97.お試しで雇うことになりました
「えっと・・・本当なんですか?」
「確認したから間違いない。」
「確認だなんて恥ずかしい、裸のお付き合いまでしたんだしもうずっと一緒だよね。」
彼女・・・じゃなかった、彼が俺の左ひじを抱きしめる感じでぴったりと体を寄せてくる。
これが桜さんだったら色々と柔らかい部分があるんだろうけど、見た目のわりに中身が中身なのでやっぱりどこか固い感じがするんだよなぁ。
風呂場でブツがついているのは確認できているのでこの見た目だけど中身は男性、俗にいう男の娘というんだろうか中身を知らなければ完全に女性にしか見えない。
もちろん本人の努力がこの姿を作り出しているんだろうけど、脳が混乱するので勘弁してもらいたい。
「むぅ、例え男の人でも和人さんにべったりしすぎないでください。」
「それなら一緒にする?」
「し、しません!」
「したいならすればいいのに、ねぇ和人君。」
「そこに俺の拒否権はないんですか?」
「えー、こんな可愛い子にぎゅっとされて嬉しくないの~?」
嬉しい嬉しくないという話じゃないので強引に腕を引っぺがすと不満そうに頬を膨らませて抗議をしてくる。
やれやれ、ここまで連れてくるだけでも大変だったのに早くゆっくり休みたいんだけど。
「とりあえずまじめな話をしましょう。木之本主任の紹介とはいえお互いに納得できないのであればこの話はなかったことにしてもいいと思っているんで。それはいいですか?」
「もちろん、嫌われたいわけじゃないしね。」
「それじゃあまずは自己紹介から始めましょう。お互い紹介されたものの名前すら知らないわけですから。」
「そういえばそうだった気がする!」
向こうは俺のことを知っているみたいだけど俺達は彼のことを全く知らない。
何をするにもお互いにカードを明かしていかなければ歩み寄ることは不可能だ。
「私は新明和人、そして彼女が大道寺桜さん。訳あって一緒に暮らしながらダンジョンの攻略をしています。今回探索するにあたり装備を変えたことで荷物の持ち歩きが問題になってきたので運搬人を検討することにしました。木之本主任からは何か聞いていますか?」
「二人が僕を助けてくれて、そして運搬人を探しているっていうところまでかな。それと、二人には秘密が多いからそれを絶対に外に漏らさないようにって強く言われている。これに関しては運搬人ギルドの規定もあるし、そもそもそんなつもりはないよ。せっかくの運命も自分から手放したんじゃ意味ないしね。」
「別に私は秘密にしていることなんてないですけど・・・。」
「とりあえず僕も自己紹介していいかな?」
「もちろん。」
「えへへ、じゃあ改めてっと。」
そういうと彼は勢いよく立ち上がり両手両足をそろえて姿勢を正す。
「須磨寺綾乃です!年は26歳で身長は145cm体重47キロ、スリーサイズは・・・。」「そういうのは結構なんで。」
「むぅ意地悪だなぁ。えーっと運搬人としてのスキルは三つ、容量増加と荷重耐性とスタミナ向上があるから大量の荷物でも楽に運べちゃうよ。それと元々探索者をしていたから最低限自分の身は自分で守れるから気にしなくても大丈夫。あ!でも守ってくれるなら守ってもらえると嬉しいなぁ。ほら、こんな感じでか弱い子だから。」
「か弱い子がBランク探索者にはなれないと思います。」
「まぁ昔はちょっとやんちゃしてたから。」
「ちょっとでBランクになれるのか。」
本人はさらっと言ってるけどDランクの俺達からすればBランクは雲の上みたいな存在、そんな人が運搬人をやっていること自体おかしな話なんだけど・・・まぁ、色々あるんだろう。
「ともかく!二人が優秀な運搬人を探しているっていうのなら僕以上の適任者はいないと思うよ。自分の身を守れてスキルで荷物をたくさん運べてさらに口が堅い、何より可愛い!ただ、色々あって家とか手放しちゃったから出来ればこの家に住まわせてもらえると嬉しいなぁ。あ!でも、二人がイチャイチャしたいときは言ってね!ちゃんと空気読んで外で時間つぶしてくるから。」
「そそそ、そんなことしません!」
「そうなの?一緒の家に住んでるからてっきりそうだと思ったんだけど。」
「さっきも言ったように訳あって一緒に住んでるだけだから。」
「つまり僕にもチャンスがある?」
「ない。」
「ちぇ、そんな即答しなくてもいいのにさ~。」
何度も話が脱線しかかるものの、とりあえずお互いの自己紹介は終了。
まさか三つも運搬人用のスキルを持っているとは思わなかったけど、その実力は主任のお墨付き。
彼が言うようにこれ以上の人材は他にいないんだろうけど、素直に喜べないというかなんというか。
「とりあえず聞きたいことは全部聞いたかな。」
「僕のスリーサイズ以外はね。」
「だからそういうの良いから。桜さんは他に聴きたいことある?」
「あの、こんなにすごい経歴なのになんで運搬人になったんですか?」
「さっきも言ったように兄の手伝いをしたかったんだ。どんどんと強くなる僕を見て兄が焦ってるのは知ってたから、運搬人になったらそういうのもなく一緒に上を目指せると思ったんだけど結果は知っての通り。Bランク探索者を凄いと思ってくれるのは嬉しいけど、結局は大事な家族すら守れないようなダメな子なんだよ。」
そういって彼は静かに目を伏せうつむいてしまった。
聞いちゃいけないことを聞いてしまった、桜さんがそんな顔をして俺に助けを求めてくる。
いや、そんな顔されても困るんだけど。
「ごめんなさい。」
「あはは、もう大丈夫。それにこうやって運命の人に出会えたわけだし?今頃天国の兄も応援してくれていると思うよ!それよりも僕からも聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「答えられる範囲でなら。」
「ずばり!二人の目標は?」
「目標、ですか?」
「うん。ただ生活するだけならまだしも運搬人を雇ってまで深いところに潜っていこうっていうわけでしょ?二人は一体何を目指して探索を続けているの?」
思わぬ問いに一瞬自分がなんで潜っているのかわからなくなったけれど、すぐに本来の目的を思い出した。
俺の目標はただ一つだ。
「深いところまで潜ってお金を稼いで探索者専用タワーマンションを買う事。」
「え、そんな事なの!?じゃ、じゃあ桜ちゃんは?」
「私は父の力を借りずに独り立ちしたかったからです。でもそれに失敗して死にかけたところを和人さんに助けてもらったんですけどね。」
「じゃあ僕と桜ちゃんは一緒なわけだ。」
「ある意味そうかもしれません。和人さんに助けられた命だからこそ、私は私なりに恩返しがしたいんです。」
「じゃあ僕にもその手伝いをさせてもらえないかな。あの時失っていたかもしれない命だからこそ恩返しがしたいんだ。別に兄の代わりにってわけじゃないけど、折角手に入れたスキルを使わないのももったいないしね。それに、B級ダンジョンまでならそこそこ潜ってるから色々アドバイスもできると思うよ。」
確かに彼にとってD級ダンジョンなんてのは朝飯前、敵との戦い方とかそういうアドバイスをすぐにもらえる環境というのは非常にありがたいことだ。
しっかし、二人の話を聞いていると俺の目標がなんともかっこ悪い感じに見えてしまうんだが・・・。
良いだろ別に、夢なんだからさ。
「それはありがたい話ですけど、仮に契約するとして色々と守ってもらわないといけないことがたくさんあります。探索中に見たものは秘密にしていただくことになりますし、契約するからには専属の運搬人として買い物や準備などで動き回ってもらう事にもなります。それも含めてとりあえずお試しでってことになりますけど構いませんか?」
「もちろん!たとえどんなことでもお口にチャック、絶対に漏らしたりしないよ。こう見えて締りは良い方なんだ。」
「だからそういうの良いですから。」
やれやれ中々癖のある人だけど実力があるのは間違いない、まずはお試しでその実力を見せてもらってそれから決めても遅くはないだろう。
それまでは収奪スキルは使えないし、リルにも控えてもらうことになるけれどまぁ何とかなるはずだ。
そんなわけで彼の実力を見せてもらうべく、近いうちにダンジョンへと潜ることになったのだった。




