23 サラ・スコットによる証言
最近あったちょっと良い話?
私にそんな話を振るなんて変わった人ですね。つい最近長い間連れ添った夫と離縁したばかり、この歳になって伯爵家に出戻った女ですよ。
法改正がなされたお陰で、ルーベ王国でもようやく女性側からの離婚の申し立てが出来るようになりました。教会の者たちはなかなか首を縦に降らなかったそうですが、最終的には諦めたとか。
その背後に娘であるララの力が働いていたことはきっと間違いないでしょう。自分が親として何かを教えられたとは驕りませんが、彼女が自分の人生を生きているのは素直に喜ばしいと思います。
「サラ!人の家の玄関の前で待ちぼうけするぐらいなら、勝手に中に入って一杯引っ掛けてくれてりゃ良いんだよ」
「ふふ、ごめんなさい。一人で飲むよりも誰かと一緒に飲んだ方が美味しいから」
マドレーヌは「律儀だねぇ」と言いながらも何処か嬉しそうです。気のせいでなければ、彼女も私と過ごす時間を楽しいと感じてくれている証拠でしょう。
飲み屋を営むマドレーヌを紹介してくれたのは、ララでした。夫であるマークス・ディアモンテと離婚して一人になった私に、恩人として彼女はマドレーヌを連れて来ました。年齢が近いこともあって私たちはすぐに意気投合し、今では週に三度は会う飲み友達になっています。
「天気が良いと気持ちも良いわね」
よく晴れた空を見上げて私は目を細めました。
足元では、家から連れて来た愛犬のオリバーがブンブンと尻尾を振りながら走り回っています。雑種である彼はもう随分とおじいちゃんですが、ディアモンテの屋敷に居た頃よりも元気に見えました。
「この間ララとフィルガルドが店に来たんだ。相変わらず上手くやってるようだよ。最近では国王陛下もあの子に頭が上がらないらしい」
「まぁ! それは言い過ぎでしょう」
「アンタの娘だからね、あながち嘘でもないと思うよ。王妃もララを気に入っているみたいだから、もう何も心配することはないね」
「そう……良かったわ」
心からの感想でした。
目頭が熱くなったのでこっそり袖口で拭って私はマドレーヌから顔を背けます。自分が育てた小さな雛鳥が、立派な白鳥となって飛び立ったような気持ちでした。
夫であるマークスとの離婚は、簡単なことではありませんでした。しかし、後ろ向きな私の背中をララやマドレーヌが押してくれたので、法が改正されると私はすぐに行動を起こしたのです。先ずは屋敷を去った使用人たちに連絡を取り、少しずつ証拠を集めていきました。夫が働いた不貞の事実を聞くのは辛いものでしたが、彼が懇意にしていたモーガンが自ら名乗り出てくれたのは大きな助けとなりました。
結果として、私はマークスと無事に離縁し、実家であるスコット伯爵家に戻りました。
娘の夫による報告では、使用人たちが起こした裁判によって、彼はほとんどの財産と公爵家の爵位を失ったと聞いています。マークスがその後どんな人生を送っているのかは知りません。ララも私も、彼の後世に興味などないのです。
「しっかし、昼飲みってのはなかなか罪深いねぇ。太陽を見ながら乾杯するなんて」
「あら、だから良いのよ」
「フィルガルドが冷蔵庫を買い替えてくれたお陰で店でも安定した冷たさを提供出来るようになったんだ。ところで、チーズケーキには庭のミントを添えるかい?」
「ありがとう、いただくわ」
マドレーヌが出してくれたグラスを両手で包みます。薄いグラスは口当たりが良く、ビールを飲む際には欠かせません。しゅわしゅわと発砲する黄金色の液体を眺めていると、自然と口元が緩みました。
「準備は良いね?」
「ええ。ありがとう」
二つのグラスをチンと合わせると軽やかな音が鳴り響きます。
「太陽と、新しい生活に乾杯」
「なんだいそりゃ」
首を傾げるマドレーヌの後ろには今日も大きな太陽が昇っています。中庭で燦々と日を浴びながら飲むお酒も悪くありません。私はようやく取り戻した自分の時間を思って、また少し笑みを零しました。




