179話、乾燥地帯の小さな町でサボテンステーキに挑戦
昼間、木陰でゆったり休んでいた私達は、夕暮れ近くになって風が涼しくなった頃合いにようやく動き出した。
太陽が完全に落ちて辺りが暗闇に包まれる間に、できるだけ移動しておきたい。
乾燥地帯から砂漠方面へと向かっているだけあって、真昼の気温はどんどん上昇していく。
この暑さの中でもできるだけ快適な旅がしたいと考えた私達は、朝早くから歩き、昼間から夕暮れまでは休憩。そして夕暮れから夜にかけて歩き出すという方針を取っていたのだ。
もちろんそれではあまり距離が稼げないが、そこまで急ぐこともない旅路。ゆったり楽しく行くのが最優先だ。
そうして涼しい夕暮れ時の、乾燥してひび割れた大地を行くこと一時間。
太陽が陰り視界が悪くなってきた頃合いに、町の明かりが見えだした。
「もう暗いけど、せっかくだからあの町まで行こっか」
私が提案すると、ベアトリスとライラも頷いて賛成を示した。
ものの十数分で、その小さな町へとたどり着く。
乾燥地帯にある小さな町、ザリメ。
暗いから観光というわけにはいかなかったが、それなりに賑わいある町だ。
「なんとか町に着けたわね。これでぐっすり眠れそうだわ」
ベアトリスは宿のベッドで寝られるのが嬉しいのか、ほっと息をついていた。
でもそれは私も同じ。
明日から朝起きをして、太陽が昇りきる前から旅を始める予定だ。
なら野外で寝るよりも、ベッドでゆっくり寝て朝起きしたい。
そんな事情もあるので今日はいつもより早くに寝たいのだけど……。
やっぱり、まずはごはんが先だ。お腹が空いてたら眠れない。そもそも夜ごはんはちゃんと食べないと。
「お腹空いたし、宿に行く前に適当にお店入ろうよ。あれとかどう?」
適当に指さしたお店は、こじんまりとした飲食店。外観が緑色で、暗闇の中に溶け込んでしまっている。
「いいんじゃない? 今から探し出したら何時になるかわからないもの、リリアの直感で良いわ」
「そうね、あそこに行きましょう」
ベアトリスとライラも私の決定に文句ないようで、三人でお店の中に入った。
お店の中は、茶色が目立つ内装でお客が少ない。静かで落ち着ける料理店だ。
ひとまずテーブル席に着き、まずはメニューを確認。
乾燥地帯の料理はいったい何があるのか……。ベアトリスと向かい合って、メニューを眺め出す。
ざっと眺めてみると、乾燥地帯とはいえ料理の種類は豊富だ。
どこの町もそうだけど、近くの町同士で交流や流通があるので、よく見る料理は結構ある。
それこそハンバーグなどの人気ある肉料理はどの町にもあるし、交易が盛んなら魚まで輸入しているので、魚料理も珍しくない。さすがに刺身みたいな鮮度重視な料理はないけれど。
どこでも馴染みの料理が楽しめる。それはとても良い事なんだけど、私は旅の目的が目的なので、やはり町や地域ならではの個性派料理のチェックは欠かせない。
今回もよく見る料理はペラペラと読み飛ばし、この辺りでしか食べられないような特殊な料理を探していく。
「……ん?」
そして私は見つけた。肉料理の影に隠れて記されている、この料理名を。
それは……サボテンステーキ。
サボテン。そう、この町にくる間、もうたくさん見てきた緑色の植物のことだ。
サボテンを切って水分を取るというのは聞いたことがあったのだが、サボテンが食べられるというのは初耳だ。
でも考えてみれば結局植物。私達が食べてる野菜だって植物だし、食べられないことはないのかな?
「よし、私サボテンステーキにする」
これを食べるしかないと私の直感が言っていた。ここで食べなければ、二度と食べることがないかもしれないのだ。
そんな私の発言に、ベアトリスが苦い顔を返す。
「やめておきなさいよ、こんな得体の知れない料理。豆腐ステーキなら分かるけど、サボテンステーキなんてただサボテン焼いただけでしょ」
「それだとダメなんだよベアトリス」
私は静かに首を振った。
こういうのを食べずして、いったい何の旅なのか。
まだ出会ったことがないおいしい料理。その中の一つがこのサボテンステーキという可能性があるのだ。
「そこまで言うなら止めないけど……あ、私ミートパイね。大きいサイズにしておくからライラにもあげるわ。だからライラはサボテン食べなくていいわよ」
「わーい」
……ライラ本気で喜んでるじゃん。サボテン食べるのそんなに嫌?
だけど、これで私のサボテンステーキがおいしかったら、なんだかんだ二人とも一口食べたいとお願いするはずだ。今からその光景が楽しみ。
そうして料理を注文し、待つこと十数分。
やがて、注文した料理が運ばれてきた。
「こ、これがサボテンステーキ……」
「……まんまじゃない」
ついに現れたサボテンステーキを見て、呆然とする。
ベアトリスの言う通り、サボテンそのまんまだ。
サボテンにも種類があるのか、あの円柱形のサボテンではなく、平べったいサボテンがそのまま一枚ソテーされている。
もう見た目完全にサボテン。緑色が眩しいくらいだ。
「よ、よし……食べよう」
戦々恐々としながら、ナイフとフォークを持つ。
まずはナイフで一口サイズにカット……。
ナイフを刺し入れると、バリバリっと音がして繊維が裂けた。
「まるで紙を引き千切るみたいな軽快な音がしてるけど、大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ、食べられるから提供しているはずだもん……」
一口サイズに切ったサボテンをフォークで刺す。これまたザクっと大きな音がした。
……火、本当に通ってる? 熱が入ってしんなりした音ではないんだけど……。
ナイフで切った断面図を見てみると、ぬちゃっと照り光っていた。
なんていうか……アロエの果肉っぽくも見える。
アロエは民間や家庭の医療でも使われる植物で、ヤケドとかに効くとされている。魔法薬でもたまに使う植物だ。
治療に用いる場合は経口摂取ではなく患部に果肉をぬりつける使い方だけど……食用としてヨーグルトに混ぜて一緒に食べたりもするのだ。
アロエみたいなものだとしたら、多分問題ない。アロエは無味無臭。だからきっとサボテンも無味無臭……だよね?
頼むっ! おいしくあってくれっ!
そう願いを込めて、ぱくっと一気に口の中に放り込んだ。
もぐもぐ。咀嚼すると、じゃくじゃくとした小気味いい食感。
そして……猛烈に香ってくる青臭さ。
「……う、うぇ」
思わずえずく。
いやいや、これとんでもなく青くさいけど大丈夫? まさに植物。今新鮮な植物食べてますって感じ。
それでいて果肉は意外とぬるっとしていて、ぬちゃぬちゃした食感。味は苦くて酸っぱさもある。
え? これ本当に食用? 食べられるやつ?
もぐもぐ咀嚼して、ついに私は飲み込んだ。
その私の表情を見て、ベアトリスとライラが引きつった顔を返す。
「……リリア、あなた泣いてない?」
「本当ね。涙目だわ……」
「……涙が出るほどおいしいってことだよ。二人も食べる? いや、食べて。……食べろっ!」
ぐいぐいお皿を押し付けるが、ベアトリスに抑え込まれる。
「い、いやよっ! 食べた後涙が出る料理ってなんなの!」
「おいしいと涙が出るって言うじゃん!」
「今のあなたの表情は明らかに辛さと悲しさが勝ってるわ!」
私のサボテンステーキに目もくれず、二人はミートパイを頬張りだした。
一口食べたベアトリスが、至福そうな顔をする。
「んふ。やっぱりミートパイはおいしいわね」
……私は静かに目の前のサボテンステーキを見た。
基本的に頼んだ料理を残すのは嫌なタイプだ。やっぱりちゃんと最後まで食べたい。
しかしこれは……これは……あのオリーブオイルのフルコースとはまた違った意味で強敵だ。
よし。意識を変えよう。
めちゃくちゃ体に良いって思えば、きっと食べられる。
良薬は口に苦しとも言うじゃん。
……そう思う時点でもう食事からかけ離れているけど。今私は薬を食べてるのかな?
我に返りそうな自分をなんとか押しとどめ、サボテンステーキを食べ始めた。
……そして、一時間後。
「う、ううっ、うううっ……」
「がんばってリリア! 後一口!」
「そうよ! ここまで来たんだから全部食べなさいっ!」
食べながら号泣する私を、ベアトリスとライラが応援してくれている。
きついよ……辛い……サボテンステーキ、凄すぎだよ……。
もうなんか口の中ねちょねちょしてるし、青くさいし酸っぱいし、なにこれ? 何度も思うけど本当に食べていいやつなの?
でも、泣きながら食べ続けてようやくここまで来た。
後一口。後一口で楽になれる。
意を決して、最後の一口をぱくっと食べる。
もう咀嚼せずに丸飲みだ。
ごくんと飲みこみ、一気に水を飲んで一息ついた。
「やった……全部、食べた……」
「リリア凄いわよ。さっき私も一口食べたけど、これ全部食べるのは絶対無理ね」
「そうね……妖精の私にも苦すぎたわね」
二人に褒められながら、ようやく私は立ち上がる。
全て食べ終え、気持ちよく退店だ!
そうしてお店を出ようとした時、店主が近寄ってきた。
「あの~、すみません。サボテンステーキを始めて完食したお客様として、この色紙にサインをしてくれませんか?」
「え?」
「いや~、あのサボテンステーキ、面白がって置いたチャレンジメニューなんですよね。今まで五十人以上挑戦しましたが、初めて完食したのがあなただけなんですよ」
……。
おい。
なんだよそれ。
もともと完食不可能レベルの料理だったの!?
体の力が抜け、膝からがっくりと崩れ落ちる私だった。
……一応、サインはしておいた。
初のサボテンステーキ完食者、魔女リリア。
その名はあのお店で語り継がれていくのだろう……。




