47.別のダンジョンに潜ってみました
帰宅した後心配そうな顔で迎えてくれた桜さんにお礼を言いながら、向こうでの出来事について説明をした。
最初は自分のことのように怒っていた桜さんだったが次第に落ち着きを取り戻し、その流れで今後について話し合った。
「わかりました、篠山ダンジョンに関しては単独走破実績のためにリルちゃんと二人で潜るとして私とも潜ってくれるんですよね?」
「もちろんお父さんとの約束もあるから出来る限り一緒に潜るつもりでいるけど、実績のためにはこれ以上レベルは上げられないし戦闘には参加しない感じになるけどいいかな?」
「リルちゃんと一緒なので大丈夫です!ということは、和人さんが運搬人になるわけですよね?それならちょっと行ってみたい場所があるんですけど・・・」
「行ってみたい場所?」
桜さんの了承を取り付けて今回は運搬人として参加することにした。
戦闘に参加しなければ魔素を吸うこともないのでレベルアップすることもない。
まぁどうしても危なくなったら手を出すつもりでいるけれど、二人の実力なら大丈夫だろう。
そんなわけでブラック会社時代以来の運搬人としてダンジョンに潜ることになったわけだが、桜さんが選んだのは意外な場所だった。
「植物園全体がダンジョンになってるのか、知らなかった」
「最近ダンジョン化したので知らないのも無理ありません。広さのわりに出てくる魔物も特殊なのでランクはE級でも最低、新人向けとして使われることもないような場所なんですけど実はここにすごい物が眠ってるっていう噂なんです」
「すごいものねぇ・・・、それが本当だったら今頃たくさんの人が訪れてると思うんだけど」
「それはまぁそうなんですけど、行ったところで魔物がいないんじゃ行く意味もないじゃないですか」
「でもすごい物があるんだろ?」
「普通は見つけらないんですけど、リルちゃんがいれば大丈夫です」
今の説明だと何がすごくて何が大丈夫なのかさっぱりわからないが、まぁ気晴らしついでに行くとしよう。
運搬人用の大きなカバンを背負って向かったのは甲山ダンジョン。
お椀型の山の形が兜に見えるからというのが名前の所以らしいが、個人的にはてっぺんにある一本杉の下に兜が埋められたからという説を押したいところだ。
もっとも山頂にそんな杉はないらしいけどその方がロマンがあるだろ?
とまぁそんな山の山頂付近にあるのが今回の植物園、静かな公園の中にあり普段からあまり人が来ないような場所ではあるけれどなんでそこがダンジョンになったのかはさっぱりわからない。
一般的なダンジョンと違って特定の空間がダンジョン化しているタイプで一説によるとそこだけが別次元の同じ場所とリンクしているんだとか。
そういう特殊ダンジョンほど魔物が多かったりするのだが、どうやらここにはほとんど魔物が出ないらしい。
「それじゃあ行きましょう!」
「改めて聞くけど今回の目的は?」
「ずばりダンジョン野菜の収穫です!」
「野菜とはいうけど一応魔物なんだろ?」
「ですね、でも他の野菜と比べて栄養価も高いですし味もいいって評判なんです。今回はその中でも特に珍しいトリュフォーを探し出します。見つけると一個10万円以上で売れる超高級食材、ついでに他の野菜も持ち帰ればしばらくは困りませんからね。一個一個が大きいので誰かに運んでもらわないとだめなんですけど、今回は和人さんがいますから大丈夫です」
植物園というだけあって植物系の魔物が出てくるらしいけど、基本的に早く動いたりしないので不用意に近づかなければ問題ないはずだ。
そんな特殊ダンジョンで狙うのは超高級食材、見つかった履歴がありそのあとは一獲千金を狙った探索者であふれかえったそうだがなかなか見つからず今に至るというわけだ。
なるほどねぇ、わざわざ野菜を探しに来る人なんていないし宝探し感覚で楽しめそうだ。
植物園は思っているよりも広く、ガラス張りの空間がはるか遠くまで続いている。
ここがダンジョンじゃなかったらさぞ気持ちのいい空間だっただろうなぁ。
「リルちゃん、今回の狙いはこれだからね。他のお野菜も見つけ次第倒すからよろしくね」
「わふ!」
「和人さんは私たちが倒したお野菜を回収しつつ、ついてきてください」
「了解、しっかり頑張ってくれ」
トリュフォーの欠片をリルに確認してもらいその匂いを頼りに植物園の中を進んでいく。
降り注ぐ太陽がガラスを通過してきらきらと光り輝く、ダンジョン化の前はさぞ素敵な空間だったんだろうなぁとか考えながら、稀に出てくる魔物野菜を回収していく。
ダンジョンキュウリ、ダンジョントマト、ダンジョンジャガイモ、ダンジョンピーマン。
差別化するためとはいえこのネーミングセンスはちょっとどうかと思う。
見た目も大きさも普通の物とは違うけれど味は絶品と噂の新食材。
これがスーパーに並んでいるのを見たときは魔物だとは思わなかったが、実際に動いているのを見ると信じるしかないんだよなぁ。
稀に先を行く二人が倒し損ねた魔物がいるので隙を見て収奪スキルを発動する。
【マシンガンインゲンのスキルを収奪しました。散弾、ストック上限は後三つです。】
植物の間に隠れながら高速で種を飛ばしてくるというめんどくさい魔物だけど、軽く茹でてからマヨネーズをかけると最高に美味い。
収奪したスキルは予想通りな感じだったので二人の見ていないところで試し打ちをしてみた。
「おぉ、こりゃ面白い」
広範囲に大量の種を一気にばら撒くので隠れている魔物を探し出すのにも効果的かもしれない。
先を行く二人が残していった野菜を回収しつつ収奪スキルで散弾を回収しながらいざというときに備えておく。
しっかしこの野菜ってなんでこんなに重いかなぁ。
レベルが上がったことで筋力も上がっているはずなのに実力はまだまだらしい。
これを運ぶ運搬人って実は無茶苦茶強いんじゃないだろうか。
「あれ?」
「どうかしたのか?」
「誰かいるみたいです」
「野菜しかないのにか?」
「お野菜も出荷すればお金になりますし、他に誰かいてもおかしくはないんですけど・・・」
リルがぴたりと止まりクンクンと先の匂いを嗅ぐ。
おそらく直感スキルが先に反応したんだろう。
一度リルには戻ってもらい、少し奥まった通路の域を警戒していると2mは越えてそうな大きな影がのそっと姿を現した。
「え、あ、こんにちは!」
「・・・こんにちは」
影の正体は背丈以上もある巨大な運搬用鞄。
パンパンに膨れ上がったそれには大量の野菜が詰まっているんだろうけど、驚くべきはそれを背負う人物だ。
桜さんぐらい、いやそれよりも背の低い少女が背丈の倍以上もある運搬用カバンを涼しい顔で背負っている。
幼い見た目に巨大な鞄。
スキルのような特殊な何かがないと実現できないアンバランスな状態に思わず目が点になってしまった。
そんな目で見られるのは慣れたものという感じでペコリと一礼すると彼女はスタスタと目の前を通り過ぎていってしまった。
「すごかったですね」
「あれが運搬人、本物はやっぱり違うな」
「和人さんも初めてですか?」
「あぁ、あの見た目であの量を持ち運べるんだもんなぁ。こっちはこの量でフラフラなのに」
「女の子なのに凄いです」
仮にスキルなのだとしたら女性でも十分あり得る話しだけど、年齢もかなり若い感じだったしわざわざこのダンジョンにくるあたり何か特別な事情があるのかもしれない。
ま、気にしても仕方がないか。
「ワフ!」
その時だ、再び姿を現したリルが何かの匂いを嗅いで突然奥へと走り出す。
慌てて後ろを追いかけると植物園の一番奥の方で一心不乱に穴を掘っている。
純白の毛並みがドロドロになるのもお構いなく掘って掘って掘りまくって、そして何かを咥えて戻ってきた。
「あ!トリュフフォー!リルちゃんえらい!」
「おぉ!これが噂の超高級食材、噂は本当だったのか」
「わふ!」
「土の奥深くに埋まっているんで普通は見つけられないんですけど、リルちゃんの鼻ならもしかして!と思ったのが正解でした」
リルが掘り出したのは野球ボール大のサトイモっぽい塊。
手に持つだけで鼻を近づけなくても森の中に入ったような独特の匂いがしてくる。
うーむ、これ一つで一体どのぐらいの値が付くのか。
ほぼ魔物のいないダンジョンでもこんな風に楽しめるとは思わなかったが、これも桜さんとリルのおかげだな。
その日は大量の野菜とトリュフォーを手に武庫ダンジョン横のギルドへ凱旋、翌日以降再び多くの人が植物園を訪れるようになったんだとか。




