表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/188

183話、熱気の朝とモロヘイヤスープ

「……あっつ」


 朝六時過ぎ。むしばむ暑さで目が自然と覚めた。

 窓からはカーテン越しに強い日差しの明かり。砂漠の朝は、朝とも思えない熱気が漂っている。


 夜はかなり冷えているだけあって寝やすかったのに、日の出と共にじわじわ気温があがり、起きた頃には寝汗をかいてしまっているほどだ。

 この気温差は良くない。油断しているとうっかり体調を崩しそうだ。


 私はベッドから起き上がり、いつもの魔女服に着替えながら汗を拭いた。


「よし、後はライラを起こして……」


 と、私はもう一方のベッドを見やった。

 今回はベアトリスも一緒の部屋で、彼女は隣りのベッドで寝ていた。

 夜は涼しかっただけあって静かに寝ていたのだが……。


「うぅ……うぅぅ……」


 カーテンすら突き抜ける日光に照らされて、ベアトリスは寝苦しそうにうなっていた。


 日光と熱気のダブルパンチだ。それだけでも辛そうなのに、彼女は吸血鬼なのでもう蒸し焼き状態だろう。


 このまま放っておくのは可哀想だったので、ベアトリスを揺さぶって起こすことにした。


「ベアトリス、起きなよ。焼き吸血鬼になるよ」


 ゆさゆさ体を揺すると、ベアトリスはパチっと目を開けた。

 虚ろな瞳がぼやっと私を見つめる。そしてカーテンの方を見て、日光を思いっきり目に入れてしまった。


「うあぁ……うぐっ!」


 日光から逃げるようにごろごろ転がって、ベアトリスはベッドから転げ落ちた。

 勢いよく床に落ちたベアトリスは、そのままぐったり動かなくなる。


「……ちょっ、ベアトリス、大丈夫? 起きてすぐに気絶するのは無しだよ」

「大丈夫、まだ意識はあるわよ……でも床がひんやりして気持ちいいから、しばらく動きたくないだけ……」


 見ればベアトリスは頬を床にくっつけて冷気を味わっていた。


 なんか……ますます可哀想な状態になったな。

 こんな状態のベアトリスに何も言う事はできず、彼女が起き上がるまでしばらく待った。


 ようやくベアトリスも身支度を整えた後、こんな暑さでもすやすや寝ているライラを起こして、部屋から出る。


「とりあえず朝ごはん食べに行こう」


 朝といったら、やはり朝ごはん。食べる物を食べなければ元気も出ない。

 この宿は一階のホールに食堂があるので、朝食をすぐに食べることができるのだ。

 そうして向かった食堂で席に尽き、メニューを眺める事数分。


「うーん……」


 私達三人は、一向に食べたい物が定まらずうなっているだけだった。


「こう暑いと食欲が出ないのよね……」


 ぼやくベアトリスに私も頷く。朝っぱらからこの暑さだ。食欲が減退するのは当然。

 でも、この砂漠の気温差で体調を悪くする可能性を考えると、やはりちゃんと三食食べて栄養を取りたい。


 そこで、栄養がありそうなモロヘイヤのスープを頼むことにした。食欲がないベアトリスは何でもよかったのか、そのまま私の注文に乗っかる。


 モロヘイヤのスープは、砂漠の町で広く親しまれている料理らしく、メニューの一番上に大々的に乗せられている。

 他の町では見たことがないので、ちょっとわくわくしていた。


 そうして私達の前にやってきたモロヘイヤスープを見て、三人共に唖然として顔を見合わせる。


「緑だ……」

「緑ね……」

「真緑だわ……」


 モロヘイヤのスープは、それはみごとな緑色。一瞬絵の具でも溶かしてあるのかと錯覚するほどだ。


「なんだかすごく苦そうだわ……朝からこれを飲むの?」


 ベアトリスはその見た目のインパクトにもうグロッキーなようだ。ただでさえ食欲がないのに、この緑色のスープは見ているだけで胃に堪えるのだろう。

 でも、料理というのは見た目以上に食べた時の味が一番。まずは食べてみない事には始まらない。


 ベアトリスもライラも一向に飲もうとしないので、私が先にスプーンを持ち、まずは一口飲んでみた。


「んっ……!」


 一口飲んで、私はカっと目を見開く。


「なに? やっぱり苦かった?」

「ううん」


 ベアトリスに問われて私はすぐに首を振る。

 そしてもう一口ごくり。


「……おいしいっ」


 私がそう言うと、ベアトリスもライラも疑わしそうな目で見てきた。


「ちょっと、なにその目っ! 本当! 本当においしいんだよっ! さっぱりしてて意外にも癖が無くて、とろみがあるから食欲が無くても喉に入りやすいって言うか……!」

「本当かしら?」


 ベアトリスもようやくスプーンを持ち、私の感想を確かめようと一口飲んだ。

 そして、彼女もびっくりして気だるげな瞳を大きくする。


「本当ね。見た目は濃い緑色なのに、意外とさっぱりしてて飲みやすい。青臭さとかまったく感じないわ」

「でしょでしょ?」


 モロヘイヤのスープは、見た目に反して繊細なスープだ。癖もなくてさっぱりと飲める。

 それでいてほうれん草にも似た野菜の旨みはしっかり有り、飲んでいると食欲が出てくるような感じがする。


 あまりにも意外なおいしさだったので、メニューを開いてモロヘイヤのスープの説明書きを確かめてみる。


「あ、このスープ、ビタミンやミネラルがたっぷりで、美容と健康に良いみたいだよ」


 だから女性にも人気らしい。

 それを聞いたベアトリスは、急に眼の色を変えた。


「それ本当? じゃあたくさん飲んでおくわ。砂漠に入ってちょっと肌が乾燥気味なのよね」

「え?」


 私が唖然としていたら、ベアトリスは普通にお代わりを注文して、二杯目をゴクゴク飲み始めた。

 食欲が無さそうだったのが嘘みたいだ。


 そしてベアトリスはあっさりと二杯目を完食した。


「ぷはっ……見なさいリリアっ! この肌っ! 色艶が戻っているわ! これ、飲めば飲むだけ美容にいいわよっ! この町に居る間はできるだけ飲みまくりましょうっ!」

「う……うん」


 確かにベアトリスの顔色はわりとよくなっていたけど、それは暑さで悪くなっていた血色が戻っただけのように思える。スープ飲んですぐ効果が出るはずないもん。

 でも、せっかく元気が出たベアトリスに水を差すのもアレなので、私は黙っておくことにした。


 それはそれとして、私も二杯目を注文する。

 これはあれだ。やっぱりスープ一杯だと足りないからね。決して美容に気を使ったわけではない。


 とにもかくにも、暑い朝は栄養たっぷりのスープで乗り切る事ができたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ モロヘイヤスープを知らなかったので検索かけてみたら、エジプトの女王クレオパトラも愛した一品だとか。 チョット興味出て来たので今度チャレンジしてみます(^-^…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ