EPISODE2 予期せぬ嫌疑
フェルディナントの横に並ぶように男達が並んだ。並んだ誰もが力を有する高名な貴族の息子達だった。同時にアンネリーゼに寄り添っていた取り巻きである事もエリーゼは知っていた。
水面下で、エリーゼは男性から煙たがれていた。それは彼女の優秀さにあった。学業も、魔法も、下手をすれば乗馬や武術でさえも。
己を強く律し続けていたエリーゼは傍目から見ると愛想が薄く、その自尊心溢れる彼女の振るまいは羨望と嫉妬を招いた。
だからエリーゼは一部の生徒から恐れられ、遠ざけられていた。しかし、次期皇妃として模範となるべく厳しく育てられたエリーゼはその強かさで環境に耐えることが出来た。
だからこそ、エリーゼは他者から向けられる感情に疎かった。それ故に他者への配慮に欠けていたと言わざるを得なかった。
故にエリーゼは動揺してしまう。フェルディナントの他にも自らを弾劾しようと現れた者たちの存在に。
正義は自分にある筈なのに、何故、と。
「今までの行いを悔い、アンネリーゼへと謝罪せよ! エリーゼ・コルテス!」
何を謝罪すると言うのか。わからない、エリーゼには何が間違いなのかすらもわからなくなっていた。こんな経験は初めてだった。
訂正を求め、抗議しなければならない。なのに、エリーゼの喉は引き攣ったように声を出せなくなっていた。
誰からも理解されず、言葉が通らない。そんな時でも己が正しいと信じて振る舞えば結果はついてくると。けれど、現実はそうならない。
いつだって自分に不利な事はあった。自らを陥れようとする悪意に立ち向かった事だって初めてではない。
けれど、違うのだ。彼等に悪意は感じられない。ただ、己の信念に沿っているとしか思えない。
だからこそ、尚更に理解出来ない。足下が崩れ落ちそうな現実の前にふらつき、膝をつきそうになった。そう、まるで許しを求めて跪くように。
政略結婚、それも皇室に係る結婚であれば、もはや個人の好き嫌いの問題ではない。複雑に絡み合った利権と駆け引きの産物であり、下手をすれば戦争の引き金を引きかねないほど、高度に政治的な問題なのだ。
「こんな暴挙を、大貴族たちと教会が認めるとでも……!?」
「帝権は神から付与されたもの、貴族にも教会にも文句は言わせぬ!」
フェルディナントの言葉に、エリーゼは大きく動揺する。
(人口密度の高い旧大陸であればいざ知らず、人口に比して広大な新大陸の統治には、地方を支配する諸侯や教会との協力が不可欠だというのに……)
あるいは‟太陽王ルイ14世”のように絶対王政を敷いて中央集権化を図っているという可能性もあるが、それほど野心的な「帝国改革」を志すほどフェルディナントが政治に興味があったとも思えない。
埒が明かないと感じたエリーゼは、話題を変えることにした。
「では、フェルディナント様。この話は陛下に了承を頂いているのですか?」
「まだだ。父上には後で承諾を頂く」
それは不味いだろう、と。信じられないという思いでエリーゼは叫んだ。
「こっ、皇帝陛下が定めた婚約を貴方の一存で解消などと……! ご自身が何をなさっているのか、理解されているのですか!?」
「父上にも母上にも文句は言わせない! 私は、私の意志で己の道を定める!」
「それは守るべき節度があってこその話です! お考え直しください!」
「黙れ! そこまでして皇妃の位が欲しいか!」
「っ―――!?」
言葉に詰まるエリーゼに、フェルディナントは勝ち誇ったように告げる。
「違う、とは言わせんぞ? お前は自分が皇妃になる前提で、大勢の貴族子弟を集めてサロンを開いて‟政治ごっこ”をしていたことを、私が知らないとでも思ったか!」
「それは! いずれ殿下をお助けするための人脈を――」
必死に抗弁するエリーゼだったが、それがフェルディナントの心に届いていないことは明らかだった。
「もうよい」
エリーゼの抗議を、フェルディナントは切って捨てた。
「アンネリーゼに対する誹謗中傷、所持品の盗難や損害、更には暗殺の企て……その全ては貴様が糸を引いている事は調べが付いているのだ!」
バカなことを、とエリーゼはかぶりを振った。
「お言葉ですが、証拠はあるのですか?」
たしかにアンネリーゼをフェルディナントから引き離そうとしたことは、否定できるものではない。とはいえ、さすがに所持品の盗難だの暗殺だのといった犯罪まで手を染めた覚えはないし、その点は取り巻きにも度を越さぬよう諫めてある。
アンネリーゼに対して言葉で釘を刺したことが誹謗中傷であり、彼女が耐えがたい精神的苦痛を受けたのだと強弁されればそれまでだが、せいぜい証言程度であれば婚約破棄の理由にはなるまい。
だが、エリーゼの問いに答えたのは、フェルディナントではなかった。
「――嗚呼、証拠ならありますとも」
エリーゼの背後から、気取った声が響く。
「っ――!?」
エリーゼが振り返ると、大勢の兵士を引き連れた赤衣の聖職者が立っていた。
(あの男は……!)
まさか、と目を疑う。
「帝国宰相―――メッテルニヒ枢機卿!?」
クレメンス・フォン・メッテルニヒ。スペイン派と帝国を二分するオーストリア派の有力貴族メッテルニヒ侯爵家の当主であり、カルタヘナ教皇庁から派遣された枢機卿にして、皇帝フランツ2世の信頼も厚い首席国務大臣にして帝国宰相……事実上、帝国第2位の実力者である。
(帝国第2位の実力者が何故ここに……?)
エリーゼが目を見開くと、それが合図と言わんばかりにメッテルニヒは指を鳴らした。すぐさまモリオン兜と鎧で武装した近衛兵たちが現れ、よく訓練された動きでエリーゼを取り囲む。
(黒色銃士隊・・・!)
帝国には2つの銃士隊が存在し、最も有名な近衛部隊であった。皇帝の銃士隊たる第一銃士隊は彼らの乗る馬の色から白色銃士隊と呼ばれ、対して枢機卿の銃士隊たる第二銃士隊は黒い馬に乗っていたことから黒色銃士隊と呼ばれている。
そのうちの一人が重い手錠をかけようとするのを見て、エリーゼはハッと我に返った。
「無礼者!」
エリーゼの一喝に兵士は一瞬、怯んだように動きを止める。しかし、すぐに別の兵士たちがエリーゼの両脇から彼女を拘束し、ガシャン!と重い手錠がかけられた。
「エリーゼ嬢、どうかお許しを」
神妙な表情でメッテルニヒが告げるが、その「お許しを」には少しも詫びる気持ちが感じられない。
「きちんと説明してください。いったい、どんな権限をもって私にこのような仕打ちを……!」
エリーゼの抗議を受けたメッテルニヒは片手をあげ、秘書に合図を送った。秘書が恭しく運んできた書類の束を受け取り、メッテルニヒは芝居がかった仕草でそれを読み上げる。
「エリーゼ・コルテス令嬢、貴殿には魔術を行使してアンネリーゼ・ヴァレンシュタイン嬢に危害を加えた疑いがある。貴殿には魔女の疑いがかけられており、宗教裁判にて明らかにするものである」
格式ばった文章を読み上げた後、メッテルニヒ枢機卿は怜悧な青い瞳をエリーゼへと向けた。
「バートリ嬢を追い込むの過程で、貴方が‟黒魔術”を使用したという疑いがある。これが何を意味するか、お分かりですかな?」
「まさか………」
その意味するところを悟ったエリーゼが青ざめるのを見て、メッテルニヒ枢機卿の顔ににんまりとした笑みが広がった。
「そう、宗教裁判ですよ」
まさかの時のスペイン宗教裁判!




