162話、バーベキュー夜会1
モニカの突発的思い付きで始まったバーベキューの二部。夜更かしどころか朝までを視野に入れた狂気の食事会だが、思いのほかライラとベアトリスがノリノリで、私もそれに乗っかることにした。
そうして買い出しに行ったベアトリスが戻ってくると、彼女は早速次の料理を作り始めた。
「メインどころだけじゃなくて、やっぱりスープも欲しいわよね」
買出し中に色々レシピを考えていたのか、ベアトリスの動きに迷いはない。
まずは私物であるやや小さめながら底が深くなっているフライパンを取り出し、様々な食材を切っていく。
玉ねぎを半分みじん切りにして、まだ余っている肉をいくつか刻み、それらをフライパンに全部放り込む。
更に千切ったキャベツとこれまた小さく角切りにしたトマトも放り込んでいった。
そこに多めの水を入れ、バーベキューコンロの上に置いて熱を入れる。
その見た目にさしもの私もピンと来た。
「これ……ミネストローネ?」
「正解よ」
ミネストローネは野菜がたっぷり入ったスープで、コンソメベースでトマトも溶け込ませて赤く色づかせる物が多い。
肉ばかりで胃が重くなってるし、野菜が入ったスープはかなり嬉しいところだ。
「沸騰するまで待って、コンソメとペンネを入れれば完成ね。その間に次の料理を仕込んでおくわ」
まだまだ作る気らしいベアトリスは、今度は追加で買ってきたらしい長い串を取りだした。
そこに切った鶏もも肉と適当な大きさで切ったネギを刺していく。
作っているのはねぎまらしい。同じ肉でも串焼きにすると一気に別料理に見えて新鮮だ。
「ふぅ……」
ある程度ねぎまを準備したところで、ベアトリスは私物のクーラーボックスを開けた。そこには買ってきたお酒やジュースが放り込んである。
その中からベアトリスは赤ワインを取り出し、詮を開けてコップに注ぎだした。
そして一口……どころかゴクゴク飲み出し、あっという間にコップ一杯を空にした。
「っはぁっ……お肉を食べながら飲むワインもおいしいけど、料理しながら飲むワインも格別よね」
「……」
キッチンドランカーじゃん。お酒飲みながら料理してたら、いつの間にか依存して止められなくなるパターンじゃん。
料理好きでお酒もよく飲むベアトリス。なぜ彼女がお酒が結構好きなのか、その理由が垣間見えた瞬間だった。
ベアトリスは酔いが回ってきたのか、鼻歌を歌いながら串を作っていく。
ねぎまの他には、牛肉と大きめに切った玉ねぎを合わせた牛串まで作っていた。一本作るたびに赤ワインをぐびっと飲んでいる。お酒飲むまでが流れ作業だ。
ベアトリスは私が呆れ半分に眺めているのに気付いて、私をじっと見ながらワインをそそいでいった。
そしてワインと私を交互に見て、なぜかワイン入りコップを差し出す。
「飲む?」
「飲まない」
どうした。なぜワインを差し出した。酔いすぎて私が飲みたそうにしているように見えたのだろうか。
ベアトリスはもうダメだ。飲酒料理人と化している。この調子ならまた二日酔いするくらい飲みそうだな、なんて思う。
一方のモニカとライラの方は、なんかちょっと遠くで一緒に遊んでいた。
モニカが杖を振るってライラにショー用の魔術を披露していたのだ。この暗闇の中で光の魔術を使うと良く目立つ。パチパチ発光しててまるで花火だ。
自由だな……皆自由だ。
私ももっと自由になってみるかぁ。
魔女服の袖をまくり、飲酒料理人ベアトリスの隣に立つ。
「私も何か作るかぁ」
最近ベアトリスに任せっきりで全く料理をしていない。もともと上手な方ではないけど、それでも多少は上達していた方だ。料理の勘をこのまま錆びつかせて、また以前レベルに戻るのは嫌だった。
しかし何を作ろうかな……。迷っていると、ベアトリスが食材が入った袋をがさがさ漁りだした。
「作るならもう一品スープを作ってくれる? テールスープを作ろうと思ってたのよ」
テールとは牛テールのことだろう。牛の尻尾部分の肉。
「スープそんなに飲むの?」
「このまま朝までやるとしたら、スープの方がお腹に入るじゃない。徹夜明けに固形物は中々辛いわよ。テールスープの方は出汁を取りたいから時間もかかるし、一度しっかり茹でてアク抜きも必要だから、出来上がる頃には真夜中から明け方よ、きっと」
中々長丁場の料理だなぁ。普段なら絶対にやらないし、この機会にやってもいいかな。ベアトリスが指示してくれるから間違いはないだろうし。
そうして牛テールスープを作りだしたんだけど……これがかなり地味。
まず牛テールを十分ほど下茹でする。下茹でが終わると下味をつけてこれまた十分以上放置して味をなじませる。
その間に玉ねぎとネギをみじん切りにして準備。テールに味がついたら、玉ねぎとネギも一緒にゆで始める。
そしてここからは様子を見ながらしばらく放置。アクが出てたら取り、水が少なくなったら足していくらしい。
「これどれくらいゆでるの?」
「最低でも二時間ね。できれば四時間」
「えっ……長っ」
「それくらいしないと出汁は出ないわよ。ね、無駄に時間かかるでしょう?」
こんなの野外料理どころか、普段の家庭料理としてもやり辛いな。
しかも時々様子を見る必要があると言っても、基本放置だ。
あれ、私の料理もうやる事無くなった……。
なんて呆然としていると、遊んでいたモニカとライラが戻ってきた。
「あれ? リリアも料理してるの?」
モニカに言われ、私はこくんと頷いた。
「うん。してる……いや、してた。もうやる事ほぼ終わった」
「ふーん……? 私も暇だし何か作ろうかな。リリア暇なら手伝ってよ」
「え? いいけど何作る気?」
「そりゃあ……夢の肉料理よ」
「……なんだよそれ。具体例だしてよ」
「うーん……こう……肉を積み重ねてさ、焼くの」
「……ミルフィーユ的な?」
「そうそう、肉のミルフィーユ焼き」
なんだよそれは。ピンとこない私だが、ベアトリスは意外と好意的な反応を示した。
「あら、いいわね。パン粉をつけて焼いたらカツレツ風になっておいしいんじゃない?」
「よしそれ! 肉を重ねてパン粉かけて焼こう!」
何だかすごくやる気を出したモニカだった。そんなに肉重ねて焼きたいのか……。
まあいっか。ちょっとおいしそうだし手伝おう。
そうして私はモニカに続いて肉を重ねだした。
こんな夜にいったい何してるんだろう。そう思うものの、まあ楽しいからいいかと考えてしまう。
しかし心配事がどうしても一つあった。
私はちらっとベアトリスを眺める。彼女の肩にはいつの間にかライラが座り、二人一緒にちびちびワインを飲み始めていたのだ。
「ワインおいし~」
「他にも果実系のお酒を買ってあるわよ。桃で作ったピーチリキュールなんておすすめだわ」
「飲む~」
「私も飲むわ……んぐっ」
二日酔いもせずに平気な顔でがばがばお酒を飲めるライラ。その勢いに乗せられ、ライラ並みにがぶがぶお酒を飲むベアトリスの姿がそこにあった。
……いやこれ絶対二日酔いするでしょ。もう明日のお昼にうなるベアトリスの姿が視える私だった。




