45.ギルドから呼び出しを受けました
桜さんも無事武庫ダンジョン走破を達成、早速お父さんに報告をして褒めてもらったんだとか。
ひとまず目的は達したので翌日は1日オフにして各々好きなように時間を使うことにした。
桜さんは朝早くからリルと一緒に近所の公園に散歩に行き、帰ってきたと思ったらそのまま買い物に行ってしまったようだ。
外出と入れ違うタイミングで起きた俺はそのままリルと一日中ゴロゴロするという有意義な休日を堪能。
探索することは大事だけどたまにはこうやって休まないと心が疲れてしまうんだよなぁ。
あくまでもこっちは日常であって探索は非日常、オンオフの切り替えを失敗して壊れてしまう探索者の特集も見たことあるし、何より探索者になってまだ一ヶ月ほどしか経っていない。
実績実績と頑張ってはきたけれど世間的に言えば駆け出しもいいとこなんだからそんな無茶しなくてもいいとおもうんだよな。
今の収入なら生きていくには十分過ぎるぐらいなんだから、無理せずゆっくりやっていこう。
そうしよう。
「呼び出し、ですか?」
「なんかそうらしい。よくわからないけど至急本部に来て欲しいって連絡があったんだ」
その日の夕方、そろそろ晩御飯の準備でもと思っていたところでスマホに着信があった。
見覚えのない番号だったけどとりあえず出てみたらまさかの探索者ギルドからで、急ぎ本部までと告げられ一方的に切られてしまった。
思い当たる節がないわけじゃない、だけどプライベートを無視して直接個人へ連絡してくるのはちょっとどうなんだろうか。
普通はギルドに顔を出した時に伝えるとかワンクッション置いたやり方があると思うんだが、それをすっ飛ばしても伝えたい案件だとしてもせっかく1日オフにしてゆっくりしていたのに台無しにされた気分だ。
そもそもギルド主導でオンオフの切り替えを!みたいな啓蒙してるんだからそれは守ってほしいよなぁ。
言ってることとやってることが違う、なんて文句を言いながらリルを撫でて心を落ち着かせる。
「昨日の走破した件ですかね」
「どうだろう、桜さんは呼ばれてないから篠山ダンジョンの件じゃないかな」
「一気に四階層まで行っちゃった件ですか?」
「その時変なこと言われたし、多分ね。まぁ行けばわかるしご飯作ってあるから桜さんはゆっくり休んでて」
桜さんの手にはたくさんの戦利品、別に同行してもらう必要もないしゆっくり休んでもらうとしよう。
一応リルにはついてきてもらい、私服のまま電車に飛び乗る。
向かったのは三宮にある兵庫探索者連盟の本部。
各ダンジョンに設置されているギルドの総本山みたいなもので、各都道府県がそれぞれの連盟を管轄しているとこの間教えてもらった。
更にいえばエリア毎にそれを統括する部署があり最終的に全ての探索者を管理するギルド本部に辿り着く。
呼び出されたのは間違いなくこの間の一件だろうけど、一体何を言われるんだろうか。
遅い時間にも関わらず受付に声をかけるとすぐに応接室へと案内された。
フロアは全てフカフカの絨毯が敷かれておりなんとも壁にかかっている感じだなぁ。
「新明様参られました」
「どうぞ」
中から帰ってきたのは女性の声、係の人に誘導されるまま開かれた扉を抜けるとドラマなんかでよく見る大きな商談机の向こう側に五人の男女が座っていた。
真ん中に50代ぐらいの少し怖い雰囲気のある女性、向かって右の二人が40ぐらいの筋骨隆々な中年男性と70はいってそうな年配男性。
反対側には同じく40ぐらいの優しい顔をした眼鏡の男性とまだ30代にもなってなさそうなギャルっぽい女性が座っている。
チグハグというかアンバランスというか、ここにいるんだから偉い人なんだろうけどなんとも違和感のある組み合わせだ。
「新明和人参上しました。あの、なにかしましたか?」
「まぁそう固くならないで。私は本連盟の代表兼摂津を担当している神部です。左から播磨を担当する鹿児さんと但馬を担当する白崎さん、右が丹波を担当する東宮さんと淡路を担当する赤石さん。いきなり名前を覚える必要はありませんが顔は覚えておいてください」
「わかりました」
いきなり名前を覚えろというのは昔から苦手なのでフォローは非常にありがたい。
とりあえず見た目はインパクトがあるのでそれだけは頑張って覚えよう。
他四人に見守られながら代表である神部さんが俺を呼び出した理由を話し始める。
内容は予想通りで、このためだけに呼ばれたのかと思うとちょっと残念な気持ちになってしまうが顔に出ないようにグッと堪えた。
「長くなりましたが貴方には是非各地域のダンジョンを巡って記録を更新していただきたいんです。もちろんレベルの制限から走破が難しい場合もあるでしょうけど、私たちの良さは五つの地域に点在するダンジョンの多さ。大阪の梅田ダンジョンや京都の清水ダンジョン奈良の斑鳩ダンジョン等各地に有名な所がたくさんありますが、まずは今探索している篠山ダンジョンから記録を更新していただき成長の足掛かりにしてください。私たちはそのための助力を惜しみません」
「あの、一ついいですか?」
「なんでしょう」
「それは強制ですか?」
各担当地域の偉いさんと思しき人たちと共に地元の良さを必死にアピールしてくださったのはありががたい?んだけども、そもそもの話それは強制なんだろうか。
単独走破記録と口で言うのは簡単だけど、それを実現するにはかなりの神経を使うし危険も伴う。
収奪スキルという特別なスキルがあるからこそ達成できたのであって、それが無かったらこんな簡単に達成できるものではない。
本人たちは助力を惜しまないというけれど結局の所走破するのは俺なわけだし、この人たちがそれを望むのは俺のためじゃなく自分のため。
正直なところ、わずかな報奨金のために命を危険にさらす必要があるのだろうか。
「自分、神部さんがここまで言ってくれてるのに調子乗ってるんちゃうぞ?」
「まぁまぁ落ち着いて」
「落ち着いてられるか。こんな新人のためにこんなところまで呼び出されて、その結果がこれやぞ?ちょっと実力があるからって好き放題言っていいわけやないんやぞ」
「ただ強制かどうかを聞いただけでなんでそこまで言われなければならないんです?」
「そもそもその質問がおかしいからや。やれと言われたら答え一つ、やりますしかない」
一体どの時代の話をしているんだろうか。
確かに探索者になるにはライセンスが必要だけど、それをもっているからと強制される決まりはない。
一応緊急時には召集される可能性はあると聞かされているけれど、それはダンジョンブレイクとか特殊な時だけであってこの人たちのように平時に要求されるものじゃない。
そもそもその考えが探索者をダメにするんじゃないだろうか。
なんとなくこんな風になるんじゃないかと思ったけど、まるで前の職場にいるかのような居心地の悪さに思わずため息が出てしまった。
「ひとまず落ち着きましょう。確かに新明さんの言うようにこれは強制ではありません。ですが、結果を出してくださるのであればしかるべき報酬と便宜をお約束します」
「報酬?便宜?いったいどんな便宜を図ってくれるんですか?」
「各ギルドを使用するにあたり優先対応をお約束しますし、素材買取りの価格や消耗品の販売に関して値引きなどの優遇措置を取らせていただきます。」
「それって・・・違法ですよね?」
「これらの裁量に関しては私どもに一任されています。なので迷惑をかけることはありませんし、法に触れるということもありません。ただ各ダンジョンを回って走破していただく、それだけでいいんです」
筋肉を威嚇に使う残念なオッサンを制してあくまでも冷静に話を進める神部さん。
便宜、便宜ねぇ。
別に優先してもらう必要もなければわざわざ値段を上げてもらう必要もない。
こっちにはゴールドカードがあるし、なにより興味のないダンジョンを走破させられる事に違和感がある。
命を懸けて得られる便宜がそれだけって・・・俺が新人だからそれしか出さないんだろうか。
とはいえここで下手にこじれたら篠山ダンジョンの探索にも支障が出そうだし、いざとなったら別の土地に移動して探索すればいいんだからここはおとなしく引き受けた方がいいのかもしれない。
世の中は下手に尖っているよりも長い物には巻かれるほうが平和に暮らせるというけれど、なんていうか非常にめんどくさいなぁ。
そういうのが嫌で仕事を辞めて探索者になったっていうのに、世の中そううまくはいかないものだ。
そう諦めて引き受けようとしたその時だった。
「その話、引き受けなくても大丈夫だよ」
聞き覚えのある声と共にポンと肩に手を置かれる。
慌てて後ろを振り返ると、そこには思いもしなかった人が立っていた。




