55.倒れていた人を助けました
川西ダンジョン三階層。
二階層のおどろおどろしい雰囲気とは一変、かび臭い空気が吹くだけの荒野が広がっていた。
ここは篠山と違ってフィールドダンジョンじゃなかったはずだけどいったいどういうことだろうか。
「和人さん、向こうに壁がありますよ。」
「ってことはものすごい幅の広い通路ってことになるのか。」
「多分そうだと思います。リルちゃんが・・・帰ってきましたね。」
「ほんとダンジョンって何でもありだなぁ。」
前言撤回、あくまでも通路型のダンジョンみたいだけどここまでくるとその境界も曖昧な気がしてきた。
今のところ魔物の姿はないけれどどうやらすんなり地上には戻らせてくれないようだ。
魔物の気配もないので一度休憩してから探索を開始。
本当は1時間ぐらいゆっくりするつもりだったんだけど休憩中に痛覚耐性が切れてきて猛烈な痛みが襲ってきたので慌ててスキルを使って対処したものの、スキルがなくなったときが大変なことになるのは目に見えている。
それまでに何としてでも上に戻ってポーションか何かで回復しないと大変なことになるだろう。
いや、マジで痛すぎて声を我慢するのが限界だった。
あの状況で探索とか無理、絶対に無理。
そんなわけで元気の有り余っているリルに先行してもらいながら出来るだけ最短距離で駆け抜けることにしたわけだが、そううまくいかないのが世の常というやつだ。
「また分かれ道か。」
「クゥン・・・。」
「いや、リルが悪いわけじゃないんだ。むしろよく頑張ってくれてる、上に戻ったら肉食わせてやるからもう少しだけよろしくな。」
会話はできないけど言葉の意味は分かるので尻尾を動かすことでYes/Noを判別するすべを考案、偵察から戻ってきたリルとコミュニケーションをとりながら先に進むも、広い通路にいくつもの細い通路が伸びているようで想像以上に探索は難航していた。
時間だけが過ぎていき、早くも二回目のスキルを使用している。
【リビングデッドのスキルを使用しました。ストックは後二つです。】
「和人さん戻りました。」
「どうだった?」
「左側は行き止まりですね、そっちはどうでしたか?」
「右も全部行き止まり、ってことは結局先に進むしかないのか。」
リルが持ち帰った情報をもとに二手に分かれて通路を確認するも軒並みハズレ、死霊の姿もないしなんとも拍子抜けな感じではある。
が、油断は禁物。
さっきみたいに一か所に固まっている可能性もあるので気を抜けないのがつらいところだ。
再び移動を開始し、リルが見つけた分かれ道を右へ。
最初は広かった通路も枝分かれするうちにだんだんと狭くなっているのか左右の壁が見えるようになってきた。
「あっ。」
「どうした?」
「気配がします。」
「ってことは魔物か。」
「多分ですよ?でも何か違うんです。」
桜さんの直感スキルが何かに気が付いたらしくそれと同じくリルも警戒するように周囲の匂いを嗅ぐ。
そして顔を右に向けるとそこには細い通路があった。
そういうスキルを持たない俺でさえヤバそうな雰囲気を感じる。
何となく広い道が正解であっちは間違いだと思うんだけど、ヤバいはずなのにいかないといけない気もする。
「どうする?」
「・・・行きましょう。」
「マジか。」
「聖水は温存できていますし、数が多かったら投げつけるだけでも効果はあります。」
「武庫ダンジョンでもそのスキルに助けられたしなぁ、行くしかないか。」
あの隠し部屋を見つけられたのも桜さんの直感スキルがあったおかげだし、それに従っておいて間違いはないだろう。
まぁ魔物が出てきてもなんとかなる・・・はず。
リルを先頭に右側の細い分かれ道をゆっくりと進んでいくのだが明らかに空気が変わっていくのが分かる。
それは桜さんも同じようでお互いに聖水を頭から振りまき最悪の状況に備えることにした。
「・・・来ます!」
念のためと足元を見ていた時に桜さんの声が聞こえ、ハッと顔を上げると同時に黒い何かが目の前を横切った。
右の壁から左の壁、今度は足元から天井へといくつもの影が
「レイス!しかもこんなにたくさん!」
「魔物がいなかったんじゃなくここに集まってたのか。」
「でもなんで?」
「わからないけど気づかれた以上どうにかするしかないだろ。リル、遠慮なくやっていいぞ!」
物理攻撃は聞かなくてもリルの氷のブレスなら多少の効果はあるはず、こちらに気づいた無数の影が襲い掛かってくるよりも早くブレスが影を凍らせていく。
とはいえ一時的なものなので桜さんが聖水をかけたショートソードで切りかかると影がブワッと霧散して消えていった。
弱いと言えば弱い、だがそれも聖水に守られているからであって体にかけた聖水がシュワシュワと蒸発していく度に体が重たくなっていくのが分かる。
これがすべてなくなったらどうなってしまうのか、そんな不安を感じながらもレイスを切り伏せながら進む桜さんとリルを追いかけていたのだが彼女達が突然立ち止まった。
「どうし・・・。」
「和人さん聖水!」
「お、おぅ!」
桜さんから鋭い指示が飛んできたので慌ててポケットの中に入れておいた聖水を手渡すと、それを受け取るやいなやまるで野球選手の様なフォームで壁に向かって投げつけた。
勢い良くぶつかった瓶がガシャン!という破砕音と同時にあたりに飛び散ったかと思ったら耳をつんざくような悲鳴が壁の向こうから聞こえてくる。
それと同時に黒い靄が壁から吹き出し、床にたまっていたやつと一緒に霧散した。
「え、人!?」
「リルちゃんブレス!和人さんはあの人を担いでください、逃げましょう!」
靄の下から現れたのは小さな子供、だがその子の心配をするよりも霧散したはずの黒い靄は天井付近に集まりどんどんと膨れ上がっているのに気が付いた。
あれはヤバい、そう思うや否や倒れていた少女を無理やり抱き上げて一目散に逃げだしていた。
「なんだよあれ。」
「わかりません!」
「だよなぁ。」
横からリルが俺を追い抜き、大きな通路に出たかと思ったらまるで出口が分かっているかのように一目散に走り抜ける。
腕の中でなんとなく体温を感じるので生きているのかもしれないけど正直確認する時間がない、振り返らなくてもわかるプレッシャーを感じながらただひたすら先を行くリルを追いかけ続けた。
息が上がり腕がプルプルするも足を止めることはできないしカバンを背負っているから背負うことも出来ない。
走って走って走り続けて、小さな小部屋についたところでリルが再び後ろに回り込んだ。
「左上にブレスだよ!」
「ガウ!」
「和人さん、聖水もう一つお願いします。」
「予備は後三つしかないからな。」
「大丈夫です、たぶん。」
「多分かよ!」
ブレスを受けて一時的に動きが遅くなった靄めがけて再び聖水が投げ込まれ、散り散りになったところへ桜さんが切り込んでいく。
俺も突撃したいのだが腕の中の少女を落とすことも出来ずただそれを見守ることしかできなかったが、しばらくして靄を手で払うようにしながら桜さんが戻ってきた。
「いきましょう!」
「倒さなくていいのか?」
「あんなの相手するぐらいなら逃げます!無理です!そもそも私幽霊とか大っ嫌いなんで!」
「いや、今更それ言うなよ。」
ここにきてまさかのカミングアウト。
さっきから随分と指示がキレキレだとおもったら怖くてそうなってたのか。
そんなに怖いのなら先に言ってくれれば対処のしようもあったのにと思いながら小部屋奥の通路を進むとやっと下に降りる階段が姿を現した。
名誉よりも儲けよりも自分の命、ってことで再び集まった靄の塊が俺達に襲い掛かるよりも早く転がり落ちるように階段を駆け下りるのだった。




