59.ダンジョンに潜入しました
それから五日。
正式にギルドから依頼が出て多くの探索者が篠山ダンジョン付近に滞在することになった。
今の所魔物があふれてくる予兆はないけど、五階層までで止まっていた異常冷気が三階層まで上がってきているらしい。
ギルドの話ではこれが上まで上がってくると氾濫が発生、魔力と共に魔物があふれだすと考えているらしい。
過去の氾濫も同じような感じだったらしいので間違いないと思うけど、なんせ随分と前の話なので詳しい資料とかはあまり残されていないらしい。
桜さんも何度かここには来ているようだけど今日は別行動だ。
「今日はどこまで行く?」
「どこまでも何も一階層が限界だろ、二階層に降りてオオカミに喰われるぐらいならウサギを探している方がましだ。」
「本当に氾濫すると思うか?」
「氾濫するから何もしていない俺達にも報酬を払ってるんだろ?待機しているだけで金がもらえるんだ、大人しく待ってようぜ。」
探索者同士はパーティーを組むわけではないので各自好きなように待機している。
ダンジョン内は二階層までの侵入を許可されており、時間稼ぎのために多くの冒険者が魔物を狩り続けているもののそれも時間の問題だろう。
冷気は確実に上がってきていて明日の夕方には一階層に到達、明後日には氾濫が開始と予想されている。
どれだけ時間を稼いでもそれ以上は難しいだろうからずばり残された時間はあと二日。
それまでに何としてでも最下層まで行かなければ。
ということで、まずは予定通り第一階層に移動してスノーラビットから保温スキルを収奪。
ダンジョン内は以前にもまして寒くなっていて体感的には四階層がこのぐらいの寒さだっただろうか。
普通なら1時間も耐えられないほどの寒さ、だが今の俺は全身保温装備に実を固めてるのでこの程度の冷気ではびくともしない。
「とりあえず準備完了、あとは・・・。」
一度ダンジョンの外に出てそのまま転送装置へ、いつもなら自由に使えるはずが氾濫の予兆のせいでギルド職員が待機して使用できないようにしている。
まずはこれを突破しない事には始まらないのだがこの三日間でなんとかそのタイミングを発見することができた。
「こんにちは。」
「これは神明様!すみません、氾濫の危険から転送装置の使用は禁止されているんです。」
「大変ですね。」
「これも仕事ですから。神明様はどうしてここに?」
「待機しているのも暇だったのでちょっと散歩に・・・。」
「うわ!なんだあれ!」
「魔物か!?」
転送装置の前に立っていたのは受付で対応してくれているベテラン職員さん。
どうやら転送装置の警備はシフト制のようで、わざとこの人が立っている時を狙うことにした。
理由は二つ、一つ目は顔見知りなので警戒されにくいことと二つ目は正義感あふれる人だという事。
「魔物!?ちょっと見てきます!」
俺の予想通り魔物が出たと聞いて慌てた様子で持ち場を離れてしまった。
普通ならこの程度で離れることなんてしないだろうけど、状況が状況だけにみんなピリピリしているからか冷静な判断がしづらくなっているようだ。
騒ぎの原因はもちろん魔物なんかではなく、リルを召喚して人目につくところを軽く走ってもらっただけ。
ぱっと見はホワイトウルフにも見えなくないので案の定それに気づいた誰かが騒ぎ出してくれたみたいだな。
すぐに戻るように命じると白い靄の様なものがブレスレットに吸い込まれる。
よし、これで準備完了だ。
職員が戻ってくる前に急ぎ転送装置に手を乗せて七階層へ移動。
一瞬の暗転の後、目の前に広がっていたのは猛吹雪の雪原だった。
一瞬で体温が奪われ慌ててマントで体を覆い保温スキルを発動する。
「スキルがあってやっとこれか、やっぱり寒いな。」
保温スキルがあれば寒さを感じないかと思ったが残念ながらそういうわけではないらしい、それでも十分我慢できる範囲内だしこのために防寒着もしっかり着込んできたので探索するのに問題はないはずだ。
「リル、行くぞ。」
「わふ!」
再びブレスレットからリルを呼び出してわしゃわしゃと頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。
流石フェンリル、この寒さでも全く問題はないらしい。
マントを体に巻き付けつつ、フードをかぶりネックウォーマーで口元を覆いながら雪原を進む。
七階層に出るのはアイシクルエイプとイエティの猿系コンビ。
普通ならアイシクルエイプが雪の中を駆け回り氷のつぶての入った雪玉を投げつけてくるという中々に鬼畜な攻撃を仕掛けてくるのだが、この間の調査ではあまりの寒さにほとんど活動せず、雪のくぼみなどで固まりながら暖を取っていたんだとか。
魔物ですら活動できないほどの寒さ、唯一イエティが襲って来たらしいけど元々数が少ないだけにそこまで影響はなかったと報告会で聞いている。
ということはこの階層はただ移動するだけで問題ないはず、可能ならスキルを収奪しておきたいところだけど十中八九雪玉を投げるスキルだろう。
今のスキル構成は保温が三つ、外皮が一つ、エコーが四つ。
エコーはこの日のために武庫ダンジョンでしっかり収奪しておいた。
索敵はリルがいれば何とかなるけれど、罠とかこういう視界不良の環境ではエコースキルがその真価を発揮してくれるはず、保温スキルはマストとして外皮は結局使い道が分からず残ったままだ。
予備としてスキル枠は開けてあるのでもしイエティに遭遇した場合はそっちのスキルを収奪してみよう。
「リルはいいなぁ、雪の上を軽々歩けて。」
雪の上をサクサク歩くリルを先頭に、かんじきを履いて雪に沈まないようにしながらダンジョンの奥へと移動する。
魔物が襲ってこないとはいえ歩けど歩けど先は見えず、体力だけが奪われていく。
もし保温スキルが無かったらもうとっくに根を上げて地上に帰っていることだろう、ほんと保温スキル様様ってやつだ。
「グルルルル・・・。」
「お、いたいた。」
リルが唸り声をあげながら吹雪の向こう側を睨みつける。
俺も武器を手に集中すると、向こうの方にアイシクルエイプの集団を発見。
雪原に穴を掘ってペンギンのように体を寄せ合っている。
ダンジョンに吸収されていないということは生きているんだろうけど、話に聞いていた通り向こうもこの寒さでは戦いを挑む気はなさそうだ。
お互いに戦う気が無いのならさっさと通り過ぎるのが吉。
「なーんていうと思ったか?」
普通なら逃げの一択、だがせっかく経験値が目の前に集まっているのにそれをみすみす逃すのはもったいない。
調査隊はこの寒さの中で戦うのを避けたんだろうけど俺には全く問題が無いのでこのために用意したとっておきを準備する。
カバンから取り出したるは少し湿った紙の刺さった茶色いビール瓶が二本とオイルライター。
吹雪に背を向けて風を避けつつライターを使って紙に火をつけると、勢い良く燃え上がったそれは吹雪に消えることもなくもえつづけている。
もう一本にも火をつけると狙いを定めてアイシクルエイプの固まる穴へ投擲、最初の一本は残念ながら穴の手前で落ちてしまったけど、二本目は見事に穴の中へと落ちていった。
いきなり落ちて来た火に大騒ぎをするお猿さんたち。
そのまま穴から逃げ出すよりも早く穴の手前から火柱が上がり、それから少し遅れて穴の中からも同じような火柱が立ち上った。
「流石ガシュリーンオイル、燃え方が半端ないな。」
今回用意したのはダンジョンでしか手に入らない特別な物。
B級ダンジョンにあるガシュリーンと呼ばれる燃える木の樹液はあまりの火力にダンジョン外への持ち出しが制限されるほどの危険なものなのだが、今回は鈴木さんに無理を言って特別に分けてもらうことができた。
もちろん取り扱いには細心の注意を払ったけど、その甲斐あってアイシクルエイプの殆どが燃え尽きてしまったようだ。
後はリルが雪の上を駆け抜けて残党を攻撃すればアッという間に退治完了。
火の収まった穴をのぞき込むと毛皮と爪がいくつも転がっていた。
うーん、道具を使って攻撃してもレベルが上がるって聞いたことあるけど残念ながらこの程度ではダメだったか。
でもまぁ多少のプラスにはなっただろうし素材もゲットできたので文句はない。
瓶の在庫はあと6本。
ここで全部使う予定なので引き続き探しながら進むとしよう。




