73.最後の階層を走破しました
いやー、ひどかった。
この世の終わりかと思うぐらいの残念なフォルムをした階層主のレッドコーラルを無事倒した俺達は階段を下りて最後の第五階層へ到達。
巨大サンゴに生えたムダ毛一本もないしなやかな生足、思わず網タイツを履かせたくなるぐらいの素晴らしい脚なのにはえているのはタダのサンゴ。
いや、なんでサンゴに生えてるんだろうマジで。
そこだけ切り抜いたらそれはもう最高の素材なのにもったいないなぁ。
「はぁ、もう二度と上に上がりたくありません。」
「となるとあとはここを走破するだけだな。もうひと頑張りだ、頑張ろう。」
「うぅ、はやく上に戻ってシャワー浴びたいです。」
「あー、なんだかんだ海水だから結構べたつくもんなぁ。」
最後の休憩を行いながら折り畳み椅子の上で桜さんが文句を言っている。
不思議とこの階層に水はほとんどなくところどころ水たまりがある程度。
もっとこう腰まで水につかるような奴を想像していたんだが、そこまで過酷ではなかったみたいだ。
とはいえここまでの探索でそろそろ疲労はピークになってきているし、なによりさっきのレッドコーラルでメンタルがかなりやられた気がする。
流石の俺もこのまま家に帰るのはしんどいのでこれが終わったらもう一日ぐらいゆっくりさせてもらおう。
「しっかし、何もないな。」
「ほんとですね。もっとこう水浸しな感じを想像していたんですけど・・・でも水はきれいです。」
「地面も湿ってるし雨でも降るとこうなるのか?」
「雨、降りますかね。」
二人で上を見上げるも太陽のない青空が広がっているだけ。
普通太陽が無かったら明るいはずがないので偽物だと頭では理解しているものの、あまりにも違和感のない景色に思わず信じてしまいそうになる。
抜けるような青い空、風はないけど夏を彷彿とさせるその見た目に一瞬夕立的なものを想像したけれど風もなければ太陽もないのにどこから雲が稀るというのだろうか。
つまりこれらはそれ以外の方法で濡れていることになる。
「それはわからん。何もないといえば魔物の姿も見えないんだが、いないのか?」
「そんなはずないですよ。最下層はアネモーナが出るはずですから。」
「確かイソギンチャクみたいなやつだっけ。」
「そうです。触手に麻痺効果があるので当たらないようにしないと大変なことになっちゃいます。」
「触手プレイは専門外なんだよなぁ。」
「え、何か言いました?」
「なんでもない。」
あまり変な事言って引かれるのもあれなので黙っているに越したことはない。
イソギンチャク型の魔物、須磨ダンジョン唯一といっていい難敵のはずなのだが未だその姿は見えず。
このままボスの所まで行けたらそれはそれで楽なんだけど・・・。
「和人さん何か聞こえませんか?」
「ん?」
「それに奥の方から黒っぽい何かが動いているようにも見えるんですけど。」
「んー、さっきみたいに魔物じゃなさそうだけど、いや?もしかして!」
慌てて辺りを見渡すと近くに手ごろな岩を発見、よく見ると一定の高さに線のようにフジツボ的な貝がくっついている。
岩場は二つしかなかったので手前の岩を桜さんに譲り、リルにはブレスレットに戻ってもらって俺も奥の岩に登ると、それと同時にザーーーっという音と共に奥から大量の水が押し寄せてきて見る見るうちにかさが増していった。
それが止まったのは貝殻の線が出来たあたり、なるほどこうやって定期的に水が迫ってくるのか。
「桜さん大丈夫?」
「大丈夫です!でも一瞬で水浸しになっちゃいましたね。」
「だな。地面が濡れてたのはこれを定期的に繰り返すからだろう。ほら、ゆっくりと水かさが下がっていくし。」
「本当ですね。あとはどこから魔物が来るのか、あれ?あんなところに何かいますよ。」
腰ぐらいまで増えた水の中を黒い影がすいすいと泳いでいる。
フォルム的にイカか何かだと思ったけれどどうやらそうではないらしい。
そいつは俺の待機する岩場まで来ると、ぺたりと張り付きそのまま上へと上がってくる。
「こいつがアネモーナか!」
ただイソギンチャクが張り付いただけだったらよかったんだけど、そいつは長い触手を出して海中から俺に襲い掛かってきた。
何本もの触手を二つに分けた棍でしのぎながら桜さんの方を見ると同じく張り付いてきた奴が触手を伸ばして狙っているようだ。
だから触手プレイは専門外だっての!
触手だけでなく本体そのものを岩から引っぺがして時間を稼いでいるとやっと膝ぐらいまで水位が下がったので思い切って水の中に飛び込み本体を串刺しにする。
柔らかい感触の後すぐに地面を突く感触があり貫通するのが分かった。
あれ?思ったよりも強くないぞ?
水の中が奴らの主戦場、てっきり苦戦するのかと思いきや拍子抜けするほど簡単に倒すことができた。
【アネモーナのスキルを収奪しました。触手、ストック上限は後四つです。】
いや、だからそっちに興味はないんだって。
見る見るうちに水位が下がり、動きやすくなった所で桜さんを狙うアネモーナを撃破。
ドロップ品は予想通りの触手、いったい何に使えというんだろうか。
「はぁ、びっくりしました。」
「桜さんが気づいてくれたからよかったものの、そうじゃなかったら下から麻痺させられて餌食にあったわけだ。」
「中々に凶悪ですね。」
「とはいえそこはEランクダンジョン、そこまで強くなくて安心したよ。」
気付けば来た時と同じく水はどこかに消えてしまい取り残されたアネモーナが水たまりの中でうねうねしているだけ。
近づいて襲われるのもあれなので、リルに出てきてもらってブレスで凍らせてから撃破しておいた。
あまりうれしくないけど触手も回収してから再び奥へ。
岩場を見つけたらそこで待機して水が増えるのをやり過ごし、水が引いてからアネモーナを駆除しつつ先へと進む。
それを何度か繰り返すことで無事に階層主の所へと到着することができた。
「なんだろう、さっきの階層があまりにもインパクトがありすぎてここがぬるく感じるんだが。」
「気のせいですよ気のせい、早く倒してホテルに戻りましょう。」
「と言いつつ油断するなよ、一応階層主なんだし。」
「わかってます、リルちゃん行くよ!」
「ガウ!」
目の前には見上げるほどの大きさに成長したアネモーナ。
大きさもさることながら触手が激しくうねり少しでも近づけば頭上から攻撃されるのは間違いない。
普通なら警戒して戦いを挑むところなのだが早く帰りたいあの一人と一匹にとってこのぐらいの敵は敵にあらず、雨のように降り注ぐ触手の攻撃を華麗に避けながら確実にダメージを与えていく。
ここにきてリルの爪が生かせる敵が出て来てくれてよかった。
さっきまで貝だのサンゴだのと固いやつばっかりだっただけにリルなりに鬱憤もたまっていたんだろう。
息の合ったコンビネーションで巨大イソギンチャクを切り刻み、あっという間に階層主を撃破。
いやー、須磨ダンジョン一弱かった階層主だった。
嬉しそうにVサインを向けてくる桜さんに手を振りつつ地面に吸い込まれていく巨大イソギンチャクに黙とうをささげる。
何はともあれ無事に須磨ダンジョン走破に成功、あとは報酬をゲットして上に戻るだけだ。
中々メンタルに来るダンジョンだっただけに最上階以外は縁がないと思うけど、これで実績を積めたのは非常に大きい。
二つ目のE級ダンジョンを制覇したことでいよいよD級ダンジョンもしくはC級ダンジョンへ挑戦する権利を手に入れることができた。
千里の道も一歩から、夢のタワマンを手に入れるための大きな一歩と言えるだろう。
次はどこのダンジョンを攻略しようか、そんなことを考えながら二人の所へとゆっくりと近づいていくのだった。




