63.白狼との違いをみせつけられました
階段を下りた先は武庫ダンジョンと同じく洞窟の様な細い通路が続き、その先には巨大な扉の前に例のテーブルセットが置かれていた。
共通のものが置かれているってのは何か作為的なものを感じるが、一度でも走破したことある人からすれば引っかかることなんてないと思うんだけどなぁ。
棍の先端で椅子を叩くと前と同じく罠が発動、テーブルも同様にトラばさみの如くバクン!と挟み込むように二つに折れる。
椅子はともかくテーブルまで二つに折れる理由は謎だが、確かにあの勢いで頭をはさまれたらケガもするだろうしあの冷気で疲れ果てていたら椅子に座りたくなる気持ちもわからなくはない。
最後は保温スキル無しで行けるかと思ったけれどそういうわけでもなく九階層以上の寒さを感じたので急いで保温スキルを発動、それだけでは足りないほどの寒さなのか手がかじかんできたので手袋の中に小さいカイロを入れて動きが鈍らないようにした。
折り畳みの椅子に座りブーツの中にもカイロをいれつつ紐をしっかり縛っておくのも忘れない。
靴ひも良し、装備良し、腹の具合良し!
寒いと水分不足になりがちというので栄養補助食品と一緒にスポーツドリンクを流し込み、もしもに備えて薬を摂取。
これで腹の具合に怯えることもなく本領を発揮できる。
「美味かったか?」
「がぅ!」
「よし、それじゃあサクッと終わらせるか!」
同じく肉を食べて元気いっぱいになったリルと共に立ち上がり、巨大な扉を両手で押すと氷の破片をまき散らしながらゆっくりと開いていく。
天井は高く周りは全て氷で覆われたドーム状の大部屋、端の方は階段のように何段か高くなっている場所があり、足元も氷で覆われていると思いきやフラットではなく凸凹と段差のようなものも見える。
戦うときはこれに引っかからないように注意する必要がありそうだな。
大部屋の真ん中では真っ白い・・・いや、銀色毛並みをした巨大な生き物がスヤスヤと寝息を立てていた。
扉のそばに荷物を下ろし武器を手に三歩進むと、巨大な耳がピョコン!と現れゆっくりとした動きでそいつがこちらに顔を向ける。
銀狼。
その名にふさわしい銀色の毛並みが光を受けキラキラと光り輝く。
「デカ・・・。」
大きいとは話に聞いていたけれどこれほどだとは思っていなかった。
ゆっくりと起き上がったそいつは体長5mを優に超え、尻尾まで入れると10m近くあるんじゃないだろうか。
頭の位置は見上げるほど、ってことは3mぐらい?
ゴーレムも大概デカかったけどまだまだ常識の範囲内だったが、こいつは明らかにそれを超えてきている。
こんなバカデカいやつと一人で戦えって?何を馬鹿な事を言ってるんだ。
どう考えても無理ゲーだろ。
「やめるか?」
「わふ!?」
「冗談だって、ここまで来て引き返せるはずないだろ。」
保温スキルは全て使用済み、ってことは上に戻ればあの極寒の中転送装置まで戻らなければならないわけで。
あくまでも保温スキル前提で準備してきたので引き返せるだけの余裕はない。
逃げれば一つも手に入らず進めば報酬と成果の二つが手に入る、なら道は一つだ。
「牽制は任せた!」
合図とともにリルが一直線に走り出し、戦いの火ぶたが切られた。
まずはリルが銀狼の間合いを素早く動き相手を引き付けたところで反対側へと移動、しっぽが一振りされるだけで吹き飛ばされそうな風圧が襲ってくるのを必死に耐えながら攻撃の機会を伺う。
リルが攻撃を誘ったところで俺が飛び出して思い切り棍を叩きつけ火水晶の力で爆破、それを受けながらも後ろ足で蹴り飛ばされそうになるのを回避して再び距離を取る。
ぶっちゃけ効いているかはわからない、だけど火属性攻撃が有効なのは間違いないのでゴーレムの時同様地道に攻撃を続けるしかない。
チワワとグレートデンぐらいの対格差がありながらも彼女は臆することなく銀狼の懐へと飛び込み、爪や牙を使って何度も戦いを挑み続けた。
巨大な前足が襲い掛かるも素早くそれを避け右前足へ噛みついてはいるものの、はたして効果はあるんだろうか。
その時だ。
偶然リルの爪が頭を下げた銀狼の鼻先を切り裂きこの日初めて奴に傷を負わせることができた。
初めての痛みに前足で鼻先を擦り始めて隙が出来る。
リルに気を取られている今がチャンス、全力で攻撃を仕掛けるのは今しかない。
【イエティのスキルを使用しました。ストックは残り一つです。】
がら空きになった後ろ足の膝裏を狙ってフルスイングしながら剛腕スキルを発動、その途端ものすごい力が上腕部に湧き上がり信じられない速さで棍を振りぬいていた。
「ギャイン!」
肉というか骨に響く感覚のあと部屋中に奴の悲鳴が響き渡る。
突然の激痛に銀狼が飛び上がったかと思ったら、そいつは空中でくるりと反転すると怒りに燃える目で俺を睨みつけた。
「あ、やべ。」
【ツンドラベアのスキルを使用しました。ストックはありません。】
死ぬ。
そう感じるよりも早く無意識にスキルを発動、その次の瞬間真っ白い何かが視界を覆いつくしていた。
銀狼と戦う中で一番気を付けなければならないといわれているのがその口から吐き出される白いブレス。
触れたものは瞬時に凍り付き氷の結晶となって砕け散るという一撃必殺の技を真正面から受けてしまった・・・はずなのだが、なぜか体は砕けずこんなことを考える余裕がある。
よく見るとブレスは50cmぐらい前方で何かに阻まれるかのように左右に分かれているようだ。
だがそれも長くはもたなかったようで、突然目の前の空間にヒビが入りガラスが砕けるようにそれが砕け散る。
来る!
残りのブレスを浴びるよりも早く横っ飛びで距離を取ると、さっきまで自分が立っていた場所がダイヤモンドダストのようにキラキラと光り輝いているのが見えた。
「同じ狼なのに違いすぎだろ。」
スキルが無かったら死んでいた。
おそらく外皮はバリアか何かのスキルで、それがブレスを防いでくれたおかげで今こうして自分の足で立っていられる。
だが残念ながらストックはなく次からは自分で避けるなりなんなりしなければならない。
いくらホワイトベアのマントがあってもあのブレスを防ぐのは無理だろう、白狼も強敵ではあったけれど銀狼は明らかに違いすぎる。
誰だよ環境は劣悪だけど敵はそんなに強くないとか言ったやつ、どう考えてもおかしいじゃないか。
必殺のブレスを浴びてなお生きている俺に首をかしげながらも殺意の目を向け続ける銀狼、少しでもビビったそぶりを見せたら確実に殺されるのは間違いない。
どれだけ怖くてもお前の攻撃なんて効かないんだぞとハッタリをかますべく必死に武器を構え続けた。
そんな俺を心配してかリルがそばに駆け寄り二人でそいつを睨み続ける。
残るスキルは剛腕とエコーのみ。
さっきの攻撃がどれだけきいているかはわからないけれどそれでも使えるのは残り一発だけだ。
これで奴に勝とうっていうんだから無茶ぶりにもほどある。
探索者になって二か月ほど。
収奪スキルの優秀さのおかげでトントン拍子に進んでいた俺を待っていたのは、実力以上の巨大な獣だった。




