99.運搬人の実力を見せてもらいました
岩場のあちこちから羊が現れ、空からは隼が急降下してくる。
最初の戦闘こそテンポ良く終えることができたけど、それ以降は常にいっぱいいっぱいの状態の中大きなミスもなく魔物の襲撃をやり過ごしていた。
「リルちゃんブレス!」
「桜さん四時の方向から2頭来てるよ!」
「もーーーやだ!」
泣き言を言う余裕があると言うことはまだ大丈夫、指示を出しながらもこっちはこっちであまり余裕はなかったりする。
「っとぉ!危ないだろ!」
空から落ちてくるナイフの如く急降下してくる隼を紙一重で避けつつ、飛び上がる前に棍で薙ぎ払う。
くそ、外した!
「和人君、はいお水。」
「え、あ、ありがとうございます。」
「あの子は直線でしか動けないから平行に避ければ大丈夫。いざとなったら足で蹴っちゃった方が早いよ。」
「足で、なるほど。」
乱戦が続く中、唯一冷静を保ち続けていたのが須磨寺さん。
自分も魔物に狙われているのに最小限の動きでヒラリと攻撃を避けながら戦場に中を移動している。
運搬人の仕事は素材の回収、でもあの人はそれにとどまらずさっきみたいに補助までしながら本業もしっかりとこなしているんだからすごいの一言だ。
流石元Bランク探索者、この程度のダンジョンじゃ慌てる必要もないらしい。
アドバイスに従い上空を旋回して再び急降下してくる隼をサイドステップで避け、軽く足で蹴るだけで隼の羽に当てる事ができた。
再上昇に失敗したそいつは地面に直撃、もがいているところを落ち着いて叩くだけで簡単に倒す事ができてしまった。
なんだかんだ言ってもまだDランク、動きをよく見ればそこまで怖くないのか。
嬉しそうにサムズアップする須磨寺さんに向かってサムズアップを返しつつ、肩にかけた魔装銃を構え直して桜さん達に向かっている羊に数発打ち込んでやる。
『探索者は常に冷静であるべし。』
最初の研修で主任から教えてもらった言葉を噛み締めながら周囲の状況に目を走らせるのだった。
「みんなお疲れ様!」
「つかれたーーーー!リルちゃんもふもふさせて!」
「二人ともお疲れ様、流石のリルでもあの数は疲れたか。」
波状攻撃をなんとかやり過ごし、周囲に敵がいないのを確認してから緊張を解く。
桜さんはその場にへたり込んでリルのお腹に顔をつっこみ、それを受け止めつつリルも疲れたように息を吐いている。
そんな彼女の頭を撫でていると笑顔を浮かべた須磨寺さんが近づいてきた。
「桜ちゃん、はいお水。」
「ありがとうございます!」
「リルちゃんはお肉ね、いっぱい食べるんだよ〜。」
「わふ!」
すかさず二人のフォローに入りつつ、自分も荷物を下ろして小休止の準備に入る…のかと思ったら、澱みない動きであっという間にコンロが設置され、水の入ったヤカンが火にかけられた。
これが俺だったら素材を回収する間もなく二人と一緒にへたり込んでしまっていただろうけど、彼はこの時点で素材の回収を全て終わらせているんだからすごいよなぁ。
「二人共いい動きだったけど、もうちょっとお互いの動きを見た方がいいかな。特にリルちゃんは一ヶ所に留まるんじゃなくてこっちに向かってくる子を迎撃したらもっと戦いやすくなると思うよ。桜ちゃんはもう少し攻撃回数を増やしていこう!」
「うぅ、頑張ります。」
「わふぅ。」
「そんなに落ち込まないでよぉ。初めてここにきてそれだけ動けたら十分合格点だし、美味しい物食べて元気出して!」
十分に動けていたと二人を褒めながらも実は一度だけ危ない時があったんだよな。
桜さんの死角から突っ込もうとした山羊がいたんだけど、そいつが急に動きを止めたのは間違いなく須磨寺さんが何かをしたからだ。
魔物を避けつつ素材を回収、さらに仲間のフォローまでできるとか優秀にも程がある。
あれだけの襲撃の中を大きな怪我もなくやり過ごせたのは間違いなく彼のおかげ、それを見せられ改めて自分の実力がまだまだ足りない事を実感させられた。
「そういや素材の他に何か回収している気がしたんですけど、何してたんですか?」
「さすが和人君よく見てるねぇ、実はこれを探してたんだ。」
「石・・・なのか?」
「ただの石じゃないよ。実はこれ、マナストーンの原石なんだよ。」
「マナストーンって魔素を吸収するっていう宝石ですよね!魔素が少ないうちはそこまできれいじゃないけど、ある程度満たされるとキラキラと輝きだすっていうやつ。え、これが原石なんですか?」
よくわからない俺とは対照的に桜さんのテンションが一気に上がっていく。
さっきまで疲れ果てていたのにいきなりエネルギーマックスになってるんだけど、何がそんなにすごいんだろうか。
「ぱっと見は分からないんだけどね、御影ダンジョンの岩場は結構ねらい目なんだ。」
「なるほどだから入り口のあの人が7階層以上は儲かるって言ってたのか。」
「もちろん見つかればの話だけど、気を付けてみれば結構あるんだよね~。ゴートゴートの角もそれなりの値段で売れるし、本気で稼ぎたいならここから先がおすすめなんだ。」
「それじゃあもっと頑張らないとですね!」
一気に回復した桜さんが両拳を握りしめてグッと気合を入れている。
こうやって探索者のモチベーションを上げるのも運搬人の仕事・・・なわけがなく、こういうところまで気が利くのもすべて須磨寺さんのなせる技、御見それしました。
その後も俺達が淹れてもらったコーヒーで気分をリフレッシュさせている間に彼は周囲の確認を行い、道具や素材をテキパキと梱包していく。
そしてさぁ出発というタイミングですべてを完了させ何食わぬ顔で巨大なリュックを背負い直す。
うーん、これが運搬人にとってのスタンダードだと思ってしまったらいけないんだろうけど、あまりにも仕事が出来過ぎてむしろ疲れたりしないんだろうか。
「大丈夫ですか?」
「え、何が?」
「いや、休んでいる間も警戒とか色々してもらってたので大丈夫かなって。」
「あはは、僕ぐらいになればこのぐらいどうってことないよ。でも気にしてくれてありがとう。」
彼からすればこのぐらいは当たり前、とはいえ人間であることに違いはないので休めるときはしっかり休んでもらわないと。
そんなことがありながらもなんとか七階層を突破、階段は洞窟の中にあり森の中同様しっかり確認しないと見つけることはできない場所にあった。
稀に洞窟の中に魔物が隠れていたりするので不用意にはいったりはしないんだけど、どうやらここでは率先して探しに行かなければならないみたいだ。
ここまでの感じだと次の階層も山関係のフィールドだろうから気を付けないと。
「どうする、もう行っちゃう?」
「綾乃ちゃんのおかげで全然疲れてないから大丈夫、和人さんはどうですか?」
「こっちも問題ないよ。」
「それじゃあ行っちゃいましょうか、次は何が出るんでしたっけ。」
「ムステライスとショットスクイラルの二種類だね、可愛い見た目をしてるけど油断は禁物だよ。」
イタチとリス、御影ダンジョンの中では一二を争う可愛いさだけど魔物なのでやることは中々にえげつない。
油断をしてると足の腱を切られるとかどこの妖怪だよ。
そんなツッコミを入れながら階段を下りていくのだった。




