50.買い求めた装備は優秀でした
呼吸をするだけで入り込んだ冷気が体内から熱を奪っていく。
寒い、マジで寒い。
あまりに環境の違いに一瞬我を忘れたが、すぐに気持ちを切り替えて収奪した保温スキルを発動。
だが、体は温かくなるものの今までのように全く寒くないというわけにはいかないらしい。
保温スキルがあるからこの程度で済んでいるけど、無かったら先に進むことすら難しい。
そりゃみんなここで引き返すよなぁ。
俺の場合は保温スキルに加えてブリザードイーグル用に買ったホワイトベアのマントがあるからこれをしっかりと固定すればなんとか耐えることができる。
このまま下に行けば行くほど寒くなるとして一体どこまで冷え込むんだろうか。
「リルは・・・大丈夫そうだな。」
「わふぅ?」
流石フェンリル、見た目が小さくても氷狼の長としてのポテンシャルは十二分にあるらしい。
この環境の中でも今までと変わらずむしろより元気になっている感じすらする。
このぐらい寒いほうが本来の実力を発揮できたりして、犬は喜び庭駆け回りならぬリルは喜びダンジョンを駆け回るってな感じだな。
「ここから魔物が二種類出てくるから気を抜かないように、特に一匹は臭いがないから気をつけてくれ。」
「ウォン!」
「任せとけって?はは、頼りにしてる。」
臭いだけでなく気配や魔素なんかも感じられるからおそらく大丈夫だろうけど俺は俺で気をつけないと。
篠山ダンジョン六階層に出てくるのはアイスブレイザーとウォームラット。
アイスブレイザーの方は実体を持たない珍しい魔物で、普通に攻撃しても霧散するだけでダメージを与えられない非常にやっかないな存在。
魔法を使ってくるわけではないけど、体にまとわりついて体温を奪い動けなくするというこのダンジョンの仕様を考えるとかなり危険な相手であることに間違いない。
実体は持たないが属性のついた攻撃が通るようで、何かしらの武器があれば対処できるとは言われているけれどその武器はなかなか高額なのでそれもこの階層を忌避する理由だろう。
もう一種類のウォームラットはこの環境で生きるのに特化したネズミの魔物で、自らの体を温め続けることで冷気に対抗しているらしい。
その分かなりのエネルギーを消耗するからか常に腹を空かせており、エサになるものは群れでなんでも食い荒らしてしまうんだとか。
動けなくなったところを生きたままネズミに食われる恐怖、想像すらしたくない。
もっとも特に強いわけでもないので油断しなければ蹴散らすことは容易ってのが唯一の救いだな。
吹雪の中、左手をおでこに当てて視界を確保しながら膝まである雪をかき分けつつ先へと進む。
スノーラビットから保温スキルを収奪していなかったら絶対に先へ進めなかっただろう。
いくらマントで冷気を防げるとはいえ足元から登ってくるものは対処できないし、足が悴んでしまって動けなくなる危険も十分にある。
その上なけなしの体温を奪ってくるとか、環境で殺しにくるのってマジでずるくないか?
「わふ!」
「来たか、どっちだ?」
リルの鼻先を目で追いかけると真白い吹雪の向こうにモヤにような何かが浮いているのが見える。
それが何かと言われると答えようがないけれど、確かにそれはそこにいるようだ。
ふわふわと左右に揺れながらこちらに近づいてくる何か、そいつが手の届く範囲まできたところで二つに割った棍を素早く動かして攻撃。
特に当たった感触はないのだけれどそれは空中で燃えあがり、霧散すると同時に何かが足元にポトリと落ちた。
赤紫色の小さな結晶、魔石で間違いないだろう。
正直何もなかった空間から魔石が降りてくることに違和感を感じるんだが、ダンジョン内で外の常識通じると思ったら大間違いだ。
「実感はないが倒したのは間違いない、か。振り回すだけで倒せるなら楽なもんだが、リルがいなかったら絶対に気づかなかったな。」
あそこで注意を促されなかったら何も気にせずまっすぐ進み、モヤの餌食になっていたことだろう。
いくら保温スキルがあるとはいえ直接冷やされたら体温は下がるだろうし、それが群れで襲ってきたらすぐに動けなくなるはず、ほんとスキルとリルのおかげだ。
その後も何度かブレイザーに襲われたもののリルが知らせてくれるおかげで被害はなかったし、ウォームラットの群れもリルのブレスを浴びせると動けなくなるのかさほど苦労することなく撃退することができた。
寒さに強いといわれるネズミも想定以上の寒さには弱かったらしい。
他の探索者だったら寒さとブレイザーの襲撃におびえながら足場の悪い中でネズミの群れと戦うという苦行をしなければならないのにそれをしなくて済んだのはこれも全てスキルと買い求めた装備のおかげ。
昔の俺なら絶対に手が届かなかった装備だけど、ダンジョンに潜る際は多少無理をしてで必要な道具や装備は準備しなければならない、それを実感するいい機会になった。
「お、見えて来たぞ。」
探索を開始して数時間。
途中、雪を集めてかまくらの様なものを作り休憩をはさみながらなんとか階段を見つけることができた。
さっき手に入れたツンドラベアの毛皮の上に座ると思った以上に温かく、マントを頭からかぶればほとんど冷気を感じることなく休むことができた。
リルがいれば魔物も怖くないしなんなら足元にいてもらえるだけで温かい。
ダンジョンもまさかこんな簡単に走破されるとは思っていなかっただろうなぁ。
「やれやれ、話には聞いていたけどここまで大変だとは思わなかった。そりゃ走破する人も少ないわけだ。」
階段を下りながら改めてダンジョンの鬼畜仕様に苦笑いを浮かべてしまう。
魔物で殺すのではなく環境で殺しに来るのはちょっと想像していなかった。
そもそもなぜダンジョンが存在するのか、その辺もまだまだ解明されていないんだけど何かしらの理由はきっとあるんだろう。
でもまぁそういう難しいのは偉い人に任せておいて、俺みたいな凡人はダンジョンで稼がせてもらえればそれで十分、別に漫画やゲームみたいに世界を救うとかそういうことがしたいわけでもないしな。
とりあえず今の目標は実績を積みながらCランクの梅田ダンジョンに潜ること、そしてお金をためてタワマンを買うことだ。
探索者向けタワーマンションには練習場の他、武器や防具の工房や道具屋なんかも併設しているらしいのでわざわざギルドで場所を借りるとかしなくても済むらしい。
探索者憧れのタワーマンション、お値段なんと三億円から!
今までじゃ絶対無理だったけれど、今の稼ぎを考えたら決して不可能じゃない値段だけに俄然やる気がわいてくる。
「ま、とりあえず今は上に戻ってゆっくりしよう。」
階段を抜けるとそこは氷の洞窟だった。
天井からは巨大なつららが伸びており、壁は分厚い氷で覆われている。
フィールド型ダンジョンでありながら閉鎖的な空間に違和感を感じながらも、一本道ではなさそうなので次はここを探索しながら進まなければいけないようだ。
吹雪は収まったものの今まで以上の冷気が足元から襲ってくる。
よし、帰ろう。
急ぎ階段横の転送装置に手を乗せて地上へと戻る。
一瞬の暗転の後たどり着いた地上はまるで常夏の様な温かさだった。




