100話、魔女のお茶会、帰郷版
私の家の居間には、ソファーと本棚の他、四つ足のローテーブルが置かれてある。
ソファーは横長のが二つで、ローテーブルの一角を囲むように設置している。ソファーは一つ二人用なので、体が一回り以上小さい妖精のライラを含めても十分全員で座れるのだ。
ローテーブルにお菓子を見繕った大皿を置き、ゆっくりソファーに腰かけた。
個人的な好みだが、深く沈み込むタイプのソファーは好きではない。ゆったりくつろげそうでいて、長時間座っていると結構疲れるのだ。おそらく、柔らかいソファーに合わせて沈み込む体が自然とバランスを取ろうとしているのではないだろうか。
イヴァンナやエメラルダ、ライラと共にソファーでくつろいでいると、ほどなくしてリネットが紅茶を持ってきた。
こうしてローテーブルの上にはお菓子の山と紅茶が準備された。ティーカップも人数分ある。ライラのはケルンの町で子供用のカップを買っておいた。
旅の合間ならケトルの蓋で回し飲みするのも趣きがあるのだが、家の中で飲むならちゃんとカップが欲しいからね。
リネットが全員分の紅茶をそそいでくれて、お茶会の準備は整った。
誰からともなく、ティーカップを持ってゆっくりと紅茶をすすっていく。リネットは気が利いているので、紅茶はすでに飲みやすい温度だ。
リネット好みのやや甘めの紅茶。砂糖の他市販のレモン汁が入っているので、ほのかな酸味が後味をさっぱりさせる。
「リネットのお菓子お菓子っ」
エメラルダが子供の用に目を輝かせてお菓子を取っていく。リネットのお菓子はおいしいからそうなるのも仕方ないが、あまりにもエメラルダすぎる。
私もエメラルダに続いてお菓子を取った。手にしたのはプレッツェル。ルーナラクリマで食べた時と同じく、はちみつでコーティングされている。
一口食べると、あの時と同じおいしさが口の中に再現された。やはりルーナラクリマにお菓子を卸しているのはリネットなのだ。すごいな、本当。
同時にモニカと久しぶりに再会したこと、クロエとも会って三人で旅をしたことが思い出される。
モニカやクロエとまた出会ったら、こうしてゆっくりお茶会したいものだ。
「ライラちゃん、このお菓子おすすめだよ」
ライラは珍しく私から離れ、リネットとエメラルダの間に挟まれていた。リネットは面倒見がいいから、私が留守の間にすっかり懐いたのだろう。
リネットから手渡されたクッキーをもくもく食べるライラ。リネットはそれを微笑ましく眺めていた。
……何か、小さい子にお菓子あげてるようにも見える。こんな事ライラに言ったら怒るだろうな。多分私より年上だし、自称レディーだし。
「それにしても、師匠が妖精さんと旅をしているなんて知りませんでしたよ」
リネットに言われて、私は口の中のプレッツェルを飲み下して頷いた。
「言う機会が無かったからね。エメラルダとは偶然出会って紹介できたけど、イヴァンナもつい数日前知ったばかりだよ」
「いいなー、妖精さんと旅をするって。なんかすごく魔女っぽいですよ」
「……魔女っぽい……かなぁ?」
妖精って普通の人間はおろか、魔女にすら近づいてこないくらい警戒心あるし、妖精と一緒に居る魔女ってあまり例が無い気がする。
「リネットが言ってるのはおとぎ話とかの魔女の話じゃない?」
イヴァンナに言われ、エメラルダがうんうん頷く。
「創作の中だとたまにあるよね、魔女と妖精の話。そもそも妖精が出てくるおとぎ話って結構多いんだけど」
魔女と妖精のおとぎ話か……確かに探せばたくさんありそうだ。
そういえば、それこそ一昔前のおとぎ話だと魔女はもっぱら悪者なんだけど、ここ近年ではそういうおとぎ話は無くなっているらしい。
これは、近年魔女が社会的にそこまで珍しい存在ではなくなったからと言われている。ずっと昔では魔女は秘匿された存在で、滅多に普通の人と交流しなかったから、次第に悪いイメージがついてしまったようだ。
しかし今では、箒で空を飛んでても変に思われないくらい魔女の存在は周知されている。
魔法薬も流通しているし、それこそ魔女のマジックショーなんて興行団体まで生まれてるから当然と言えば当然。
対して妖精は、普通の人々はおろか、魔女の間でも詳しく分かっていない神秘的な存在。そもそも魔女以外の人々にはまず見えないのだ。
それでも時折普通に見える人が居るので、妖精という概念は人々に伝わっている。いわゆるおとぎ話などの伝説上の存在、みたいな。
……いつか妖精も普通に人々の前に姿をあらわして、魔女のように日々の暮らしの中に溶け込んでいくのだろうか?
なんだか想像できないが、ライラみたいな妖精が居るのなら、あながちありえない事ではなさそうだ。
……で、その神秘的存在である妖精は、リネットから次から次へとお菓子を渡され完全に餌付けされてるわけだけど。
「あっ! そうだった!」
突然エメラルダが大声を出し、全員の注目が彼女に集まる。
「どうしたの、そんな大声出して」
「いやー、忘れてたけど、師匠にプレゼント持ってきてたんだよね」
忘れるか、普通。
でもプレゼントは素直に嬉しい。
エメラルダは本棚の横に置いてあった自分の鞄を漁り、何かを取り出した。
「はいこれ、師匠へのプレゼント。ライラにもあるよ」
「え? 私にも?」
ライラが私の元へと羽ばたいてきた。私はエメラルダから差し出された物を受け取る。
これは布……いや、服かな? 私用の畳まれた服と、その上にライラの服が置かれているのだ。
エメラルダは裁縫屋をやっているので、衣服を作るのは得意な物なのだろう。
小さい方をライラに渡し、ばさっと服を広げてみた。
「あっ、魔女服だ」
一組のスカートと上衣で、色合いは濃淡の青色。一見黒にも見える濃い青色が袖口から肩、胸元を複雑に彩り、その合間には薄い青色が差し込まれている。
スカートは黒色を基調として青色が差し色になっていた。面白いのはチェックのようなシンプルな柄ではなく、おそらくエメラルダデザインの複雑な柄になっている所だ。
一方、ライラの方は白を基調としたレース仕立て。ドレスのような清楚で気品あるデザインだ。
「以前ライラに失礼な事したから、お詫びとして服をプレゼントしたかったんだよね。師匠のはついでで新しい魔女服仕立ててみた」
「ついでかい」
でも嬉しい。どうせエメラルダの事だからついでと言うのは照れ隠しだろう。だって、この魔女服どう見てもデザインがかなり入れ込んであるもん。思い付きで作れるものではない。
ライラも新しい服に喜んでいるようで、自分の体に当てて確かめていた。
「ありがとうエメラルダ。サイズもきっとぴったりよ」
お礼を言うライラに、しかしエメラルダはしまったと小声を返した。
「羽根の事考えてなかったから、背中締まっちゃってる……妖精用の服を作った事無かったから失敗したなぁ」
「あら、大丈夫よ。この羽根魔力で出来ているもの。服のデザインは関係ないわ」
「え、その羽根魔力で出来てたの?」
エメラルダよりも先に私が驚く。
知らなかった……いや、そうか、妖精の体って魔力で出来ているから当たり前なのか。
「ついでに言うと今の服も魔力で作ってるわ」
「え!? なにその超技術……っていうか超魔法! 教えて欲しい……」
今度はエメラルダが泡を食っていた。裁縫屋からしたら、魔力で衣服まで作るのは驚きを通り越して腰を抜かしてしまう衝撃だろう。事実ソファーに座りこんでしまっている。
「教えてって言われても、自分でもどうやるのか分からないわ。自分で衣服のデザインを変えることもできないもの。だからこの服は本当に嬉しいわっ、ありがとうエメラルダ」
「私も新しい魔女服ありがとう、エメラルダ。次旅する時はこの魔女服で行くね」
「えっ!?」
私が次旅する時は、と言った次の瞬間、弟子三人が見事にハモっていた。
「師匠、また旅をするんですか?」
「うん、まだ行ってない場所いっぱいあるし。食べたことない料理もいっぱいあるでしょ。ライラにも色々食べさせたいしね」
驚くリネットに、首を傾げつつ答える。するとイヴァンナ、エメラルダ、リネットが次々口を開いた。
「驚いたわね、あの出不精の師匠がこんな事を言うなんて……師匠も変わるものね」
「師匠も成長したんだね……二番弟子として嬉しいよ」
「師匠……見た目は全く変わりませんが、なんだか若返ったみたいです」
……おいぃ? 私の弟子たち中々ひどい事言ってない? 特にリネットが一番ひどい。
「そういえば、エメラルダやイヴァンナのお店がある町にも行ったことないな。機会があったら行ってみるよ」
「その時はお土産よろしくー。私、綺麗な宝石欲しい」
「私は貴重な魔法薬の材料とかが良いわ」
……こいつら、遠慮が無い。
こんな感じで他愛もない会話をしながらお茶を飲んでいると、すっかり時間が過ぎ夜を迎え始めていた。
三人は今日泊まるつもりらしいので、時間の制約は特にない。だけど、空腹という制限があった。
お茶を飲みつつ軽くお菓子をつまんでいたが、やはりちゃんとした食事でないとお腹は膨れない。
そろそろ頃合いだし、夕食を取るとしよう。
魔女のお茶会は終わり、魔女の食事会を始めるべく、私は台所へ向かった。
台所へ向かう私の背に、皆の声が微かに届いてくる。
「夕食は師匠が用意するんだよね?」
「大きい鍋持ってたから、あれじゃないかしら?」
「あ、確かに台所に置いてたよね」
「リリアは朝、今日の為の特別な料理を買いつけに行くって言ってたわ。きっとカニ鍋よ」
口々に皆が鍋の予想を始め出した。カニだ、エビだ、いやきのこ鍋だ、と様々な鍋料理がでてくる。
それを聞きながら、私は唇をひきつらせていた。
皆は楽しい食事会を想像しているのだろう。
だけど……これは聖戦だ。避けては通れない戦いだ。
私は今日、皆の力を借りてあのトラウマを超えていくつもりなのだ。
台所に置いて来たあの鍋の前に立ち、火をかけて温めていく。
ぐつぐつと音が聞こえてきたくらいに、私は鍋の蓋を開けて中を確認した。
そこには……淡いエメラルドグリーンの液体が並々と入っていた。




