20.爆弾は高速で投げるものでした
森の中を歩いているような錯覚はあるけれど、実際には決まった道を歩いているだけ。
他のダンジョンでは広大なフィールドっていうかエリアを走破するようなタイプもあるようだが、武庫ダンジョンは一般的な通路型で分岐は多いけれどよく見れば迷う心配はない。
時間的にそろそろ中盤ぐらいだろうか、このぐらいで引き返して次の探索に向けた準備をしないと・・・、そんな事を考えている時だった。
さっきまではダンジョンの通路が複雑に絡んだような配置だったのに突然天井の高いぽっかりと開けた場所に出た。
まるで階層主のストーンゴーレムと戦った時を思い出すドーム状の空間、その中央に本来ここに来るまでに遭遇するはずの魔物が群がっていた。
「げ、なんでこんな所にアシッドスライムが。」
ドームの中央にパインゼリーのような黄色いスライムが何匹も群がっていた。
動きを止めている感じではなくまるで何かを捕食しているかのよう、よく見るとその中心には真っ黒に変色した何かが透けて見えていた。
あ、これは見たらダメなやつだ。
慌てて目をそらしたけれどその先にあったのは煤で真っ黒に汚れた長剣。
ボムフラワーに攻撃されてダメージを受けながらもなんとかここに逃げ込んだところでアシッドスライムに襲われ絶命、あとは彼らの胃袋?に収められるのを待つだけって感じだろうか。
生きていれば彼女のように助ける事も出来たんだろうけど残念ながら死んでしまってはどうする事も出来ない。
俺にできるのは生きた証である探索者証を地上に持ち帰る事だけなのだが、それをするにもあのスライムをどうにかしなければ。
アシッドスライムの倒し方は二つ。
簡単なのは弱点である火の魔法で燃やし尽くしてしまう事だが、魔法が使えない場合は腐食液に気を付けながら奴らの核を攻撃しなければならないので遠距離攻撃の手段を持たない場合はさらに難易度が跳ね上がる。
魔鉱石で作られた棒なら溶けることはないだろうけど、それでもあの数をいっぺんに相手をするのは自殺行為以外の何物でもない。
もちろん、今までの俺だったら。
「ここに取り出したるは何の変哲もないボムフラワーの実、こいつにちょっと刺激を加えてやれば・・・」
背負っていた鞄を降ろし中から先程回収したボムフラワーの実を三つ取り出す。
こいつの別名は手榴弾、一定以上の刺激を与えるとおよそ5秒ほどで大爆発を起こす中々危険な代物だ。
だが、ただ投げるだけでは根本的なダメージを与える事は出来ないが、俺にはさっき手に入れたとっておきのスキルがあるわけで。
スキル同士の連携ではなくスキルとドロップ品を組み合わせることで遠距離の攻撃手段を持たない俺でも奴らに対抗することができる。
【ボムフラワーのスキルを使用しました。ストックは残り三つです。】
ボムフラワーの実に刺激を与えてからスキルを発動、まるで野球選手になったかのように大きく振りかぶり目にも止まらぬ速さで投げつけると、一直線にスライムへと向かったそれは見事何匹かの体を貫通しながらも一匹の体内へとめり込んだ。
流石のスライムも驚いたようにプルプルと震えながら異物を排出しようとするが、消化するよりも早く実が内部から破裂する。
「おおぉぉ、これはやばい」
爆発音こそ無かったが突然スライムが体の中から弾けとび、他のスライムも体の半分ぐらいがえぐれてしまっている。
爆発とは別に破片で核を傷つけられたやつがいたんだろう、どろどろと溶け出したやつもいるようだ。
恐るべき爆発力、そりゃダンジョン外への持ちだしが制限されてるわけだ。
こんなのが外で爆発しようものなら大惨事間違いなしだもんな。
爆発はしたものの中央で重なり合っていたスライムはまだまだいるようなので残りの実とスキルを遠慮なくぶち込んでやる。
【ボムフラワーのスキルを使用しました。ストックはありません。】
スキル全部をつぎ込んで投げ込まれた実が山のように重なったアシッドスライムの殆どを蹴散らし、残ったのはかろうじて核への攻撃を免れた小さな個体のみ。
しかし小さくても中身はアシッドスライム、触れば肌が爛れてしまうのは間違いない。
じゃあそういった連中をどう駆除するのか、そこは長年魔物と戦ってきた探索者たちの知恵の結晶が役に立つというわけだ。
次にかばんから取り出したのは白い粉、もぞもぞと近づいてくるスライムの攻撃を避けながら上からソレをかけてやるとだんだんと動きが鈍くなり黄色く透明だった体が白く濁ったようになってしまった。
「小麦粉でスライムを固めようって思いついたやつ、マジで天才だろ」
かつてスライム種を倒せるのは遠距離攻撃だけで、近接攻撃では無理だと考えられていた。
どの種も体中が溶解液で満たされていて普通に攻撃しようものなら武器は溶けるし、なんなら体そのものが消化されてしまう可能性があったからだ。
なのでもっぱら優遇されたのは魔法職、非物理攻撃であれば溶解液を介することなく直接核を攻撃できることから彼らにしかできないと考えられていたのだが、ある時何を血迷ったのか小麦粉を掛ける暴挙に出たやつがいた。
噂によると料理人だったらしいのだが、ともかくそいつはスライムの攻撃をかいくぐりながら小麦粉をぶち込み見事ブヨブヨの体を固める事に成功したわけだ。
しかも固まるのは体を保持している部分だけで核の部分だけは固まらなかったため、後はそこを叩けばすべて解決。
こうして長年不遇とされていた近接戦闘スキルにも活路が見いだされ今に至るというわけだな。
元々七階層を走破するには絶対に必要な物だけに大量に持ってきていたのだが、どうやらボムフラワーの実とスキルがあれば大量に持参しなくてもなんとかなりそうだ。
もっとも、擬態するボムフラワーの攻撃を華麗に避けつつ攻撃するという高等技術が必要になるわけだが、まぁ何とかなるだろう。
残った奴らを小麦粉まみれにして動けなくしてから恐る恐る手を伸ばし収奪スキルを発動する。
「ドロー」
【アシッドスライムのスキルを収奪しました、溶解液。ストック上限はあと三つです。】
なんていうか予想通りのスキル過ぎてホッとするなぁ。
効果は間違いなく相手を溶かすやつ、ポイズンリザードのような毒性はなさそうだがその分腐食率は格段に上がっていそうなので後でストーンゴーレムで確認してみよう。
如何にゴーレムの体が硬いとはいえ外側から溶かされればひとたまりもあるまい。
『君子曰く彼を知り己を知れば百戦殆うからず』だったっけ、ともかくスキルを熟知すればどんな相手でも的確に対処できる。
たとえ今はスキルレベルが低くて数も種類も少なくても敵の数が増えればそれだけスキルも増えていく、そうなればどんなダンジョンでも確実にクリア出来るに違いない。
もっとも、それをする為にはまずは探索者ランクを上げるひつようがあるんだけど。
とりあえず今の目標は武庫ダンジョンをクリアする事、その為にもこの階層を走破して次の階層へとたどり着かなければならない。
「とりあえず今は拾うもん拾って休憩するか。」
スライム種が落とすのは主にスライムの核と呼ばれるゴム状の素材、これが緩衝材などに非常に優秀で今やこれなしではモノづくりが立ち行かなくなるとまで言われている。
それだけに持ち帰ればそれなりの値段で売れるのでしっかり回収しておかないと。
後はこの先まで行くかどうか、今日はあくまでも偵察だし別にここで引き返しても問題はないんだが・・・。




