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第15話

 それから二日ほどは、何事もなく時間が過ぎていった。

 風邪もすっかり治り、クリスマス当日にはバイトの帰りがけにケーキを買って行った。

 自分一人じゃまず何もしなかったと思うけど、二人では大きすぎるホールのケーキを見るとメリーは大喜びではしゃいでいた。


 日中、俺がバイトに行ってる間もっぱらメリーはパソコンにご執心で、色んなニュース記事、動画サイトやオンライン辞典、時事ネタに調べ物と、様々なものを物珍しそうに飽きることなく見ているようだった。

 元々好奇心旺盛な性格も手伝ってか、何かを知ることや調べることは好きだったようだ。


 パソコンを開きながら、「世界中のことが分かるんだったら、きっと何でも分かるね」と、楽しそうに笑っていた。

 一応検索の年齢制限はかけておいたので、そこまで衛生上悪いものは見ていないと思う。

 また、言い付けを守りちゃんと休憩は挟んでいるようだった。


 ただ、一度バイトから帰った折に何やら動画サイトの踊りを真似て、児童のお遊戯のように踊っているところを目撃してしまった。

 そのときばかりは声にならない悲鳴をあげると、赤面した顔をコタツに突っ込み足をバタバタとさせながらしばらく出てこなかった。

 まぁ、確かに来年から中学生になろうという自称れでぃーが、そんなところを見られたら黒歴史ものだろう。

 それから小一時間ほどはバツが悪そうにむくれていた。


 けれど、俺といるときはそのパソコンにも目はくれず、俺にあれこれと話しかけることがほとんどだった。

 メリーはその日のバイトのことや俺の昔のこと、大学や将来のことなど色々なことを訊ね、それに対し忌憚のない感想をぶつけてきた。

 ボケ倒すことも多かったが、時折ハッとさせられるようなことを言うので、俺はその度に考えさせられるのだった。

 大学の課題などを進めているときは正直膝の上が重いとも感じたが、メリーの嬉しそうな顔を見ると無下に出来ない自分がいた。


 兄と言うよりは、どちらかと言うと父親の気持ちを少しだけ垣間見ている気がする。

 金は余計にかかるし、自分の時間はほとんど取れないし、他人から要らぬ疑惑をかけられもしたけど、正直に言えば心地のいい時間だった。

 メリーが無邪気に笑うと、暖かい気持ちになった。

 意地悪をすると分かりやすくむくれるのが可愛いらしいと思えた。

 甘えられることが、苦ではなかった。嬉しくさえあった。


 ――ただ、ずっと考えていた。


 いつまでもこのままにすることはできない、と。

 しかし、俺に何が出来るか答えは出なくて、どうすることが正しいかも分からなくて、気付けば先延ばしにしてしまっていた。

 せめてメリーが原因を教えてくれれば、助けを求めてくれれば、こんなに悩むこともないのに。

 そんな言い訳さえしている自分がいた。


 メリーは確かにバカで、子供で、どうしようもない甘ったれだけど、俺なんかには想像もつかないほど壮絶な経験をしてきたのだと思う。

 それを押し殺し、明るく振る舞うことも出来る。

 そして、おそらくは、何かを諦めている。


 物事を受け入れ、自分の知らないことを知っているそれは、一側面では俺以上に大人であるようにさえ思えた。

 簡単にそれ以上踏み込めない何かがあった。

 俺はただの19のガキで、もし踏み込めたとして、原因が分かったとして、本当にどうにかしてやることが出来るのだろうか。


 とにかく、まずはメリーについて知る必要があった。

 何故俺のもとに来たのか。

 今までどんなことがあったのか。

 そして、あの傷は誰に付けられたものなのか。


 しかし、メリーの実家の連絡先など知らないし、仮に知っていたとしても簡単に聞けるような内容ではなかった。

 俺は取り合えず、バイトの帰りに母親へと電話をすることにした。

 俺の住所を教えた張本人だし、何かしらの取っ掛かりになるかも知れない。

 携帯の電話帳を開き、数ヵ月ぶりに母親へと電話をかける。

 タイミングが良かったのか、数コールで電話に出た。


「もしもし? どうしたの? あんたから電話してくるなんて珍しいわね」


 年齢のわりに若い声が受話口から聞こえてくる。

 久しぶりの母親の声だった。


「ああ、今ちょっと大丈夫か?」

「別に大丈夫だけど、どうしたの? お金?」

「いや、違うよ。ちゃんとやりくりしてる。それより、ちょっと聞きたいことがあって」

「あらたまっちゃってなによ?」

「いや、実はなんて言うか、その、メリーって昔近所に住んでただろ?」

「メ、メリーちゃん?」

「あぁ。ちょっとあいつのことで聞きたくて」

「……」


 電話の向こうで母親が無言になる。

 何かを言い淀んでいるようでもあった。


「やっぱり何かあるのか?」

「……そういえば、あんたには言ってなかったわね」

「何がだよ?」



「――メリーちゃんね、ずいぶん前に亡くなったのよ」



「…………は?」


 こいつ、何言ってるんだ。

 死んだ? 誰が?

 あまりに突拍子のない言葉に、一瞬思考が停止する。


「海難事故だって。あんた受験もあったし、ずいぶんと仲もよかったから黙ってたのよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 死んだって、メリーが!?」

「ごめんね、黙ってて……。亡くなったのは一昨年のことよ。理由があってお葬式は去年の秋口に行われたみたいだけど、私も知ったのはその後だったから」

「ごめん、意味が分からない。何言ってんだ?」

「何言ってるのって……」

「手紙で連絡とか取ってたんじゃないのかよ!? それで何かあったら連絡しろって言ってやったんだろ? 俺の住所だって教えたのお袋だよな? 冗談にしたってタチが悪すぎるぞ!!」


 母親の言葉を遮るように捲し立てる。

 どういうことか意味が分からない。

 何から説明して、何を聞いていいのか分からない。


「ちょ、ちょっと待って、あなた何言ってるの? 手紙ってなに?」

「だからメリーとの手紙だよ!!」

「手紙? 母さん、メリーちゃんとは手紙のやり取りなんかしたことないわよ?」

「したことがない?」

「確かにメリーちゃんの家の方とはやり取りしてたし、メリーちゃんを連れて近くに来るときは寄ってくださいってあんたの住所を伝えたことはあったけど、メリーちゃん自身とは連絡取ってなかったわ。引っ越すときに何かあったら電話しなさいって連絡先は渡したけど、それ以降連絡は一度もこなかったし」

「……どういうことだ?」

「どういうことって、母さんが聞きたいわよ。ショックなのは分かるけど、ちょっと落ち着いて。いったい何が」


 電話口でまだ母親が話していたが、俺はだらりと携帯をもった腕を下ろし、そして、そのまま電話を切ってしまった。

 最後の言葉は母親に話しかけたわけではなく、純粋な独り言として呟いていた。


 あまりに訳が分からなかった。

 メリーが、死んだ?

 馬鹿言うな。

 じゃあ、今俺の部屋にいるのは一体誰だっていうんだ?


 思考が定まらず、次々と疑問が沸いてはじける中、俺は無意識に携帯をポケットへと押し込むと、全力で自転車を漕ぎ出した。

 メリーがいる自分の部屋へと。


 冬の空気が肺を締め付け、心臓が痛いほど拍動し頭にまで脈が伝わる。

 ただ、それは自転車を走らせているからだけではない。

 母親から聞いた話が、あまりに異常に感じて混乱していたからだ。


 無我夢中でペダルを回し、ひたすらに家を目指す。

 途中幾つかの信号を無視してしまった気がするが、それどころではじゃなかった。


 普段は20分近くかかる道のりを大きく短縮し、アパートの下へと到着する。

 自転車を放るように雑に投げ出すと、階段を駆け上がり自分の部屋へと向かった。

 玄関のドアを勢いよく開け、部屋の中へと駆け込む。

 靴を履いたままだったが、それすら気にはならなかった。

 居間への扉を勢いよく払い、メリーの名を呼ぼうとした。


 ――だが、そこにメリーの姿はなかった。


「…………え?」


 そんなに広い部屋じゃない。

 確認するまでもなくパッと見ただけで無人なのは明らかだった。

 慌てるように風呂場も確認するが、そもそも室内に人の気配は感じず、電気さえついていなかった。


 再度部屋の中を確認する。

 テレビ、ベッド、コタツ、何も変わらない自分の部屋。

 そして、以前と同じように、誰もいない俺の部屋。

 突然の状況に立ち尽くし、室内が静寂に染まる。


「……なんだよこれ」


 ただ単に出かけてるだけなのか、そうも考えたが、メリーは俺の言いつけを守ってあのバイト先に現れた日以降、勝手に外出することはなかった。

 そして、もう一つ、部屋を茫然と見渡して気付いたことがある。


 メリーがいた痕跡がない。


 俺が買ってやった服も、取ってやったぬいぐるみも、部屋着や昨日食べかけでコタツの上に置いておいた菓子さえ、忽然と消え失せていた。

 いよいよ持って混乱の極みだった。

 状況が何一つ把握できない。いったいどういうことだ。

 もののたとえではなく、まるで悪い夢でも見ているようだった。


 しかし、混乱しているとはいえ、この意識の明快さははっきりと現実だと断言出来た。

 当然、今までのことも夢なんかじゃない。

 あまりに不自然な状況に、メリーがいた痕跡のなさに、一瞬自分の頭を疑いかけたが、自分が狂ってるとは思い難かった。

 俺は玄関を出て階段を駆け下りると、そのまま自転車を再び漕ぎ始めた。


 取り返しが付かなくなったかのような焦りを感じながら、必死でメリーの姿を探す。

 近くのコンビニ、弁当屋、二人で寄った公園、駅前のゲームセンター、展望台。

 しかし、そのどこにもメリーの姿はなかった。

 最後に、入れ違いになったのかも知れないとバイト先へも戻った。

 ただ、当然メリーの姿はなく、誰に聞いてもそんな女の子は見ていないと言っていた。

 取り乱して説明する俺に、チーフは困惑した顔をするだけだった。


 裏口の階段に腰を下ろして頭を抱える。

 ちょっと待ってくれ、いったい何が起きてるんだ?


 メリーは死んだと母親は言っていて、でも俺とここ数日暮らしていて、実は母親と連絡は取っていなくて、身体にはいくつもの痣があって、一緒に飯も食べて、髪を梳かして、ゲームセンターで遊んで、二人で風邪をひいて、クリスマスにはケーキを食べて……。


 何を考えても意味が分からない。

 死んだってなんだよ。

 なんでこのタイミングで急にいなくなるんだよ。

 しかも一緒にいた痕跡さえ残さず。


 混乱しすぎて、ありえない考えまで抱いてしまう。

 メリーは俺以外の誰とも話してはいない。

 それに、ゲームセンターで一緒に遊んでいたときの周囲の俺たちに向けられた奇異な視線。あれは本当に外人に見える少女を珍しがってのことだったのか?

 バイト先でも突然姿を消して、今まで俺だけしかメリーと接していない。


 もしかして俺は……、或いはメリーは……。


 自身への疑いや非現実的な思考に、頭が混乱する。

 グラグラと視界が揺れ、先日の高熱のときなどより遥かに余裕がなくなっていた。


 だからか、突如開いた背後の扉に、心臓が飛び出そうになった。

 振り返ってその裏口の方を確認する。


「あれ? 先にあがったんじゃなかったの?」


 そこにいたのは、厨房の姉御だった。

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