69.ダンジョン内でバカンスを楽しみました
須磨ダンジョン。
瀬戸内海沿いにあり、ダンジョンの前からは淡路島へ向かう明石海峡大橋が良く見える。
ダンジョン前の海岸は普段から海水浴客が大勢訪れていて、探索者だけでなく一般向けのホテルや民宿が多数軒を連ねていてそこがダンジョンだっていうことを忘れてしまいそうになる賑わいだ。
武庫ダンジョンの過疎っぷりと比較すると申し訳ないけど篠山ダンジョン以上ににぎわっている気がするなぁ。
時期的にまだ海開きは早いので泳いでいる人はほとんどいないけど、それでも日光浴やビーチバレーを楽しんでいる人でダンジョン前はにぎわっていた。
「和人さんお待たせしました。」
「おぉ!」
「どうです?可愛いですか?」
「可愛いんだけど、本当にそれ大丈夫?」
「中に入ったらサポーターを付けますし、水着はシャープシャークの皮を使ってるのでものすごく丈夫なんですよ。紹介してもらったウィンドブレーカーも防刃仕様で正直須磨ダンジョンの敵じゃ破れないっていうお墨付きも貰ってます。」
エッヘンと胸をそってどや顔をする桜さん。
鮮やかな花柄の水着はタンクトップビキニっていうんだろうか、上は布面積多めのタンクトップの様な感じだけどおへそ周りは見えているし下はまさかのビキニスタイル。
元々細身なうえに鍛えているのでかなり健康的な見た目なんだけど、これで本当に探索できるのか不安になってしまう。
上に羽織っているブラウンのウィンドブレーカーが無かったら完璧海水浴客だよな、これは。
「それならいいんだけどさ。」
「和人さんもお似合いですよ。」
「桜さんに選んでもらったやつだからね、でもありがとう。」
「ぴちっとした黒シャツから見えるほどよく肉の付いた上腕、さらにハーフパンツの下はちょっとゴツめのウォーターシューズ。たまりませんねぇ。」
何やら桜さんが俺を見ながらぶつぶつ言っているけどそんなに似合わなかっただろうか。
普段夏場でも長ズボンだしあまり足を出すことはないんだけど、それゆえに違和感が半端ない。
これで棍をもって戦うんだろ?
本当に大丈夫だろうか。
大量の荷物を入れたリュックを背負いなおしてとりあえずダンジョンの前に立つ。
須磨ダンジョンは他と違って中で手続きをするタイプなので入り口の職員にライセンスを見せてから中へと入った。
「おぉ!?」
「わ!すご~い!」
「これ、ダンジョンだよな?」
「そうですよ!見てくださいむこうまでずーーーっと砂浜ですよ!」
一瞬視界が暗転したかと思ったら今度はまばゆい光が目を襲い、慌てておでこに手を当てて日差しを遮る。
恐る恐る目を開けるとそこは常夏のリゾート。
真っ白い砂浜に打ち寄せる穏やかな波、反対側には何本もヤシの木が生えていてまばゆいほどの日差しが降り注いでいる。
まるで昔一度だけ行ったハワイのような光景が広がっていた。
「ようこそ須磨ダンジョンへ、受付はこちらになります。」
「あ、どうも。」
「今日は観光ですか?それとも探索ですか?」
「え、観光とかあるんですか?」
「年中この気候ですし一階層は見ていただくとわかるように魔物もほとんどいない海岸ですから、バカンス目的で来る人も多いんですよ。一応奥にはホテルもありますから宿泊も可能です、ちょっと高いですけどね。」
ビキニスタイルのちょっとギャルっぽい職員さんが気楽な感じでダンジョンの説明をしてくれる。
なるほど、桜さんがあんなに行きたがった理由が分かった気がするなぁ。
ただ一つ言えるのはこれダンジョンちゃう、バカンスや。
よく見るといつの間に準備したのかビーチボールも持っているし、サングラスがなんとまぁ似合うのなんの。
絶対遊びに来たよな、間違いなくそれ目的だよな?そんな目で桜さんを見るも本人は目を輝かせてどこまでも続く砂浜に魅了されていた。
「あー、一応探索で。」
「じゃあ一応探索で登録しておきますね。ダンジョンの構造はご存じですか?」
「一応予習はしてきました。確か五階層までしかないんですよね。」
「階段前に階層主がいるのでそれを倒して下に進んでいただいます、最下層は他と同じでダンジョン主が待ち構えていますので頑張ってください。まぁ、新明様でしたら余裕でしょうけど。」
「え、知ってるんですか?」
「それはもう!武庫ダンジョンの最速走破記録更新は有名ですし、篠山ダンジョンでの活躍もお聞きしてます。赤石パイセンが噂するぐらいですから、なんでしたらここの最速記録も更新しちゃいます?」
ギルド職員なんだから篠山ダンジョンでの話を知っていておかしくはないんだけど、赤石先輩っていったい誰だろうか。
「レベル上限を超えているんで最速記録は更新できないんですけど、赤石先輩ってどなたですか?」
「あれ?覚えてませんか?あのギャルみたいな人ですよ。」
「ギャル?あぁ!あの人!」
「そう、その人です。パイセンが人をほめる事ってなかなかないんですよ。記録に追われなくていいのならどうぞゆっくり遊びながら楽しんでくださいね~。」
話をしながらもテキパキと手続きを行ってくれたおかげですんなりゲートを超えることができた。
階段を下りればサラサラの砂浜が続き、ザザンザザンと押しては返す波の音がなんとも心地がいい。
ここ、ダンジョンちゃう。
絶対にちゃう。
何故か関西弁になってしまうぐらいの違和感を感じながら嬉しそうに走る桜さんの背中を追いかけて奥へ奥へと進むのだった。
「で、結局こうなるのか。」
奥へと進んだ俺達が向かったのは一件のお宿。
どうやら桜さんが予約をしていたようで受付に声をかけるとすんなりと部屋に案内された。
窓からはダンジョンの海と海岸が一望できるスイート的な部屋、こんなすごい部屋に泊まるの生まれて初めてなんだが。
「だって、篠山ダンジョンも走破したのにご褒美無しなんて寂しいじゃないですか。だから今日は私からのお祝いです。」
「今日だけだよね?」
「えー、個人的には一週間でもいいんですけど。」
「そんなに?一週間も何するの?」
「海に入って日光浴してぼーっとして、あ!ここのお湯は温泉なんですよ、岩盤浴もできますしご飯もとっても美味しいんです。」
「ダンジョンで温泉とはこれいかに。」
「そこは気にしちゃだめです。ともかく、これは私からのご褒美なので和人さんは何も言わずに楽しんでください、わかりましたね?」
有無を言わせぬ桜さんの言い方に反論する気も失ってしまった。
まぁ急いでダンジョンを走破する必要もないわけだし、たまにはこういう時間があってもいいだろう。
これだけ広ければリルを出しても問題なさそうだ。
「・・・高いんだろ?」
「実はここ大道寺グループが運営してるんです、その娘が泊まりに来たらどうなるかわかりますよね。」
「はぁ、わかったわかった降参するよ。そこまで言ってくれるならご褒美を満喫させてもらおうじゃないか。でも落ち着いたら探索に戻るからそのつもりで。」
「もちろんです!それじゃあまずは部屋割りからですね。ここがリビング、それからこっちの扉がベッドルームで二つあるので片方使ってください。私は同じベッドルームでもいいんですけどってそんな怒らないでくださいよぉ。奥には台所もあるので途中でおなかがすいたら何か作りますね。それからこっちは・・・。」
マシンガンのようにしゃべり続ける桜さんの後ろを追いかけながら素敵な部屋の紹介を受ける。
急に始まったダンジョン探索という名のバカンス、まぁたまにはこんな時間があってもバチは当たらないだろう。
戦士に休養も必要、そう自分に言い聞かせて束の間の時間を満喫するのだった。




