩ましい問題だが、今回は観光客向けのお店を選択した。

 理由は、大きな町と違ってこういう小さな村に観光客向けのお店があるのが珍しいからだ。この場合、意外と内向けの料理をそのまま出していることが多い。小さな村からすれば、ここでしか食べられない料理、というのを強く打ち出したいはずだからだ。


 私のその考えが広く当たっているかはともかく、今回は正解を引き当てることができたらしい。席に座りメニューを眺めていると、この村でしか頼めないような料理名が目に入ってきた。

 その名も、牛肉の地ビール煮。

 お肉をビールで煮込むと柔らかくなっておいしいという話は聞いたことがあるが、この村で生産されている地ビールで煮込むというのは、まさしくこの村でしか食べられない料理と言うしかないだろう。


 メインとする料理は決まったので、付け合わせとしてライ麦パンを選択し、店員に注文を告げる。ついでに地ビールも。

 看板にもあったように、この村のビールはライ麦で作られているらしい。つまりあの麦畑ではライ麦を育てていて、そのライ麦で作ったパンが主食なのだろう。

 ライ麦パンはあまり食べたことがないので、牛肉の地ビール煮と併せて中々楽しみな料理だ。

 料理を待つ間に、まずは頼んだ地ビールが運ばれてきた。


「……でかっ」


 私の予想とは違い、地ビールはまさかのジョッキにそそがれていた。地ビールって、なんとなくお洒落な細いグラスで飲むイメージだったけど、ここではそんなことないようだ。こんなにたくさん飲めるかな……。

 ひとまず、一口飲んでみることにした。口に含むとしゅわしゅわとした炭酸が広がり、遅れて苦みがやってくる。


「んっ……んん……?」


 なんか……不思議な味がする。もともとのビールを飲み慣れてないので、地ビールとの違いを比較できないが……ちょっと酸っぱいような?

 ごくんと飲みこんでみると、炭酸のせいか喉奥が少ししゅわっとする。これがいわゆるのど越しだろうか。

 そして口内に残った後味は……やはり、どことなく酸っぱい。

 ライ麦パンは結構酸味があるタイプだし、ライ麦を使った地ビールに少しの酸味を感じるのは、ライ麦の特色なのだろうか。ちょっとよく分からない。


 もう一度味を確かめるため数度地ビールを飲んでみる。

 やはり少し酸味がある。でも別に嫌な酸っぱさじゃなくて、炭酸も弱めで苦みも強くないので良いアクセントとなっていた。

 あれ、意外とビール飲めるな。

 そう思って更に数度飲んでいると、突然頭の奥がくらっとした。


「う……」


 どうやらアルコールが少し回ってきたようだ。飲みやすいと思って一気に飲み過ぎてしまった。普段アルコールを飲み慣れてないのもあるが、私は多分お酒に弱いのだろう。


「リリア、私も飲みたい」


 地ビールの味を確かめるように飲んでいた私の姿をじっと眺めていたライラが、もう我慢しきれないとばかりにそでを引っ張る。


「いいよ……あ、でもゆっくりね」


 一気に飲んだら私のように急にアルコールが回るかもしれない。そう心配しつつライラにジョッキを差し向けると、彼女はジョッキを抱きしめるようにして支え、ぐびぐびと飲んでいく。

 いや、一気にいきすぎじゃない? と思った私だが、ライラはさも当然のようにジョッキの半分程度を一気に飲み干した。


「ふは……ビールってこんな感じなのね。悪くないわ」

「……大丈夫? 酔ってない?」

「なんだか体がポカポカするけど、それくらいかしら」


 ライラはジョッキを置き、羽ばたいた。心なしか空を舞う軌道は蛇行しているが、危うさはない。

 ライラの顔は少し紅潮しているが、特に酔いによる弊害はなさそうだった。アルコールで気分が高揚しているのかちょっと楽しげだけど、意識はしっかりしている。


「ライラってお酒に強いんだ……」


 妖精だから見た目に似合わず酒豪でもそこまで驚かないけど……数口で酔いが来た私からすると、その強さはなんだかくやしい。


「リリアは飲まないの?」

「いいや……全部ライラに上げる」

「やったっ」


 ビールが気に入ったのか、ライラはご機嫌で飲んでいく。小さな妖精がジョッキを抱いてぐびぐび飲んでいく様は、酔いが見せる白昼夢のようだ。

 呆然とライラの姿を見ていたら、頼んでいた牛肉の地ビール煮とライ麦パンがやってきた。

 牛肉は煮込む際に切り分けられていたのだろう、食べやすいサイズの塊が四つほど皿に盛られている。煮込んだ汁がかけられていて、おいしそうな匂いがした。


 ちょっと酔っているせいでやや手元がおぼつかないが、更に盛られた牛肉の地ビール煮をフォークで刺し、口に運ぶ。

 噛んだとたん、まるで糸がほどけるように牛肉が崩れていった。そして牛肉の中にこもっていた旨みと味が一気に広がっていく。

 とろけた肉の旨みと煮汁の味が混ざり合っていく。煮汁は地ビールの他ブイヨンや野菜類も使ってあるのだろう、柔らかで奥深い味わいの中に、地ビールを飲んだ時に感じた酸味が主張していた。

 おいしい。お酒に酔った私の体を包み込むような、優しい味だ。


 口の中に牛肉の旨みが残っているうちに、ライ麦パンをちぎって口に放り込む。ライ麦パンは通常のパンとは違って、見た目がやや黒い。そして硬く酸味があるのだ。

 噛みごたえのあるライ麦パンはそのまま食べるよりも、スープにひたしたりして食べる方があっている。ひとまずライ麦パンを咀嚼してその噛みごたえを確かめた私は、次に地ビール煮の煮汁を拭きとるようにしてパンにつけ食べた。


 煮汁を吸ったライ麦パンは先ほどよりも柔らかくなり、酸味が強かった味も煮汁でまろやかになっていた。牛肉と併せて食べるよりも、残った煮汁を吸わせて食べる方がおいしい。

 私としては柔らかい小麦のパンの方が好みだが、地ビール煮とはこのライ麦パンの方があっているかもしれない。原材料が一緒だからか、なんだか味が調和している感じがする。


「ライラ、牛肉も食べてみなよ、おいしいよ」


 ライラにそう勧めるも、彼女はいまだビールをぐびぐびと飲んでいる。


「後で食べるわ、私の分も残しておいて」


 すっかり地ビールに夢中となったこの妖精は、料理に目もくれずビールを飲み続ける。

 こんなにおいしい牛肉の地ビール煮を後回しにするほど、ライラにとって地ビールはおいしいのだろうか。

 アルコールが得意ではない私には信じられない選択だが、そこまでおいしそうにビールを飲むライラの姿は羨ましく映る。


 地ビールをぐびぐび飲んでいるライラを眺めながら、煮込まれた牛肉をまた一口食べる。

 柔らかくて、肉汁が溢れて、染み込んだ煮汁も感じられて。

 苦くて飲んだらくらくらするビールよりも、私はこっちの方がやっぱり好きだ。

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