119話、海沿いの町カカミとカニ炒飯
遊覧船に揺られること数時間。
すっかり夜を迎えた頃合いに、私達は海沿いの町カカミへ到着していた。
しかし川下りの絶妙な揺れのせいで船酔いしてしまった私は、すぐ宿へと向かい、借りた部屋で横になる事にした。
気持ち悪くて夕飯は食べられそうも無かったので、夕食は抜き。ライラには鞄の中の保存食を食べてもらおうかと思ったが、そもそも妖精のライラは別に食事を取らなくても支障が無いので、私と同じく夕食抜きでいいとの事だった。
ライラは妖精だからか、それとも空を飛んでるからか、船酔いはしなかったらしい。羨ましい。
ベッドで横になり、一時間もすれば睡魔が襲ってくる。まだ微妙に船酔いの気持ち悪さがあったが、そのまま寝る事にした。
そして起きてみれば昼前。船酔いでダウンしたせいか、ぐっすり寝てしまったようだ。おかげで気持ち悪さは無くなっていた。
ひとまず朝ごはんとして保存食の固焼きパンを一つ食べ、カカミの町へと繰り出してみる。
「あ、海だ」
昨日到着した時はもう薄暗かったし、気持ちが悪くて余裕が無かったので気づかなかったか、高台に作られた町からはすぐ近くの海が見下ろせる。
太陽の光を反射してキラキラと輝く青い海。
やはり海沿いの町という事なので、あの海を間近で見ない事には観光が始まらないだろう。
そうして町を下り、砂浜へとやってきた。そこまで近くに来てから改めて海を見てみると、印象が一変する。
遠目からは青々とした海だったが、近づいて見ればそれは、青く透明な海の中に様々な色が見て取れた。
ピンク色だったり赤色だったり緑色といった、鉱物のような物が海の底に沈んでいる。
「あ、ここはサンゴ礁なんだ」
この海はサンゴがたくさん自生している、サンゴ礁だったのだ。
「サンゴ?」
サンゴの事を知らないライラの為に、解説してあげる。とは言っても、私もそこまで詳しくないけど。
「あの様々な色の鉱物っぽいのがあるでしょ? あれがサンゴ。鉱物っぽく見えるけど生物なんだよ」
「え、あれ生きてるの? そう知るとなんだか不気味に見えてきたわ」
……確かに。はた目からは美しいサンゴだけど、あれが実は生きているとなるとちょっと不気味さが増す。少なくとも近づいて見ようという気にはなれない。
実際、サンゴには毒針がある触手がある個体も存在するので、うっかり近づくのは良くないのだ。
以前海沿いの町エスティライトを訪れた時は、海水浴をする人々が多かった。しかしここでは海水浴をしている人は居ない。誰も水着姿じゃないし、砂浜から海を眺めているだけだ。
その理由はやっぱり、この大量のサンゴなのだろう。一見美しく見えても、素肌を晒したまま近づきたくはないのだ。
しかし、泳ぐのだけが海の楽しみ方ではないらしく、ところどころ釣りをしている人が目についた。
サンゴ礁は海の透明度が高く、小魚がたくさん居るのがぱっと見ても分かる。なるほど、絶好の釣りスポットなのかもしれない。
その他砂浜で何やら拾っている人も居る。私もつられて足元の砂を眺めてみたら、そこにはサンゴの死骸が結構転がっていた。
サンゴは見た目が美しいので、アクセサリーにも使われるらしい。砂浜に落ちているサンゴの哀れな末路も、見方を変えれば美しいのだ。
私もいくつかサンゴ拾っておこうかな。こういうのが好きなエメラルダにあげちゃってもいいし。
そうやっていくつか赤いサンゴを拾い上げた所で、私はふと気づく。
……すごくお腹空いたな。
考えてみれば昨日は夕食抜き。朝は寝坊して昼起きで、ちょっとパンをつまんだだけ。
お腹が空くのも当然だ。
「ライラ、ごはん食べに行こう」
「え? ええ、いいけど……海はもういいの?」
「また後で見られるからね。夕方頃とか更に綺麗だと思うし、また来てみよう」
「サンゴ拾いは?」
「冷静に考えたらね、町に加工済みのサンゴアクセサリーがあると思うから、そこでちゃんとした商品を買った方が良い気がした」
そもそも、サンゴ拾っている人はそういう職業の人なのかもしれない。さすがに未加工のサンゴはただの死骸だ。そんなに綺麗な物はない。
「この町海沿いだから、海鮮が豊富だよきっと。ライラの好きなカニ料理でも食べて来よう」
「わーい、カニー!」
カニの誘惑にあっさり屈したライラも海に背を向け、私の後について来た。
美しい海。美しいサンゴ礁。ごめん、やっぱりごはんには勝てないんだ。
心の中で自然美に平謝りしつつ、町へと戻る。
ちょうど昼時なので、どのお店も盛んだった。
そういえばまだこの町のパンフレットも見てないので、下調べ一切なし。こうなったら目についたお店に入るしかない。
そうして選んだのは、現地馴染みといった大衆食堂。海風によって外観が少し風化しつつあるが、それがかえって歴戦の食事処といった風情をかもしだしている。
お店の中に入ると、簡素な木製の長テーブルと椅子が連なっていた。いわゆる四人囲みのテーブル席は無く、お客が肩を並べて横並びに座る形式。この辺りも現地感が出ている。
そういった形式だから、水もセルフサービスで注文も自分からカウンターの店員に告げるタイプ。
なので水を入れに行くついでに壁に吊るされたいくつものメニューを眺め、店員に料理を注文しておく。
注文したのは、カニチャーハン。ごはんを具材と一緒に炒めるチャーハンは私の野外料理にも使えそうなので、参考がてら頼んでみた。前日に炊いたごはんを残しておいて、翌日の朝に炒めて食べるとかね。
カニ入りなのは当然ライラの為。ライラは私の肩に座りながらうきうきでカニー、カニーとリズムよくさえずっている。何それ、カニへの讃美歌?
そういえば、一説によれば妖精は歌が好きらしい。本当かどうか分からないが、妖精の歌は魔力が込められていて、聞く者の心を奪うとか。
「カニー、カニー、カニー、カニー」
……全然心奪われないので。この説は覆りました。
ほどなくして、店員さんが大声でカニチャーハンのお客様、と言ってカウンターにお皿を置いた。ここはできあがった料理を客が取りに行くシステムでもあるようだ。同じ料理とか注文した時にトラブルにならないのかな。まあ上手く回るのだろう。
カニチャーハンを取ってきて、改めて席に座る。
「おお、カニいっぱい入ってるじゃん」
カニチャーハンには、一目で分かるくらいたっぷりのカニの身が入っていた。結構豪勢じゃん。
カニの他にはレタスと炒り卵が入っていて、黄金色のチャーハンを彩っている。香ばしく食欲を誘う匂いが漂っていて、食べる前から美味しいのが分かった。
「カニー! カニー!」
……カニを前にするとライラは語彙力を全て失うので、気にしないでおくことにした。 うきうきのライラと共に、チャーハンを食べていく。
スプーンでチャーハンをすくうと、パラリと米が零れ落ちる。かなりパラパラらしく、スプーンの上で山盛りにならずに零れ落ち、水平を保っていた。
そんなパラパラチャーハンを口に運び入れる。熱々で、香ばしい匂いが口内に広がり、カニの風味が鼻を突き抜ける。
パラっとしたお米に、ちょっとしんなりしつつシャキっとした歯ごたえが残るレタス。そこにしっとりとしたカニの身が入っていて、とても美味しい。
「これすごく美味しくない?」
「カニー!」
「そう、カニがたくさん入っていてさ、香ばしいチャーハンにカニの風味がすごく合ってるんだよね」
「カニー!」
「カニ以外にもエビチャーハンってあったんだけど、あれも気になるなぁ……次に機会あったらそっち食べてみよっか」
「カニー」
ダメだ。会話にならない。
うきうきの笑顔でカニチャーハンに貪りつくライラを見ながら、改めて思う。
カニでテンションが上がるタイプの妖精って本当何なんだろう。妖精ってそういタイプ分けあるの?
分からないけど、このカニチャーハンはおいしかった。
「カニー!」
ライラも最後までご満悦だった。




