62.氷の洞窟を探索しました
「お?」
「わふ?」
篠山ダンジョン九階層。
高ランク探索者でさえここを攻略できず引き返したっていう話だったんだが、八階層よりもひどい吹雪の吹き荒れる劣悪な環境という予想とはちがう光景が広がっていた。
なんだろう、洞窟といえば洞窟なんだけど一面真っ白で天井からは巨大なつららがぶら下がっている。
白いのは雪ではなく氷、おそらくここは氷の洞窟かなんかなんだろう。
吹雪さえなければ大丈夫なんじゃないかと思ったのだが、刺すような冷気が一瞬にして体温を奪い去り呼吸をするだけで体の中から冷えていく。
【スノーラビットのスキルを使用しました。ストックは残り一つです。】
慌てて保温スキルを使うも今までと違って寒さをすべてカバーできず、思わず両手をこすり合わせてしまった。
寒い。
スキルを使ってこれならそりゃ撤退するのも無理はない。
360度氷の中、息をするだけで体温を奪われるような環境で探索するとか無理な話だ。
あまりの寒さにリルの毛皮の中に手を入れて暖を取りつつとりあえず一息つくことにした。
寒いのは寒いけど我慢できないほどじゃないし、八階層でかなり神経を使ってしまったのでむしろ周りの見えるこの環境が非常にありがたい。
折り畳み椅子を出してそこに座りつつ平らなところに携帯コンロを設置し、コッヘルに水を入れて火をつけるも待っても待っても沸騰する気配がない。
多少暖かくはなって湯気は出ているけれど周りの空気に冷やされてしまうようだ。
つまりそれだけこの環境が寒いという事、致し方なくちょっとぬるめの紅茶を飲みながらチョコレートバーを食べて糖分と栄養を摂取。
その間も横で丸くなるリルの毛の中に手を入れて暖を取りつつ束の間の休息に心が癒されていくのがわかかる。
いや、あの吹雪はマジでやばかった。
それに比べればこのぐらいの冷気何の問題もないしむしろずっとこのままでもいいぐらい、とはいえ先に進むのが目的なのでしっかりと休憩をしてから再び探索を開始した。
上を見ても横を見ても氷ばかり。
足元は分厚い氷におおわれており、その下を水が流れているのが見える当たり氷の地底湖の上を歩いている感じだろうか。
かなり分厚い感じなので割れて落ちることはないだろうけど一応気を付けておいた方がよさそうだ。
「確かここに出るのはゴーレムだっけか。」
篠山ダンジョン九階層に出るのはアイスゴーレムとフローズンスライムの鈍足コンビ。
ゴーレムは固いしスライムは液体窒素の様なものを吐き出してくるという極悪仕様の魔物だけど、どちらも動きは遅く攻撃を避けるのはそこまで難しくない。
なんなら炎に弱いので燃やせばどうにでもできるらしいんだがこの環境だと肝心の炎を起こすのも難しそうだ。
「お、早速お出ましか。」
氷の上をズルズルと這うように進むラムネゼリーの様な魔物。
向こうも俺を見つけたようで方向転換をしてこちらに向かって来るのだが、それもまた非常に遅い。
リルに任せてもいいんだけどここに来るまで全部丸投げだったので少しは貢献しておかないと申し訳ない。
ということでステイの指示を出してラムネゼリーと対峙する。
火水晶の棍をしっかりと構えてじりじりと近づいていくのだがいかんせん動きが遅すぎて隙だらけようにしか見えない。
が、油断したところで突然体を震わせものすごい速度で氷の液体を噴射、もちろん意識はしていたのでそれを横に飛んで避けつつ後ろ?に周りこみ体内めがけて棒を突き刺す。
基本的にスライム系の魔物は核を攻撃しなければ倒すことはできないのだが、こいつの場合は熱が弱点なので火水晶の効果が発動すると中心部の四角いゼリーみたいな核がみるみる変形していくのが分かる。
ただ熱を加えるだけで倒せるなんとも残念な魔物なのだが、本当は寒さに震えながら戦わなければならないのでこんな簡単にはいかないんだろう。
あっという間に核が丸くなり最後は膨張して中から破裂してしまった。
火属性武器が篠山ダンジョンでは有効と聞いていたけれどまさか挿すだけで倒せるとは・・・、本当はスキルを収奪しておきたいところだけど残念ながら空きが無いのであきらめよう。
「この感じだったら最下層まで余裕そうだなぁ。」
その後も何度かフローズンスライムに遭遇したけれど特に危なげなく倒す事が出来るので、特に緊張することなく先に進むことができた。
氷の洞窟を進むこと二時間程、何度か休憩をはさみながらもサクサクと奥へと進んでいたのだが、ついにその進行を阻むやつが現れた。
「あれがアイスゴーレム、他の奴と一緒なんだな。」
武蔵坊弁慶のように通路のど真ん中で俺達を待ち受けるアイスゴーレム、あいつを倒さない事には先に進めなさそうなんだけど果たして実力の程はどうだろうか。
「とりあえず先行してどんな攻撃をしてくるか確認しよう、任せても大丈夫か?」
「わふ!」
「無理に攻撃しなくてもいいからな、固いし動きを見るだけでいいから。」
リルの鋭い爪ならもしかすると何とかなるのかもしれないけれど、まずは様子見。
氷の上を飛ぶように駆け抜けてリルがアイスゴーレムへと近づくと、氷の破片をまき散らしながら奴がゆっくりと起き上がった。
が、そのまま足元を走り回り攻撃を誘うも一向に動かない。
「どういうことだ?」
魔獣では反応せず人間が近づかないだめなパターンだろうか、棍を手にゆっくりと近づくも全く反応しないアイスゴーレム。
いや、よく見ると動こうとはしているんだけど氷が張り付いて動かせないんだろう。
ギギギギというかゴゴゴゴという音は聞こえるけどそこから先に進まないらしい。
間違いなくこの寒さが原因なんだろうけど、これってあれか?水をかけて凍らせればもっと安全に倒せるってことか?
試しに水筒の水をかけてやると一瞬で広がりそして固まってしまった。
動きたいのに動けないアイスゴーレム。
「・・・スルーだな。」
さっきと逆に熱を加えて動き出されるのもあれなのでそのまま横を通り抜けて洞窟の奥へ進むことにした。
まさかこの冷気が人間だけでなく魔物にまで影響するとは思わなかったが、まぁ戦わなくていいならそれに越したことはない。
今回はレベルアップを目的としているのではなくあくまでも走破することが目的、そうすることでダンジョンの氾濫を防ぐことができる。
桜さんを守るためにもなにより地上に被害を出さないためにも奥へ進まなければ。
その後もスライムには遭遇するもののゴーレムに邪魔されることもなく最下層への階段を見つけることができた。
あくまでもフィールド型ダンジョンなのであちこち歩かされたけれど、保温スキルのおかげでむしろ汗ばむぐらいの万全の状態でたどり着くことができた。
いよいよダンジョンの主と戦うことになる。
おそらく前回と同じく大きな門を開ければ戦闘になることは間違いない、十階層がどういう環境なのかはわからないけれど出来ればこのままの環境でお願いしたい所だ。
「階層主は銀狼だったっけか。」
第二階層で戦ったホワイトウルフとはまた違うどっちかっていうとフェンリルの様な見た目をした大型の魔物らしい。
流石にアイスゴーレムみたいに楽はさせてもらえないだろうけどフェンリルとしてのプライドをかけて負けるわけにはいかない。
こちとら本家本元Sランクの魔獣、例え姿は小さくてもその事実は変わらない。
「絶対勝つぞ、リル。」
「ワフ!」
気合十分の彼女と共にゆっくりと次なる戦場へ続く階段を下りていくのだった。




