75.新しいダンジョンは想像以上の場所でした
御影ダンジョン。
市街地から少し離れた山間に位置し近隣に大学などもあることから若く勢いのある探索者が多く訪れる。
フィールド型のダンジョンに分類され、内部は草原地帯に始まり森林部や湿地など多岐にわたる環境が待ち受けている。
その多岐なフィールドは様々な魔物素材に始まり食糧や独自の植物素材も供給されることから常に多くの探索者を必要としており、近隣大学との共同管理という珍しい形で運営されている為稀に一般探索者との諍いが起きることもあるのだとか。
「いやー、話には聞いていたけど・・・。」
「すごい人ですね。」
御影ダンジョンを次なる探索場所に決めた俺達を待ち受けていたのは、今までのダンジョンと一線を画すお祭り会場の様な賑わいだった。
入り口の横には列をなすように白いテントが設置され、飲食店や探索道具を販売する若者たちが道行く探索者に声をかけている。
異様なのはその年齢の若さ、大学生が多いとは聞いていたけどここまで陽キャが集まっているとは。
「そこのお姉さん、よかったら一緒に探索しない?」
「え?」
「そんなむさくるしい保護者と一緒じゃなくてさ俺達と一緒に行こうぜ。こう見えて五階層までは余裕だからさ、サクッと潜って夜はぱーっと打ち上げしようよ。」
「え、あ、ちょっと、困ります!」
呆然と立ち尽くしていたら突然横からチャラい感じの若者二人組が現れ、強引に桜さんの手を握ってきた。
いきなり手を掴まれて一瞬パニックになった桜さんだったがすぐに我に返り手を振りほどいて俺の後ろに隠れてしまう。
やれやれ、若者ってのは何でこんなに元気なんだか。
「パーティーの強引な勧誘はギルド憲章違反じゃなかったか?」
「そんなの律儀に守ってるやつなんていないっての。」
「そうそう!それに、俺たちは大学から認められてっから。『探索に必要な人材は各自の了承のもと変更してよい』ってね。なんだそんなのも知らないのかよ、オッサン。」
「知らねぇなぁ。」
若者から見れば俺も立派なオッサン、大学時代はこういうのに縁のない生活をしていただけに命の危険があるダンジョンにお遊び気分で入る感覚が理解できない。腐ってもD級ダンジョン、気を抜けば命の危険だって十分にある。
そこにバイト感覚で潜っていくってのはどういう神経なんだ?
いや、こういう神経なのか。
「私は和人さんとしか潜りませんから、他当たって下さい。」
「え~そんなつれないこと言わないでよ。」
「そうそう!そんなに可愛いのにオッサンと一緒なんてもったいない、俺達と一緒に遊ぼうぜ!」
「いやです!和人さん、さっさと手続きして入りましょうよ。」
「ということだから残念だったな。」
「けっ、いい気になるなよオッサン!」
「俺達にそんな態度取って覚悟できてるんだよな。」
どういう覚悟かは知らないけれど男達の間を強引に通り抜けて入り口横の探索者ギルドの中へ。
ここも多くの若者であふれかえり、そこら中から聞こえてくる声が騒がしいを通り越して五月蠅いぐらいだ。
「ようこそ、御影ダンジョンへ。学生証かライセンスカードをお願いします。」
「ん?学生証で入れるのか?」
「ここに限りそういう決まりになっていますので。もちろん探索者講習と同じ内容は受講していただいていますし、クリスタルを用いたスキル発現が最低条件となっていますのでご安心を。」
「外でいきなり仲間の引き抜きにあったんだが、あれも問題ないと?」
「より良い探索のために御影ダンジョンでは生徒間の人材交流が率先して行われています。あくまでも両者の合意があってですが、実力者がわざわざ弱いパーティーに在籍し続けるよりもより近い実力者同士で探索することで探索効率が上昇しますから。彼らも命を懸け強い探索者を求めるのは当然ですよね。」
まるで部外者をあざ笑うかのような職員の対応、よく見れば彼女も学生なのか非常に若い。
なるほど大学との共同運営とは聞いていたがこういう部分でも人材を受け入れて未来のギルド職員を育成しているのか。
それに関してはいい取り組みだとは思うけれど、正直この対応で他所に行ったら痛い目を見るだけじゃないか?
「そういうのは学生同士でやってほしいね。桜さんライセンスを。」
「あ、はい!」
「新明和人さんDランク、大道寺桜さんDランク確かに確認しました。」
「パーティー登録はこの二名、運搬人は無しでいくのでよろしくお願いします。」
「え?ここを運搬人無しで?いったい何しに来たんですか?」
「素材を回収して日銭を稼ぐのが探索者じゃない、そういうのは学生同士でやってくれ。」
もちろんお金は欲しい、だがここまで馬鹿にされて言い返さないのも嫌だったので思わず本音が出てしまった。
聞けば運搬人を雇って荷物持ちをさせてもまともな報酬を渡さないやつもいるんだとか。
特にここはその傾向が強くここに来る前に主任と話をしたときに苦言を呈していたのをよく覚えている。
良くも悪くも学生主体、軽く探索して軽く稼いでその日を楽しく遊ぶ。
それを俺がどうこう言う権利はないけれどこちらも命を懸けているだけに中途半端なことをやられるのは非常に困る。
「せっかくいい運搬人を紹介しようと思ったのに、どうぞお好きに。」
「必要だと感じたらこちらから声をかけさせてもらう、もう入っても?」
「結構です。」
「それじゃあ桜さん行こうか。」
「はい!」
投げるかのようにライセンスを返却した学生職員を一瞥してから無言でそれを受け取りダンジョンの方へ。
やれやれ、毎回ここに通うのか。
「いやな感じでしたね。」
「学生主体運営とは聞いていたけどここまでとはね、主任からも気を付けるように言われていたんだ。」
「何をですか?」
「魔物の取り合い、押し付け、トレイン行為、他のダンジョンでは御法度とされている行為が普通に行われているんだって。」
「え!それ下手したら死んじゃいますよね?」
そう、下手をすれば人が死ぬ。
にもかかわらずそれが是正されずにここまで来ているのもまた御影ダンジョンのすごいところ。
それが許されるのはここから算出される素材や食料が阪神間の食を潤しているからだろう。
いまや生活になくてはならない魔物食材、ダンジョンの登場により問題となっていた世界の食糧事情を大幅に改善させたという成果がある反面、氾濫などの危険も付きまとい救った分と同じだけの命が失われているという矛盾。
それでも食うに困らない生活というのは間違いなく幸せだしそれを手放せない気持ちもわかる。
俺もまたその恩恵を受けている一人だしな。
「五階層より下は学生が少なくなるだろうからとりあえずそこを目指して頑張るしかないかな。とりあえず中は広いし階層ごとに環境が違うから気を付けていこう。俺達は初心者みたいなものだけど彼らからしたら庭みたいなところだから、何をしでかしてくるかわからないし。」
「わかりました、気を付けます。」
「まぁいざとなったら主任に相談する手もあるしそのためにも証拠だけは掴んでおこう。」
「魔物よりも人の心配をしなきゃいけないなんて、なんだか嫌な感じですね。」
「ある意味魔物よりも怖いってのは経験してるしなぁ。」
「そうでした。」
武庫ダンジョンで襲われた記憶はまだそんなに薄れていない。
あの時は二人だけだったので何とか対処できたけどこれが複数人になったら対処できるかわからないし、最悪の場合はリルに桜さんを任せて逃げてもらおう、そんな事まで考える必要がありそうだ。




