64.銀狼の油断を誘いました
強い。
今まで戦ってきた階層主なんかは何とかして勝てる可能性を探すことができて来たけど、こいつだけはその道筋が全くつかめない。
あまりにも巨大であまりにも強靭な体を持ち、そして容赦なくこちらを追い込む残忍さを併せ持つ。
ダンジョンの階層主からは逃げることができるので本当なら尻尾をまいて逃げ出したい。
だが上に戻ろうにも保温スキルはなく行き倒れるのは確実、それならばここでまだ見えない可能性を探す方がマシだろう。
扉を出て階段まで行けば追いかけてこられないはず。
疲れがピークになったら最悪その方法をとるしかない。
ぶっちゃけジリ貧、それでもリルは勇猛果敢に銀狼へと戦いを挑み続けている。
それを見て何もしないわけにはいかないからな、俺だってできるだけのことはする。
「とはいうけど無理なものは無理だって!」
悪態をつきながらもなんとか鋭い爪をギリギリのところで避ける。
最初に剛腕スキルでぶち込んだ左後ろ足は引きずるような仕草を見せるのでダメージは与えられているんだろうけど、あれ以降は全く隙がなく今度はこっちが追い込まれているのが分かる。
せめて後ろ足へもう一発ぶち込めれば機動力をそぐことが出来るんだけど・・・。
「リル下がれ!」
こちらを攻撃するフリをして横から襲いかかるようリルを誘導、直撃こそしなかったものの前足の風圧に吹き飛ばされたリルが扉に向かって吹っ飛んでいく間に入り込み間一髪で壁に叩きつけられるのを回避。
だが、足元に転がしていたカバンが倒れ中身が散乱してしまった。
水に食料に薬、幸いまだ使わなくて済んではいるもののそれも時間の問題かもしれない。
「ん?」
抱きとめた腕をパッと離してリルを開放、そのまま再び銀狼へ向かう彼女を見つめながらふと足元に散乱した道具に目線を向ける。
ランタン、燃料、カイロに折り畳みの椅子、探索には必須の物ばかりだがその中で一番目を引いたのが例の火炎瓶だった。
残数は残り二本、そのまま投げたところで避けられるのは目に見えているけど炎に弱いのを利用すれば可能性があるしれない。
だが、そのためにはいろいろと準備が必要なわけで。
「キャヒン!」
「リル!」
ハッと我に返ると銀狼の鋭い爪が彼女の毛皮を切り裂き、鮮血があたりに飛び散った。
慌てて足元のポーションを拾い上げ、スキルを発動させる。
【アイシクルエイプのスキルを発動しました。ストックはありません。】
右手に生み出した雪玉を勢いよく投げつけて奴の意識をこちらに向けさせつつ、拾った薬の蓋を開けてリルの方へ放り投げる。
深い傷ではなさそうなのであれを飲めばすぐによくなる、その間に俺が時間を稼げばいいだけだ。
最初の一撃こそ油断してくれたもののそれ以降は警戒されてしまい不用意に近づいてこないのをいいことに足元に転がっていた別の道具を確保。
流石にその隙は逃さなかったのか、ものすごい勢いで突っ込んできた。
「当たるかよ!」
大振りの右前足を避けるように銀狼の懐へ飛び込み、棍ではなくさっき拾ったものを叩きつけると銀色の毛並みが真っ黒に汚れ中身がぽたぽたと床に落ちる。
足元のでっぱりに引っかかってこけそうになるのを根性で耐えぬき、そのまま背後を取るべく後ろへ駆け抜けるも飛び跳ねるようにして距離を取られてしまった。
それでも一歩前進、傷が治ったリルが再び銀狼に襲い掛かってくれている間に次の仕込みをするべく黒い液体をそこら中にぶちまけながら走り回った。
そう、あの黒いのはランタンやコンロに使う魔物から採取した可燃性燃料。
ガソリンまではいかないけれどそれでも取扱には注意が必要で専用の瓶に入れて持ち歩かなければならない代物だ。
残っていた全てを床にまき散らしあとは火炎瓶を投げつけるだけ、だが問題はあの銀狼が素直に燃やされてくれるかだ。
今の感じだと警戒され過ぎて狙い通りにならないかもしれない。
それなら・・・。
「リル、下がれ!」
急いでリルを呼び戻すと同時に手に持っていた火炎瓶を投擲、放物線を描いたソレはやつにあたる手前で着弾してしまいそこで火柱が上がってしまった。
流石に驚いたのか壁際まで勢い良く下がりはしたものの全くダメージは与えられられず、失敗したことに気づいて今度はニヤニヤとした目で俺を見てくる。
ここまで戦って自分を倒せる実力がないと理解したんだろう、更に今の失敗で後がないと思ったのか途端に警戒心がゆるくなった。
「これで勝ったと思うなよ!」
舐められたままではリルに合わせる顔がない、当たらなければ二発目を投げればいいという感じでランタンを投げつけるも今度は明後日の方向に飛んでいってしまい、無惨にも壁に当たって小さな炎がボッと燃え上がった。
万事休す。
火炎瓶の火柱も小さくなり陽炎の向こうでやつが身をかがめた次の瞬間。
突然オレンジ色の炎が背後から銀狼を襲い、背中を駆け上がった炎はそのまま腹部に付着した燃料に引火、爆音と共に炎が巻き上がり奴が火だるまになる。
「いまだ!」
マントを体に巻き付けて火柱の上を飛び越え、その場でのたうち回る銀狼めがけてスキルを発動。
【イエティのスキルを使用しました。ストックはありません。】
狙うは残った後ろ足。
バッターがフルスイングするかのように棍を振りぬくと同時に最後に残った火水晶の魔力を解放すると、骨を砕く感触と共に奴の足が爆発する。
声にならない悲鳴を上げ、自重を支えられずその場に倒れこみながらも炎を消そうとその場で転がりまわる。
明後日の方向に投げたランタンだったが、実は先程ばら撒いた燃料に引火させるためにわざと明後日の方向に投擲。
失敗したと思わせておきながら気づかれないようにさっき地面に撒いた着火し、後は炎が地面を駆け抜け油断した奴の背中に燃え移ったというわけだ。
『篠山ダンジョンの魔物は火に弱い』
その助言通り必死になって体を地面にこすりつけて火を消そうともがく銀狼からは、さっきのまでの余裕は全く感じられなかった。
「リル、危ないから後ろに下がっておけよ。」
手には最後の一本になった火炎瓶。
燃料が燃え尽きる前にこれをぶつければどうなるか、それを確かめるべく絶対に外さない距離から勢いよく火炎瓶を投げつけてやる。
着弾と共に発火。
天井に届くぐらいの火柱に喉まで焼かれたのか銀狼から悲鳴は上がらず巨大な炎となってその場で燃え上がった。
毛と肉を焼く焦げ臭いにおいが部屋中に充満し、思わず口元を覆ってしまうけれど奴が倒れるまで油断は禁物だ。
次第に動きが鈍くなりついにズシンという音と共に地面に倒れこむ銀狼。
いつの間にか炎は弱まり真っ黒に焦げた塊だけがその場に残された。
地面に吸収されないってことはまだ生きているという事、棍を構えつつリルと近づいたその時だ。
最後の力を振り絞って俺に嚙みつこうとした銀狼に向かってリルが氷のブレスを吐き、動きが遅くなった所を上段から思い切り叩きつける。
頭蓋骨を砕く確かな感触。
ズシンという振動と共に地面に突っ伏す銀狼に急いで手を当てて収奪スキルを発動させた。
【シルバーウルフのスキルを収奪しました。残影、ストック上限は後四つです。】
残影、なんともかっこいいスキルだが一体どんな効果があるんだろうか。
余韻に浸るよりも早く死骸が地面に沈んでいき、代わりに銀色の毛皮と爪そしてクリスタルが二つ地面に残るのを見てやっと奴を倒した実感がわいてきた。
相手の油断と偶然そして諦めなかった気持ちで何とか手に入れた薄氷の勝利。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ワオォォォォン!」
リルと共に勝ち取った勝利に両手でガッツポーズをしたままその場に倒れこんだ。




