51.ダンジョンの中はちょっと変わっていました
「よく戻った、その様子だとあの修羅の地を超えたようだな。」
「お陰様で。」
「地上はさぞ温かいだろう、急ぎギルドに戻り暖を取るがいい。」
「そうします。」
今日も入り口に立っていた忍者職員さんに挨拶をしつつその足で探索者ギルドへ。
この前の一件もあってか受付で特に騒がれることもなく淡々と手続きをしてくれたので、回収した素材をすべて買取に回して更衣室の風呂へと向かう。
このギルドのいいところはシャワーではなく広い風呂にはいれることだよなぁ。
保温スキルのおかげもあって凍傷とかそういう心配をしなくてもいいんだけど、それでも冷えるものは冷えるので湯船に足を入れると前以上にジンジンとした熱を感じた気がする。
「あぁぁぁぁきくぅぅぅぅ。」
肩まで湯につかると思わず声が漏れてしまった。
ほかに探索者がいないので変な目で見られることはないとはいえ、気を付けないと。
そのまま壁にもたれながら目を閉じて半分眠るように大きな風呂を満喫する。
いままでリルを風呂に入れたことはなかったけど、アレだけ返り血を浴びてるのにいつも毛並みはフサフサだし汚れてないのが不思議なんだがブレスレットの中に入ると綺麗になるんだろうか。
今度時間があったら風呂で召喚して洗ってやるとしよう。
「すみません遅くなりました。」
「大丈夫ですよ。」
前回の若い受付嬢とは違い今回の人は柔らかな笑みを浮かべながら静かにでもてきぱきと対応してくれている。
ライセンスカードの横には一枚の紙、そこに書かれていたのは持ち帰った素材の査定額一覧だった。
武庫ダンジョンでもそうだったがいつもは口頭での報告なのでこういうのがあるだけでも安心感が全然違う。
うーむ、これが経験というか実力の違いという奴だろうか。
「今回の査定額は全部で18万円、一番高い物はやはりツンドラベアの毛皮で7万円。次にスノーマンティスの鎌と羽、魔石は一つ5000円の固定買取りとなっています。」
「毛皮がこの値段ならそこだけ往復する人の気持ちもわかる気がします。実際階層は六階層はほとんど儲かりませんでしたし。」
「もうそこまで下りられたんですね。あの寒さの中進むのは大変だったでしょう。」
「それはもう、雪は膝まであるし吹雪は強いしで散々でした。」
「え?」
「え?」
なんでそんな反応をするんだろうか。
篠山ダンジョンの六階層から先は大変だって教えてくれたのはあのメガネの人、その言葉通り過酷な環境ではあったけどそれが当たり前じゃないのか?
「詳しく状況を教えていただけますか?ここ最近は奥まで潜る方がおらず正直なところ六階層以降の情報が乏しいんです。もし環境が変わっているのなら一度調査員を派遣しないと。」
「つまり今日経験した環境が普通じゃないということですか?」
「少なくとも六階層で吹雪がふいていたという話は聞いたことがありません。冷気が強まり氷点下の気温の中で進みながら、ブレイザーとウォームラットの襲撃を警戒する。寒さだけでなく姿が見えにくい魔物に対処しなければならないことから六階層は嫌われているんですが、そこに吹雪まで加わるとよほど準備しないと走破は難しいでしょう。新明様がどのように攻略されたのかをぜひお聞かせいただきたいぐらいですが、とりあえず詳しい環境について教えてもらえませんでしょうか。もちろん情報料はお支払いさせていただきます。」
「・・・わかりました。」
別にギルドへ情報を提出する義務はないけれどそれが金になるのなら話は別だ。
リルのことは隠しつつ四階層からの一連の流れについて説明、やはり五階層までは特に変わった感じはなかったけれど六階層になったとたんに今までと明らかに違う環境になってしまっているらしい。
この状況を加味してギルド内で探索隊が編成され速やかに調査が行われるということになったようだ。
因みに情報料は5万円ほど、ゴールドカードの二割増しも含めて全部で27万円がカードの中に支払われた。
「ありがとうございました。」
「本当に調査隊には参加されないのですか?かなりの報酬をお支払いさせていただきますし、参加するのは高ランク探索者ですから見学するまたとない機会ですが。」
「今日はもう疲れましたし、ダンジョンに異変が起きているのならそれが解消されてからまた潜りたいと思います。その間は記録期限も延長されるんですよね?」
「そうなります。」
「ならその期間を使ってゆっくりします。レベルは上げられないので色々と準備しておかないと。」
本当は桜さんと別のダンジョンを見に行ったりしたいけれど、下手に潜って基準以上のレベルになるのもあれなので今回も準備の時間をしっかりと取ろう。
あの環境が異常だったと言っていたけど、寒さが強くなることに変わりはないみたいだし保温スキル以外の対策が必要だと感じたことに間違いはない。
七階層以降は環境以外に魔物もそれなりに強くなるはずだし、いくらリルが一緒とはいえ絶対に大丈夫と言えるだけの実力があるとも思っていない。
まぁ、まだ外皮スキルとか試していないのもあるからそれ次第では何とかなるかもしれないけれど、収奪スキルの有効性を確認する意味でも下準備はしっかりとする必要がある。
それに収奪スキル無しで篠山ダンジョンに潜るのは危険なうえにスキルの存在をばらすわけにもいかないので、必然的に誰かと潜るという選択肢がなくなってしまうんだよなぁ。
ということでギルドのお誘いは丁重にお断りしてひとまず家路につくことにした。
電車に揺られて一時間、心なしかほかの探索者の視線を感じながらも何事もなく電車は最寄り駅付近に滑り込む。
「和人さん!」
「あれ、桜さんも今帰り?」
「はい!」
改札を出ようとしたところで後ろから声をかけられ振り返ると、同じく探索から戻ってきた桜さんとかちあった。
そういや今日は実家で訓練してくるって言ってたような気もする。
ダンジョンでレベルアップする度に腕力とか脚力とかそういうのが変わってしまうから、そういうのを修正してもらいにいくらしい。
先生はなんとレベル50超え、今でも現役でA級ダンジョンに潜っているんだとか。
マイナー武器を使っているからほぼ自己流だし一度そういう訓練を受けた方がいいんだろうなぁ。
「今日はどうでしたか?」
「とりあえず七階層まで潜って帰ってこれたよ。」
「すごい!私も行けそうですか?」
「んーどうだろう、魔物が強いっていうよりも環境が厳しくて難しいっていう感じだからお金を稼ぐ以外にはあまり行かないかなぁ。」
「そっかぁ、次のダンジョン探しているんですけど一人だと父がまた怒るのでD級には行かせてもらえないんですよね。」
改札を抜け、家までの道をのんびりと歩きながら今日あったことを報告する。
まるで家族のような時間、そういうのと無縁の生活だっただけに不意に込み上げてくるものがあったが溢れてくる前になんとか抑え込むことができた。
「和人さん?」
「あぁごめん、目にゴミが入ったみたいで。」
「大丈夫ですか?」
「もう取れたから大丈夫。それと篠山ダンジョンがしばらく調査のために封鎖されるからそっちの手伝いもできそうなんだ。レベル制限もあるから前みたいに運搬メインだけど、リルがいるからD級でもいけるんじゃないかな。」
「それじゃあ、明日は川西ダンジョンにしましょう!約束ですよ!」
子供みたいにぴょんぴょんと飛び跳ねる桜さん、その無邪気な姿に思わず笑いながら、チクチクと胸を刺すよくない感情を心の奥底へグッと押し込んだ。




