49.聞いていた話は本当でした
篠山ダンジョンもここを超えると折り返し。
そんな局面で探索者を待ち受けているのは白い暴走機関車ことツンドラベア。
鋭い爪は硬皮装備などたやすく切り裂き、あの巨体で突進された日にはアイアンタートルだって無事では済まないだろう。
見た目のわりに動きも早く分厚い毛皮は少々の攻撃ではびくともしない。
ここだけ切り取ればこれでE級ダンジョンなのかよ!と思わず言いたくなる強さではあるのだが、そのランクであるのにはもちろん理由があるわけで。
「リル、攻撃はこっちでするから出来るだけヘイトを稼いでくれ。無理に攻撃する必要はないしヤバそうならちゃんと逃げるんだぞ。」
「わふ!」
「よし、それじゃあサクッとやったりますか!」」
休憩も済ませてエネルギー充電完了、フィールド型ダンジョンでも階層主のいる階は似たような作りになっているようで通路を歩いてすぐに広めの空間に到着した。
それでも洞窟型と違ってかなりの広さがあり、3mぐらいの岩が至る所に転がっている。
なるほどこういうオブジェクトを使いながら倒せってことか。
その岩場のど真ん中で優雅に昼寝を決め込んでいるのがこちらの階層主ツンドラベア。
一定の距離まで近づいた瞬間に顔を上げて周りの匂いを嗅ぎ、そしてぐるりと上半身を回してこちらを向いた。
あ、喰われる。
ダンジョンに潜ってそれなりに魔物と戦っては来たけれど、このサイズの魔物に出会ったのは今回が初めてかもしれない。
ゴーレムもデカいと言えばでかいけど、あいつは生きているわけじゃないし実際にあんな目で俺を見てくることはなかった。
『餌が来た』
そんな目で俺を見ただけでなく舌なめずりまでしたら間違いはないだろう。
二本足で立ちあがりフィールド中に響き渡る咆哮でこちらを威嚇、ドスンと前足を下ろすと同時に話に聞いていた以上の速さで突進してきた。
素早くリルと左右に分かれて距離を取ったのだが、こっちの方が食うところが多そうだからというような理由で俺を追いかけてくる。
いや、そう思っているかは知らないけどともかく俺を狙ってドスンドスンと走ってくる。
「なんでこっち来るんだよ!」
途中リルが攻撃してくれるものの俺以外は眼中にない!という感じで全無視を決め込み、じわじわと距離を詰められる。
うーん、隙を作らない事には攻撃することも出来ないんだが、とはいえ走るのをやめたら間違いなく食われるだろうから今は追いかけっこをするしかなさそうだ。
「グオォォォ!」
野太い声を上げながら白い巨体が巨岩に突進、そのまま止まるのかと思ったらまさかの岩をぶち抜いて突っ込んでくる。
いや、これを使えってわけじゃないのか!?
「くそ、いつまでも逃げてたらジリ貧か。かくなる上は・・・。」
いい加減逃げ回るのにも限界を感じて来たので岩場に隠れつつツンドラベア対策の道具を準備する。
強さだけ見ればCランクにも引けを取らない魔物なのだが、一番の弱点はずばり炎。
攻略方法としては誰かがこんな感じでヘイトを稼いでいるうちにどこかに油をまいておきそこに誘導してから着火するのが一般的なんだとか。
もちろん俺もそれを実行するべく準備はしてきたんだが、残念ながらそれを使う暇がない。
「あーもう!ちょっとは待てっての!」
ツンドラベアの突進を受けて隠れていたオブジェクトにひびが入るけれどそれが崩れるよりも早く再び走り出した。
「リル!10数えたらその実を踏み潰せ、踏んだらすぐに逃げろよ!」
走りながら叫んだので返事は聞こえなかったけどおそらく伝わっているはずだ。
背後にツンドラベアの足音を感じながら心の中で数を数え、きっかり15数えたところで前方に飛びながら体をくるりと回転させる。
迫ってくるツンドラベア、だがその巨体の後ろからオレンジ色の何かが迫っているのが視界の端に確認できた。
どうやらリルはボムツリーの実をしっかりつぶしてくれたようだ。
後は反転しながら振り上げた手を勢いよく振り下ろして手に持っていたブツを投げつける。
ツンドラベア対策に持ってきたとっておき、それが奴の体にぶつかると同時にオレンジ色の何かが奴の背中に襲い掛かった。
「グオォォォォ!」
追いかけるのを止め悲鳴を上げながらその場でのたうち回る暴走列車。
成功するかは五分五分だったんだがどうやらうまく成功してくれたようだ。
「まさか後ろから炎が飛んでくるとは思わなかっただろ?」
投げつけたのはガソリンの入った革袋。
逃げ回りながら袋の蓋を開けて導火線のようにガソリンをまいていたのだが、そのままでは火がつかないので威嚇用に持ってきたボムツリーの実をリルに踏んでもらうことで着火に成功。
後は導火線代わりのガソリンを辿ってきた炎が到達する前に残りをぶちまけてやれば後は一気に燃え広がるというわけだ。
いくら岩をもぶち壊すツンドラベアも炎には勝てないようで、次第に動きが弱くなってくるけど油断は禁物。
炎が消えてもリルと共にゆっくりと近づいたら・・・。
「グァゥ!」
予想通り弱弱しくはあるものの鋭い爪を振り回して最後の抵抗をしてくる。
「そんなに熱いのが好きならこれも好物だろ?」
最初の勢いはどこへやら、よろよろと左右に揺れながら襲い掛かってくるツンドラベアの攻撃を素早く回避して裏へと回り火水晶の棍を思い切り頭へ叩きつける。
火属性攻撃も弱点の一つ、むしろこのために買い付けたともいえる装備のおかげで最後の力を使い果たしたのかドスンとその場に倒れこんだ。
【ツンドラベアのスキルを収奪しました。外皮、ストック上限は後三つです。】
地面に吸い込まれる前にスキルを収奪、毎回思うが名前だけで判断できないスキルが多いよなぁ。
保温はなんとなくわかるけどスパイクは攻撃っぽい感じだったし、今回もその部類に入りそうだ。
外皮、外皮ねぇ。
ツンドラベアから察するに分厚い皮ってことなんだろうけど、これを使うと毛皮でも生えてくるんだろうか。
しばらくするとところどころ真っ黒に焦げた死体が地面に沈み、代わりに純白の毛皮と爪が残っていた。
燃やそうが何しようが綺麗な素材が残るのが不思議でならないがそのおかげで素材の状況を気にせず攻撃できるのはありがたい。
武庫ダンジョンを攻略した時に買ったホワイトベアよりかは少し薄い毛皮、ツンドラの方が名前的に強そうなのにこっちの方が効果が弱いのはなぜなんだろうか。
これを何個も集めることで今使っているマントと似たようなものを作れるんだろうけど、何回も戦うのはちょっとめんどくさい。
同じ方法を使えば何度でも倒せるだろうけど今は記録更新に向けて七階層を目指しているので大人しく進むとしよう。
走り回りはしたもののそこまで精神的に疲れていなかったので装備を整えて奥の階段から六階層へと降りていく。
メガネさんの話じゃここから一気に難易度が変わるんだとか、それもあって五階層を往復して毛皮を回収する冒険者が多く、流通量が多い分そこまで値段は高くないんだよなぁ。
それでも武庫ダンジョンの素材よりかは高く売れるのでそれなりの実入りはあるはず。
階段を降り切り、一歩外に出た次の瞬間。
「寒!」
今までと明らかに違う冷気に思わず大きな声が出てしまった。
体を芯から冷やす冷気と1m先も見えないほどの吹雪が行く手を遮る。
話には聞いていたけれどあまりのギャップに思わず笑う事しかできなかった。
篠山ダンジョン後半戦、果たして無事に七階層まで到達できるんだろうか。




