149話、お茶の町ベルストのフィッシュアンドチップス
平原を進み昼を迎えるころ、私達は次の町へと到着した。
青い芝生の道に、様々な木々が植えられる自然と同居した街並み。家はレンガ造りで、どの家も同じ見た目と大きさの物が続き、まるで等身大のジオラマみたい。
この町の名はベルスト。なんでもお茶の町と呼ばれているらしく、その名の通り茶葉の生産に力を入れているようだ。
事実町の端には茶畑がたくさんあり、平原の中でも一風変わった鮮やかな緑色が広がっている。
お茶は茶葉の種類によって味が変わるのは当然だが、それ以外にも茶葉の発酵度合いによる分類がある。
発酵させない茶葉、つまり生の茶葉で作るお茶は緑茶。対して充分に発酵させた茶葉で作るお茶は紅茶と呼ぶ。
紅茶の茶葉にはダージリン、アッサムなど種類が色々あるが、これらも発酵させず生の茶葉で煮出したら分類上緑茶になるのだ。なんかややこしい。後これら代表的な紅茶の茶葉を緑茶にしておいしいのかは分からない。
でもダージリンは緑茶に近い味と言われてるし、多分普通においしいのだろう。
そしてこの町で生産した茶葉は主に紅茶にされるようだ。
その理由は……この町で作られる甘いお菓子と合うから、らしい。
もちろん緑茶も甘いお菓子と合うには合うのだが、クッキー系統やスコーン、その他生クリームなどのお菓子は紅茶の方が合う。つまりこの町のお菓子はそちら系統なのだろう。
緑茶は、以前食べたあんこ系統の甘さと合っているような気がする。実際ルキョウの町があった地方は緑茶の方がよく飲まれていた。
お茶の町ベルストはお菓子の方も評価されていて、茶葉と共に他の町や村に積極的に輸出しているのだ。
そんな紅茶と甘いお菓子に定評のあるベルストだが、一つ問題がある。それも私からすればかなり大きな問題だ。
それは……紅茶やお菓子と比べて料理の方はぱっとしない所。
なんでもここの料理はかなり普通らしい。まずいと言うわけでは無いんだけど、絶品というわけでも無く……普通という評価に落ちつくらしいのだ。
この町ではどうやら、食事はお腹を満たすもので、お茶とお菓子が心を満たすものと昔から言われているらしい。その為、毎日三時にはティータイムと呼ばれる紅茶とお菓子を食べる時間が設けられているのだ。
私からすればごはんも心を満たすものなのだが、ここは考え方の違い。この町ではお茶やお菓子が嗜好品を通り越して娯楽となっていて、その反動で食事系の料理を重視してないのだろう。
もっと言えば、食事ですらティータイムの紅茶とお菓子の引立て役なのかもしれない。
そんな町についての早速のお昼ごはんは、この町では比較的有名なフィッシュアンドチップス。簡単に言うと魚のフライだ。これがなぜ有名なのかと言うと、ファストフードで安くて早く提供されるからだ。
この町の料理は主に三つの系統に分かれていて、フィッシュアンドチップスなどの揚げ物にビーンズと呼ばれる豆を煮た物、そしてパイがある。
ビーンズの方は栄養価が高い分、味がそこまでらしく、パイは作るのに時間がかかる。だから相対的にフィッシュアンドチップスが人気なのだ。
私達も早速テイクアウトでフィッシュアンドチップスを買い、外に備え付けられているベンチで三人座って紙箱の蓋を開けた。
フィッシュアンドチップスの持ち帰りは、平べったい紙箱に入っていて、そこに六つのフィッシュアンドチップスと大量のポテトフライが盛られている。三人分を纏めて買ったのだが、一個一個が大きいので二人分で良かったかもしれない。
「見た目は悪くないわね」
ベアトリスの感想に、私も頷く。
「普通のフライだよね。タルタルソースとかも合いそう」
とりあえず一個持ってみる。近くで見るとより大きくて、三枚に下ろした魚の身をそのまま揚げたのか? と思ってしまう。もしかしたら本当にそうなのかも。
とりあえず一口食べるか。
ぱくっとフィッシュアンドチップスにかぶりつく。しっかり揚げられているので、わりとサクっとした食感だった。
そして味は……味は……。
「どうなの?」
「どうどう?」
ベアトリスとライラに感想を急かされる。この二人、私が食べるまで待ってたな……。
「……なんかね、普通」
というよりほぼ味が無い。もちろん魚の風味とか味はちゃんとある。だけどぼやけている感じ。
「塩気かなぁ。それがないからなんか魚の味も薄く感じるんだよね」
なんというか素材そのままの味って感じ。下味が付いてないのだろうか。
「なら塩かけましょう。塩」
ベアトリスが手持ちの塩が入った小瓶を取り出し、ささっと振りかけていく。
塩が振られたフィッシュアンドチップスを再度食べてみる。
「……うん、もっと普通になった」
魚のフライに塩振った味になった。やっぱり魚自体に下味がついてないからか、ぼやけた印象になる。
ベアトリスとライラもようやくフィッシュアンドチップスを食べ始める。
「……本当ね。すごく普通だわ。味が薄い魚のフライに塩振った味」
「うん、普通普通」
まだ食べてないポテトも一つつまんでみる。
……これはまずまずな感じ。塩振ったから普通のポテトフライだ。
ベアトリスとライラもポテトをつまみだす。
「普通ね」
「普通だわ」
普段おいしいおいしいと言って食べる私達にとっての普通は……つまり……。
「普通だよね」
「そうね、普通よ」
「普通なごはんもたまにはいいわよね」
まずくはない。でもそこまでおいしいとも……そんな私達の心境が現れた『普通』だった。
でもなんとなく落ち着く味というか、そんなに悪くはない。油ものだけど味が濃くない分重たく感じないし、薄味が好きな人は普通に好きかも。
そして食後。私達は食後のデザートとして露店で売られていた紅茶とお菓子を購入して食べてみた。選んだお菓子はジャムクッキーにチョコチップが入ったスコーン、そしてマカロン。
どれも結構凝っている。ジャムクッキーはクッキーを二枚使って生クリームとジャムをサンドした形。チョコチップスコーンは一口サイズでサクサク食感の軽い口当たり。マカロンは緑、ピンク、黄色、赤など様々な鮮やかな色で、それぞれの色に合わせた香料をたっぷり使っている。
どれもかなりおいしいうえに、それと合わせて飲む紅茶がたまらない。匂いがすっきりと立っていて、味はわずかに渋く口に残らない感じ。
「うん、おいしい」
「文句なくおいしいお菓子と紅茶ね。後で買っておきましょう」
さっきの私達とはうって変わって、絶賛の嵐である。
「さっきのフライとはまるで別物ってくらい凝ってるわね」
ライラの言う通り、最終的にその感想に帰結してしまう。
お菓子がこんなに凝ってるのに、料理はなんであんなに普通なのだろう……。この辺りは文化の違いだろうか。
お茶の町ベルストは、そんな町だった。




