76.ダンジョンの中でからまれました
「ようこそ御影ダンジョンへ、二人かな?」
「はい。」
受付で手続きを済ませ、いよいよ御影ダンジョンへ。
入り口の前に立っていたのは少し腰の曲がった老婆だった。
こんな年配の人まで雇っているのか?
いや、ここに立っているってことは間違いなくギルド職員だしもしかしなくてもすごい人なんだろう。
知らんけど。
「学生以外の探索者は久々だねぇ。老婆心ながら忠告すると彼らを普通の探索者と思わない方がいいよ、無法地帯とまでは言わないけど相当無茶なことをしでかしてくるからねぇ。そんな時はすぐにこれを押しな。」
「これは?」
「警備を呼ぶブザーさ、これを押せばすぐに警備している職員が来てくれる。だからくれぐれも無茶はするんじゃないよ。」
「ありがとうございます!」
「ほっほっほ、礼儀のある子はやっぱりいいねぇ。ここの半分は私を無視していくような子達さ、もちろんそうじゃない子もいるけれどそういう子はみんな下に降りていくから頑張って7階層まで下りるんだよ。そうすりゃ安心して探索できるからね。」
ダンジョンの入り口でアイテムをもらうとか何のゲームだ?とか思いながらも、いただけるものはありがたく頂戴しておこう。
そんな老婆に見送られながら二人でゆっくりダンジョンの黒い壁を抜けると、そこは一面の草原地帯。
「「おお~~。」」
まるでサバンナの雨季を彷彿とさせる景色に思わず二人で感嘆の声を上げてしまった。
時々思いだしたかのように木が立っているだけであとはどこまでも膝丈ぐらいの草原が続いている。
うーむ、広い。
天井にはいつもと変わらない太陽のある青空・・・え、太陽!?
「あれ?なんで太陽が?」
「あ、ほんとですね。」
「まぁ偽物なんだろうけどあれがあるってことは夜になったりするのか?」
「あー、どうなんでしょう。」
須磨ダンジョンも青空が広がっていたものの太陽はなかったし時間がたっても景色は変わらなかった。
だがそれがあるってことは何かしらの変化がある可能性も出てくるわけで。
「おい、どけよ。」
「おっと、悪い。」
「ごめんなさい。」
「けっ、可愛い子と一緒だからっていい気になるなよオッサン。」
二人して呆然と立ち尽くしていたらさっきの二人組とは別の若者に後ろからドン!と肩を当てられた。
入り口前で止まっている俺達も悪いのは悪いがいきなりこんなこと言われるとは思わなかった。
ちらちらとこちらを見ながら去っていく学生探索者を見送りそいつとは反対側へと歩き始める。
「これはもしかすると最初の連中に目をつけられたのかも。」
「どういうことですか?」
「さっきの男、桜さんの顔なんて知らないはずなのに可愛い子だって断言してぶつかってきただろ?」
「あ!そういえば。」
「俺と桜さんの組み合わせは結構目立つし、ちょっかいを出すようにとか言われているのかもしれない。」
「だからあのお婆さんがブザーをくれたんですかね。」
仮にそうだとしたらありがたい話だけど、それなら初めから止めてくれたらいいのに。
もしくは実害が無ければ動けないとかそういう感じなんだろうか。
ともかく余計なことをしてくるのなら今まで以上に気を付けないといけない、最悪の場合リルを召喚してでも桜さんを守らないと。
「和人さん、あれ!」
「そういやダンジョンだもんな、メインはあっちか。」
草原を進むこと数分、桜さんの直感にハッと我に返ると正面の茂みから茶色い獣が姿を現した。
ライオンのメスを少し小さくした感じだが肉食のネコ科独特の鋭い目つきは変わらないようだ。
「カリュカールですね、素早い動きと噛みつき攻撃に注意が必要です。」
「リルもいないしまずは慎重にいこう。」
「わかりました!」
獲物を見つけたそいつは俺達を品定めするかのようにゆっくりと近づき、一定距離まで来ると今度は円を描くように移動を開始。
桜さんが常に盾を構えて相手を牽制するも特に気にする様子もない。
膠着状態がしばらく続く・・・かと思いきや、こっちが少しだけ気を緩めたタイミングを逃さずものすごい勢いで飛び掛かってきた。
「させません!」
俺が気を抜いたとしても桜さんがそれをするわけもなく、指輪の効果もあり冷静な動きで相手の動きに合わせて盾を動かし鋭い切り裂きを受け流す。
そのままひらりと俺達の上を飛び越えたそいつは着地と同時に再び勢いよく飛び掛かってくるも今度は俺が棍を振りぬき直撃こそしなかったものの後ろ足に引っかかった。
空中で体勢を崩すもネコ科独特の身のこなしで足から着地、だが後ろ向きで着地したせいでこちらの動きには気づけなかったようで素早く接近した桜さんとの連係プレイで見事討伐に成功した。
「なんだろう、須磨ダンジョンがアレすぎたせいもあるけどこれが普通のダンジョンだよな。」
「あの目を見た瞬間に気をつけなきゃってなりました。」
「ここの学生を見て正直楽勝なんじゃないかって思ったけど、言い換えるとこんなのと普段から戦ってるんだよな。」
「そう・・・ですね。」
地面に吸い込まれた後に残された爪と牙を回収しつつふとそんなことを思ってしまった。
ここはDランクダンジョン、あんなチャラい感じでもそれなりの実力はあるわけだしそんな奴らが狙って来ると思うと正直気が重たくなってくる。
一頭なら今みたいにどうにかなるけど複数ともなると今回みたいに楽勝とはいかないだろうし、これだけ広いとそれが十分あり得てしまう。
「まぁ何とかするしかないか。」
「和人さんと一緒ですし大丈夫ですよ!いざとなったらリルちゃんもいますから。」
「そういうことにしておこうか。」
今更悩んだところで仕方がない、あの老婆の忠告通りまずは二つ目の転送装置を目指して下へ下へと降りていくだけだ。
気付けば太陽は少しずつ高さを変え、予想通り夜が訪れるようだ。
「綺麗です。」
「本物のサバンナもこんな感じなのかもね。」
「いつか見に行きましょうね。」
「サバンナかぁ、遠いなぁ。まずは沖縄とかでいいんじゃない?」
「言いましたね、ここを走破したら次は沖縄のダンジョンですよ。」
地平線の向こうに沈む夕日を見つめながら二人でそんな話をする。
草原の向こうに太陽が沈み、藍色と黒が混ざり合う。
なんとも幻想的な光景に目を奪われてしまった俺達だったが御影ダンジョンの本当の恐ろしさを思い知らされることになる。
月明りはなくもちろん星もない暗黒の世界。
かろうじて前は見えるけれどまさかここまで真っ暗だとは思っていなかった。
はるか向こうにいくつかオレンジ色の光が見えるのは他の探索者だろう、おそらくはずっと夜ということもなさそうなのであんな感じで焚き火をしながら朝を待てばいいんだろうけど、それができるのも複数人いるパーティーだからこそ。
仮に俺が休むとして桜さん一人でこの暗闇の中見張りをさせるのは気が引けるし、逆を言えば俺も不安しかない。
ここが明るいということは向こうから俺達がここにいることを知らせているようなもの、群れで襲われようものならひとたまりもないだろう。
じゃあ明かりを消せばいいのかといえばそうでもなく、肉食系の魔物は夜目が効くので結局襲われたら同じ、それなら煌々と明かりをつけていざというときに対処するしかない。
こういう時ポーターの一人でもいれば最低限の見張りとかも交代でできるんだろうけど・・・ま、いないものは仕方ないか。
とりあえず火を起こしつつ周囲にランタンをいくつか設置して明かりを確保、まだまだ元気なので二人で警戒しながら朝が来るのを待つことにした。




