30.弱そうに思えたのは最初だけでした
「いや、今はちょっと無理だって!」
炎を吐きながら突進してくる火炎蜥蜴を闘牛のようにすれすれで避けつつ、上空から様子を窺う氷鷹を睨みつけてけん制する。
なんでこんなことになったのか、単純に言えば俺の油断と調子に乗ったのがすべての間違いだった。
シューティングシュリンプの水鉄砲を使えばフレイムリザードなんて楽勝だと思っていたのだが、それもスキルが有ったらの話であってそれが無くなった途端に一気に難易度が跳ね上がってしまった。
流石武庫ダンジョンで一番危険な組み合わせ、幸いブリザードイーグルのブレスはマントでどうにかなるもののそれでも急降下してくる攻撃は非常に危険なので常に上に意識を向けなければいけない。
加えてフレイムリザードは体にも炎を帯びており体当たりだけでなく近くをかすっただけでも火傷する可能性だってある。
これに関してはブリザードイーグルの氷風を使うことである程度対処できるけれど射程が短いせいでどうしても近づかなければならないのが欠点、オオサンショウウオみたいなちょっとどんくさそうな顔してるくせに見た目以上に機敏な動きをするから困ったもんだ。
そんなわけでスキルを使用しつくした後に攻撃するタイミングを逃してしまい、情けなくも二匹に追い回されているというわけだ。
とはいえこのまま逃げ回ってもいずれは倒さないといけないわけだし、なにより他のペアと鉢合わせする可能性だってある。
記録達成は今日しかないんだからいい加減覚悟を決めろ。
ちょっと行った際の通路がL字に曲がっていたので覚悟を決めて走り込み、問題無いのを確認してからその場で反転する。
ダンジョンで一番危険なのは角を曲がってすぐ出合い頭で敵に襲われる事、それは敵にとっても同じことだ。
向こうはこっちを視認していないし死角なのでどうしてもタイミングが遅れてしまう。
それを狙ってフレイムリザードの弱点である冷気をぶつけて体の炎を消し、その勢いで眉間に棒をたたきつければ対処できるはずだ。
エコースキルがあればなぁと無い物ねだりをしつつ、近づいてくる足音に全て意識を集中させながら姿が見えた瞬間にスキルを発動。
【ブリザードイーグルのスキルを使用しました。ストックはあと二つです。】
スキルを念じると同時に吹雪のような冷たい風が勢いよく突っ込んできたフレイムリザードに炸裂、口を閉じたまま顔面が凍ってしまい悲鳴を上げることが出来ないのを良い事に、棒がしなるぐらいの勢いで眉間に思いっきり棒を叩き込んでやる。
レベルが上がった事で腕力もかなり向上しているのか前はこんな風に使う事なんてできなかったんだが、どんどんと常人離れしていっているような気がしないでもない。
まぁ、それが探索者ってもんだし強くなる方が生きる確率が上がるんだからむしろ喜ぶべきなんだろう。
「よし、次!」
棒を頭に叩き込まれてフレイムリザードはその場で昏倒、すぐに収奪スキルを使ってスキルを回収しつつ遅れて角を曲がってきたブリザードイーグルめがけて下から上に棒を振り上げる。
流石に反応がいいだけあって直撃とまでは行かなかったけれど、それでもバランスを崩したように壁にぶつかってそのまま床に落ちてくる。
それ逃さず羽を踏みつけ、氷を吐こうと顔を上げたところに棒を突っ込んでやった。
ゴリッっていうかボキッていうか、そんな生々しい感触すら最近は仕留めた実感として考えるようになっている自分がいる。
まだ生きているようなのでそのままスキルを収奪、再び棒を押し込んでとどめを刺しておいた。
【ブリザードイーグルのスキルを収奪しました、氷風。ストック上限はあと一つです。】
やれやれ、やっと一息吐けた。
あの時角を曲がった先に魔物がいたり罠があったりしたらその時点で終わってたけど、まぁ終わりよければすべて良しってことで。
足元に転がる素材を回収しつつそのまま床にへたり込む。
本当はもっと見通しの良い所の方がいいんだけどさすがにもう限界だ。
カバンから雑に水筒を取り出し、こぼしながら喉に流し込んでからチョコレートを取り出して糖分も一緒に摂取しておく。
全ては俺の油断が原因だけど、スキルがなくなったとしても戦えない事もないって事はこれで解った。
あいつら結構単細胞なのでこれからは今の方法で戦えば何とかなるかもしれない。
本来は複数人で対処するのが普通だけにそもそも一人で戦うのがどうかしてるんだけど、それが出来るのも収奪スキルのおかげってもんだ。
「よし、行くか!」
最後に栄養補助食品的な物を胃に入れてから水分をしっかりととっておく。
こうすることでお腹の中で少し膨らんで空腹感を紛らわせることが出来るし、体力回復用の成分も入っているそうなので十階層まで持ってくれることだろう。
リュックを背負い直し靴紐や装備をもう一度確認、最後に棒を杖にするような形で立ち上がり先をじっと見つめる。
ここを越えればいよいよ武庫ダンジョンの主が待っている。
もちろん無事にそこまでたどりつけるかわからないけれど、俺を信じて待ってくれている桜さんやギルド職員のみんなのためにも、なにより自分のためにも頑張らなければ。
それでも油断は禁物、どうなるかは身をもって経験したので各個撃破を意識しながらダンジョンの奥へと進んでいく。
途中、怪しげな部分を確認棒で作動させながら遭遇する最強コンビを確実に蹴散らしていく。
途中で気が付いたんだが、火弾でブリザードイーグルを打ち落としてからの方が比較的スムーズに戦えるみたいだ。
やっぱりあいつに上から狙われていると思うように動けないので、それが無くなるだけで突進してくるフレイムリザードを簡単にあしらえる。
体に纏った炎がめんどくさいだけで猪突猛進型なので横に避ければすぐに後ろを取ることが出来た。
それならこんな高いマントを買わなくてもよかったかなとか思ってしまったが、何度か不意を突かれて氷の息を吐きかけられたのを助けてもらっているのでなかったらなかったでこんな簡単に進むことはできなかったんだろう。
多少のケガはあってもそこまで気にするほどじゃない。
そんなこんなで確実に魔物を仕留め、ついに十階層への階段に到着することが出来た。
次を越えれば武庫ダンジョンは無事に走破したことになる。
とはいえ階層主は最後にふさわしい強さなのは間違いないわけで、一応下調べはしてきたけれど倒せるかどうかは五分五分って所だろう。
勝てない相手ではない、だからこそ敵の雰囲気にのまれないことを意識していればなんとかなる・・・はず。
最悪やばそうなら尻尾を巻いて逃げればいいんだしその場合は記録なんてきれいさっぱり諦めるとしよう。
命を捨ててまでクリアする必要はないし、なにより桜さんを悲しませるわけにもいかない。
階段を降りきると五階層と違ってすぐそこに巨大な扉が待ち構えており、ご丁寧に休憩出来る椅子と机まで用意されていた。
ここで英気を養ってから突入しろという配慮だろうか、なんて優しいダンジョン・・・なわけがなく、確認棒で椅子を叩くと勢いよく椅子が左右に分かれた。
ご丁寧に尻もちを搗くであろう場所にはとげのようなものが仕掛けられているし、気を抜いて座った瞬間に倒れて大怪我するやつだよな。
こういう所まで気を抜かせないなんて鬼畜もいい所、この罠を設置したやつは絶対性格が悪いに違いない。
そんな罠にめげる事もなく最後の休憩を済ませ扉の前に立つ。
ここに戻ってくるのは勝利の後か、それとも敗走した時か。
この日一番の気合を入れて巨大な扉を両手で押すとかなりの抵抗の後、ゴゴゴゴと音を立てながら少しずつだが扉が開き始めた。
扉の向こうで待ち受ける階層主はいかなる姿か。
決戦の火ぶたが今まさに切って落とされようとしていた。




