144話、旅人の村とガーリックシュリンプ
平原のど真ん中に連なる屋台群から先に進むと、人の熱気が減るどころか更に増していった。
どうやらこの辺り、色んな町から近いらしく、旅人を狙って多くの店が出店しているようだ。
飲食を取り扱う屋台の他、日常品を取り扱うこじんまりとしたお店も見かけ、更には旅人向けの簡易宿までもある。
色んな町や村が旅人が通る道にこぞって出店した結果、ここは共同で作り上げられた小さな村と化していた。なんでもそのままシンプルに旅人の村と呼ばれているらしい。
人で賑わいつつも、しかし民家は無くてちょっとしたお祭り会場のようになっている不思議な村。なんだか面白い場所なので、夜も近いので一泊する事にしてみた。旅人の村と言うだけあって、売ってる品物は旅に役立つ物が多そうだ。
多くの旅人に紛れつつ、日用品を扱っている出店を三人で見て回る。
「あっ、鞄あるじゃん」
いくつか見ているうちに、小さな手さげ鞄が目についた。シンプルなデザインで使いやすそうではある。
「なに? 買い換えるの?」
ベアトリスに言われ、私は首を振る。
「いや、いいや。今使ってるのお気に入りだし、魔術かけてあって便利だから」
そう、私の鞄は魔術がかけられていて、見た目以上に収納できる。これは結構大変な魔術なので、買い替えてもう一度かけるのは面倒だった。
「……ちなみにだけど、その妙なアップリケはお手製なの? それとも既成のデザイン?」
「カラスのは自分でやった。猫のは弟子が勝手にした。結構可愛いでしょ?」
「……そうね、うん、まあまあ」
あれ? あんまり芳しくない反応だ。まあ確かに子供っぽいデザインだから、ベアトリスはお気に召さないかもしれない。
ちなみに子供っぽいデザインになってしまったのは私の手先とセンスの問題だろう。エメラルダが勝手にした猫のアップリケの方は、多分こっちのが可愛いとあの子が判断したのだと思う。そうだよね? 師匠の鞄ならこんなデザインでいいだろ、とかそういう事ではないよね? 信じてるよエメラルダ。
それにしてもカラスのアップリケを見ていると、使い魔であるカラスのククルちゃんを思い出す。元気だろうか……まあ頭いい子だから自由に過ごしているだろう。
「……そういえばベアトリスって好きな動物とかいるの? 具体的に言うなら犬派とか猫派とかカラス派とか」
「犬派猫派はまだしも、カラス派なんて派閥あるの?」
「魔女界隈ではあるよ」
もっと具体的に言えば、私と弟子達の間で。私はカラス派で他の皆は猫派だったので、カラス派は追い込まれてます。
「……別に、犬派でも猫派でもないのよねぇ」
「じゃあカラス派?」
「それはないわ」
即答だった。
「しいて言うならコウモリ派ね」
「あーコウモリか」
そうか、吸血鬼といえばコウモリか。同じ吸血生物だもんね。
ベアトリスはふと気になったのか、ふわふわ漂っているライラへ視線を向ける。
「ちなみにライラはどうなのかしら? 犬派? 猫派? コウモリ派?」
カラス派は? カラス派自然に省かないで。
「えー、私? 考えたこともないけど……そうね」
ライラは一瞬だけ間を置いて答える。
「私はカニ派ね」
「……」
「……」
私とベアトリスは押し黙って互いの目を見た。
……それは食欲の話では? 私達犬も猫もカラスもコウモリも食べないよ。ベアトリスとの間でそんな無言のやり取りをする。
まあ……ライラは妖精だから、愛玩動物として他の生物を見てないのかもしれない。
そんな私達の無言も気にせず、ライラはきょろきょろ周りの屋台を見渡していた。
「ねえ、そろそろ夕食時なんじゃないの? 今日はここで食べていくんでしょう?」
「……そだね。何か食べよっか」
機を取り直し、夕食は何を食べようかとライラに続いて屋台へ視線を向けていく。さっき肉まんを食べた事もあるので、夜ごはんはそんなに量がなくても良かった。
すると気になったのがあったのか、ベアトリスが屋台の一つを指さす。
「あれはどう? ガーリックシュリンプ」
ガーリックシュリンプとは、エビをガーリックオイルで炒めた物だ。シンプルな料理だが、エビとガーリックの相性は良くて、味はおいしい。
「いいんじゃない? エビ食べよっか」
他に案もないので、早速二人分を購入する。紙皿にがさっとエビが盛られ、結構なボリュームだ。
ガーリックシュリンプだけだと飽きてしまうので、元々持っていたパンを付け合わせにしよう。
近くにあったベンチに三人座り、パンを片手にガーリックシュリンプを早速頬張った。
このエビは殻が柔らかいタイプで、しかも事前に一度油で揚げているらしく、殻ごと頂ける。柔らかくもパリっとした食感の殻に、その下に隠れたプリッとした肉厚のエビの身。
ガーリックの風味が良く効いていて、噛むとエビの旨みがじゅわっと溢れてくる。ガーリックシュリンプの味が残っている内にパンを追っかけて頬張ると、何とも言えないおいしさだ。
尻尾もそのまま食べられるだろうから、パンにのっけてサンドするようにして食べるのも悪くないかもしれない。最後に紙皿に残ったエビの旨みが入ったガーリックオイルをパンで食べたら、きっと最高においしいのだろう。
ガーリックシュリンプにパンというシンプルでおいしい夜ごはんに私が舌つづみを打っていると、ベアトリスが食べつつもライラの方をじっと見ていたのに気付いた。
私もつられてライラを見る。ライラは大きく口を開けて頭からエビにかぶりついていた。幸せそうな顔だ。しかしたい焼きは尻尾からなのにエビは頭からいくのか。ライラの中のルールが分からない。
でも、普通においしそうに食べてるライラのどこが気になるのだろう。視線をベアトリスに戻すと、彼女は考え込むように俯いていた。そしてぼそっと呟く。
「エビには普通なのね……やっぱりあの反応はカニにだけなのかしら? ……いや、だからカニでテンション上がるタイプの妖精って何なのよ?」
「……」
ライラがエビでテンション上がるかどうか興味あっただけか。ガーリックシュリンプを食べようと提案したのも、それを確かめる為だけだったのかもしれない。
さすがに、カニくらいテンション上がる物はないんじゃないかなぁ。あったらあったで妖精の謎が増えるので、あって欲しくないと言うのが私の望みだった。
それにしても、ガーリックシュリンプはおいしい。ただパンがあるとはいえエビだけだと味が単調なので、ここに何かスープ的なのが欲しかったかもしれない。海鮮系のスープとか。
エビを全部食べ終えると、最後に残ったガーリックオイルをパンで拭き取るようにして食べて完食。今日もおいしい夜ごはんだった。
夜になると、旅人の村は熱気が落ちつくどころか増していっていた。そこかしこに旅人が腰を落ち着けたき火を作り、ほのかな明かりがたくさん灯りはじめる。
村と言うより、本当にお祭り会場のようだ。空気感もお祭り前夜って感じで悪くない。
今日は簡易宿で泊まろうか、それとも他の旅人のようにたき火を作って野宿をしようか。どちらにするか悩む私だった。




