82.更なる下層を目指しました
御影ダンジョン二日目。
今日も多くの学生でにぎわってはいるものの心なしか前回と雰囲気が違うような。
陽キャっていうか騒がしい感じが一切なく終始穏やかな感じがある。
まさか昨日の今日でもう動きがあったのか?
とりあえず探索者ギルドに顔を出してみるも今日は草壁さんが来る様子はなく、昨日とは違う学生バイトの子がテキパキと手続きを行ってくれた。
うーん、初日が悪すぎただけで本来はこんな感じなんだろうか。
「おや、今日も来たのかい。」
「昨日はありがとうございました!」
「なに、老婆心でやっただけさ。それにそっちもいい感じにやってくれたみたいじゃないか。」
「偶然手に入れただけですし、それに色々やってくれたのは草壁さんですけどね。」
「あの子はそれが仕事だからね、当然さ。」
昨日同様ダンジョンの前で冒険者を見守っていた老婆を見つけ二人で声をかける。
あの時貰った紙のおかげで草壁さんを紹介してしてもらえたわけだけど、ギルドの偉いさんをあの子呼ばわりする時点でこの人がかなり偉いってことが分かるのだが、ほんと何者なんだろうか。
「今日も昨日みたいになると思いますか?」
「どうだろうねぇ、そういった子は来てないから比較的穏やかだと思うけど。あとはあんた次第さ。」
「じゃあ大丈夫そうですね、頑張りましょう和人さん。」
「今日は深く潜るのかい?」
「とりあえず今日は7階層を目指して潜るつもりです、そこまで行けば面倒な人たちもいないようですし収入も多くなりそうですから。」
「金を稼ぎたいなら七階層よりも下をお勧めするよ、特に九階層は金になるものがたくさんあるから覚えておきな。」
なるほど、それを聞いて俄然やる気がわいてきた。
老婆にお礼を言って再び転送装置でダンジョンの中へ、あっという間に到着した四階層は上よりも木が生い茂り、手が加えられたような感は一切なかった。
うん、これは林といよりも森だな。
あまりにも木が生い茂りすぎて足元まで光が届かなくなっているせいか、雑草的なものは少ない。
代わりに大量の落ち葉が地面を覆いつくしているせいで地形がよくわからなくなっているから歩くときはより注意した方がよさそうだ。
「この階層はマッドスパイダーが出るんでしたよね。」
「そうそう、そこまで強い魔物じゃないけどそこら中に感知用の糸を張ってるらしいから気を付けて。」
「大丈夫ですよ、そんな簡単に・・・きゃ!」
大丈夫と言いながら一直線にすぐ横の蜘蛛の巣へ突っ込んでいく桜さん。
直感スキルも目の前に見えている物には反応しないのか何の躊躇もなく突っ込んでいったな。
「簡単になんだって?」
「謝りますから早く助けてください~。」
「やれやれ、ちょっと待って。」
髪の毛に引っかかった蜘蛛の巣を棍を使って綿あめを作るようにくるくると回収。
手で触ると余計にくっついてしまうから気持ち悪いんだよなぁ。
「はぁ、ごめんなさい。」
「大丈夫、それよりもすぐに魔物が来るよ。まだ周りを確認できてないからまだリルは出せないんだ、注意していこう。」
「はい!」
マッドスパイダーの糸には今みたいな獲物を感知するための物と獲物を捕まえる物の二種類があって、特定の場所に巨大な巣を作ったりはしないらしい。
待ち構えるよりも自分から動き回るタイプなのでそれだけ遭遇する率も高くなる、D級ダンジョンに分類されるのは何も階層の多さだけじゃなく魔物の強さや狡猾さもその判断材料になるので今まで以上に注意していかないと。
背中を合わせるようにお互いの背後を警戒すること数十秒、俺の方の茂みからガサガサという音が聞こえて来た。
来る。
棍を突き出すように構えて茂みを睨みつけていると、そこから黒い塊が飛び出してきたので焦らず冷静にそれを叩き落す・・・はずが、突然その動きが空中で変わり先端が空を切ってしまう。
バランスを崩した俺の代わりに桜さんが前に飛び出し、盾を構えそいつを威嚇してくれたのでそのまま襲われることはなかったが正直危なかった。
「なるほど、蜘蛛の糸で軌道を変えたのか。」
「厄介ですね。」
「ありがとう桜さん。」
「大丈夫です!」
自分で気をつけろと言いながら桜さんにフォローされてしまったが、今回は一人で潜っているわけじゃないんだし助け合いながら頑張っていこう。
二対一、明らかにこっちの方が有利なんだから焦らずかっこつけず泥臭くいくのが探索者ってもんだろ。
マッドスパイダーは再び茂みの中に戻り死角からこちらを狙おうとしているけれど、どこにいるかが分かっていれば臆するものでもない。
ジリジリと近づいていき相手がしびれを切らしたところで同じように棍を振り回しつつ、相手が逃げたところを桜さんが追いかける。
常に相手の先を根で攻撃を続けること数分、やっと棍の先が足を捕らえ強引に地面に叩き落とす事が出来た。
地上に落とせばこっちのもの、巨大な複眼に睨まれながら無事に討伐することができた。
【マッドスパイダーのスキルを収奪しました。蜘蛛糸、ストック上限は後四つです。】
ドロップ品は糸巻き状になった蜘蛛の糸、なんでわざわざ加工してあるものがとツッコミを入れてはいけない。
ダンジョンとはこういうものだ。
「やりましたね。」
「動きが素早くてなかなか大変だったけど、とりあえずはね。」
「でもこれがたくさんいるんですか?」
「まぁ、そういうことになるかな。」
「・・・気を付けます。」
たった一匹との戦闘でこの苦労、茂みが多く相手が有利に働く状況だから余計に疲れてしまうんだろう。
ここにリルがいればマシなんだけど彼女の出番はもう少し奥に行ってからかな。
気になるところで言えば収奪したスキルだけど、あれを使えば某ヒーローみたいに飛び回ることが出来るんだろうか。
すぐにでも試したい気持ちをぐっと抑えて茂みを棍で打ち払いながらダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。
落ち葉が多く足元がおぼつかない感じはあるものの何とか先に進めそうな感じではある。
マッドスパイダーも数で来なければ十分対処できるけれど、やっぱり一番めんどくさいのはそこら中に張り巡らされた糸の方、それでも桜さんがドロップした糸巻きを使ってくるくると回収する技を編み出してからは特に引っかかることもなく比較的快適に進むことができている。
「まさか糸巻きを使って量を増やせるとは。」
「これを使って巻き取ったら全然べとべとしないんですよ?不思議ですよねぇ。」
「きっと何かの仕掛けがあるんだろうけど・・・ま、量が増えるのはいいことだし買取りに出して高く売れるなら何でもオッケー。」
「ということで和人さんもお手伝いお願いしますね。」
「了解。」
通常の二倍、いや三倍まで巻き上げられた蜘蛛の糸が果たしていくらで買い取られるのか。
蜘蛛の糸はその粘り気と剛質性から工業用素材として日常的に使用されているだけに需要はいくらでもあるはずだから、買いたたかれることはないだろう。
むしろこの方法を特許申請した方がもっと儲かる?
いや、誰でもできる事って特許にできないんだったっけ?
「どうしました?」
「何でもない、ちょっと余計なこと考えていただけ。」
「気を付けてくださいよ、そうやってよそ見してると・・・。」
「よそ見してるとなんだって?」
「いいから助けてくださいよぉ。」
本日二度目の突撃。
そしてこれに反応してマッドスパイダーが姿を現すだろう。
ここまで来たらリルを出しても問題ないはず、森の奥から近づいてくる獲物が来る前に桜さんに絡まった蜘蛛の糸をほどきながらリルを召喚するのだった。




