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4-08 ニエになるのもラクじゃない!?

私大の民俗学部に通う少女森野愛萌(もりのめめ)は、ある日目を覚ますと簀巻きにされていた。

なんと中学時代からの友人の軽部(かるべ)大夢(だいむ)との飲み会の帰り道、酔いつぶれたまま生贄の風習のある因習村までたどり着いてしまっていたのだ。

村の男との会話を経て生贄になることを決意した森野だったが、生贄になるためには過酷な洞窟探検をしなくてはならなかった。

一方その頃、大学に来なくなった森野を心配した軽部は森野を見たというタクシードライバーと出会う

生贄。それ即ち、強大な存在に命を奉納する行為である。生きることは素晴らしい。生きている命には無限の可能性が、希望が秘められている。故に、それを放棄して捧げることはなんと尊いこととされた。

などと、ねっとりとした口調の教授が言っていたのを思い出した。


「私を解放しろ! 拘束を解けー!!」


人の気配のする方に向けて言った。もう何度目かも分からないが、相変わらず返答は無い。

私は今、拘束されている。目隠しをされ、首から下を覆えるほど大きな布団のようなもので縛られている。

今朝目を覚ましたら既にこう(・・)だった。手足をばたつかせてるがずっと空を切るばかり。簀巻きが解ける気配は無い。

必死に感覚を研ぎ澄ますも、土の匂いがするから外にいるらしいことしか分からない。


「何が目的だ! この美少女をひっ捕らえてどうするつもりだ! おい、聞こえないのか!──ムギュっ!」


突然私の口が、男っぽい大きく硬い手に覆われた。


「静かにしろ! お前はこれから、村の安全を祈願する生贄になるんだよ!」


目の前で野太い声がする。なんだか聞き覚えがあるような……ないような? 私は必死に抵抗し、手を振り払ってから叫んだ。


「何が生贄だこの野郎! うら若き美少女を無断で色気もクソもない簀巻きにしやがって! とっとと解放しろ!」


「はぁ?何言ってんだ。すべて同意の上だぞ、忘れたか?」


私は耳を疑った。


「はぁ? 何、でまかせ言ってんだお前!」


私も男と同様に疑問符を浮かべた。生贄になるだなんてめちゃくちゃなことを言ったのか?この私が?本当に?

男は続ける。


「事情は知らねえが、昨日急に来て生贄になる〜とか言ってたじゃねえか」


「いやいやいや、まさかそんなはずが……」


「本当じゃなかったらお前を簀巻きにしてるはずないだろ……思い返してみろ。昨日なぜこんなところに来たのかを」


あまりに真剣な様子で男が言うので、興奮していた頭も少し冷えた。


「そこまで言うなら思い出してみるか……えっと昨日は……」


縛られたままで最後の記憶を辿る。たしか昨日は同級生の軽部(かるべ)を連れて飲みに行っていたような……それでその理由が……。





「ッあ゛あ゛〜!! またフられたー!」


残りわずかになったジョッキを乱暴に机に置いた。勢いそのままテーブルに突っ伏す。ジョッキの浮かべた汗が、袖口を濡らして腕に張り付かせてきた。


「森野、もう五杯目だよ? 耳まで真っ赤だし……そろそろ帰った方いいって」


頬杖をつきながら私をたしなめているコイツは軽部(かるべ)大夢(だいむ)。いつも飄々としていて、無表情で、デリカシーのないことを平気で言う氷のような男だ。

酔っ払った私の魅力に触れるでもなく、暑くて緩めた首元を見るでも無く。ただ私の目を見て注意をしてくる。

あまりに動じないその態度に、一周まわって腹が立ってくる。起き上がって目の前の朴念仁を睨む。


「シラケること言うな軽部ェ! 目の前で超絶美少女が傷心してんだぞ! そこは気を使って『森野の美しさに息を飲みすぎて言葉に詰まっちゃったんだよ』とか『森野は超絶美少女だから相手が釣り合わないと思って引き下がったんだよ』とか優しい言葉をかけて然るべきだろうがー!!」


「そんなこと言われてもなあ……」


軽部は眉をひそめ、コーラの入ったコップをちびちび舐めるように飲む。そして大皿に置かれている枝豆をひとつ摘むと、さやを両手で持って一粒ずつ口に運んでゆっくりと咀嚼する。小動物かお前は。私より女子してんじゃねえよ。

私はというと強く噛んでしまった枝豆のさやの、硬い部分が口内をなぞる。思わず顔をしかめたくなる感覚をビールを流し込んで誤魔化した。


「あぁ……なんでこんな上手くいかないかな……」


「なにが?」


「……何でもない」


私の名は森野(もりの)愛萌(めめ)。軽部と同じく私大の民俗学部に通う21歳の超絶美少女。軽部とは中学からの腐れ縁で、何かと消極的なコイツを連れ回している。

最近は卒論の研究に入れ込んで籠りがちだったので、外に出すための口実として飲みに誘ったのだ。

そしたら、私が何か話しかけない限り話そうともせず、ぼーっと考え込んでばかり。卒論のことしか頭にないのだろう。これじゃあ何のために連れ出したか分からない。


「なぁ軽部ェ……お前の研究ってなんだっけ? そんなに面白いのか?」


「『いならわし』村における人身御供とその文化の衰退についてだね。 面白いよ?」


「い……いならわし? すごい名前だな。 どう書くんだ?」


「漢字で書くと、こう」


軽部は手帳にさらさらとペンを走らせると、そのページをむしって渡してきた。そこには『因習村』と書いていた。とんだ因習(いんしゅう)村じゃねえか。なんて所だ……。


「昔から洞窟信仰があって」


「うん」


「最深部に祠があるみたいで……」


「……うん」


「他にも──」


軽部は目を輝かせて話をしている。そう、軽部が民俗学部に入ると言ったから私が着いて来たのだ。アイツは研究が好きなんだ。それから嫌がらせのように引き剥がし、私を見ろと言わんばかりに文句を垂れる。

何やってんだろ私。

アイツには主体性がある。夢がある。希望がある。なら私には何がある? ただ軽部について行きたくて、それをうじうじとひた隠して、寝ぼけながら講義を聞いている。……私は……私は……。


「森野?」


「えっ──あっ、ごめん。 それで……?」


焦って聞き返すも軽部は答えなかった。ため息混じりに視線を落とし、伝票を取って立ち上がった。


「もう帰ろっか、奢るよ。森野疲れてるみたいだし」


「……ごめん」


疲れのせいだろうか。目の辺りは変に熱いし、頭が思うように動かない。軽部は私に付き合ってくれたのに。


「あぁ……もう……」


肘をついて頭を抱える。

悔しい。悔しい。イライラして頭の奥が熱くなってくる。やるせなさが込み上げてくる。

よろけ気味に立ち上がり──。


「──っ」


「……」



顔を上げると目の前に軽部の顔があった。あまりの動揺に言葉が出ない。動けない。頭が真っ白になってしばらく息をするのも忘れてしまった。


「森野、顔赤いよ。 熱あるのかも」


おでこを、さわられた。


「──っ!? か、かかかか帰るから! じゃあっ!!」


全速力で店を飛び出した。


「待って森野!」


そんな声が聞こえたのもあって、頭が真っ白のまま店の前に止まっているタクシーに転がり込んで……。


「近くのコンビニまで……お、お願いします……」


飲んで忘れようと思ってコンビニで缶チューハイ何本か買って……飲んで……それで……?やばいそこからの記憶が曖昧すぎる。ええっと……。




「生贄にでもなんにでもなるのでお金肩代わりして下さぁい……」


「はぁ……仕方ねえな……って20万!? お前どこから乗ってきやがったんだ!」





「あー……あんまりお金入ってなかったんだ……」


キャッシュレスならと思っていたが、携帯もなかったのだ。恐らく居酒屋に忘れてきてしまったのだろう。


「タクシーの運ちゃんが言うには、コンビニから戻ってきた時に急にぶっ倒れたんだと。それでこの村の名前の書かれたメモが見つかったからとりあえず乗っけてきたんだとよ」


メモ? それって軽部から貰った……。


「──ってことはまさかここって!」


「因習村だ」


「あぁ……最悪すぎる……」


よりにもよって世にもおぞましい村に着いてしまった。私の人生もここで終わりってわけか……。


「あー……もしもお前が嫌なら帰してやるぞ? タクシーも呼べばここまで来てくれる」


「は? どういうこと!?」


「この村の風習なんてもうあってないようなものだ。確かに大切な信仰にして文化だが、この村には老人ばかり。どうにか残ってはいたが、生贄の文化自体無くなっても仕方ないだろう?」


なんだか寂しそうに、彼は言った。

因習村も高齢化って世知辛いなあ。そうか……これが軽部が言っていた『衰退』。文化が消えたこの村は、やがて一緒に消えてしまうのでは無いだろうか。


「やる」


「……は?」


「やるよ。 私が」


今までの私には、意思がなかった。希望がなかった。夢もなかった。そんな私でも生贄になれるのなら、その過程で希望を得られたことになるのではないだろうか。


「ここまで来たら引き返したくない。 私はこの村のために生贄になる」


私がそこまで言うと、男は私の拘束を解いた。しばらくぶりの体が自由になり、暖かい血が末端まで通っていく感覚があった。


「えっ、解いてくれんの?」


「抵抗するやつは、この簀巻きのまま突き落とすんだが……お前はそうじゃないみたいだからな」


そう言っておもむろに巨大なリュックサックを渡してきた。私の体すらすっぽりと入りそうなリュックサックは既にパンパンに膨れていた。


「……なにこれ」


「お前、洞窟に行くんだろ? 食料だ。持っていけ」


「なんでこんな量のご飯を……?」


「知らないのか?

村の洞窟の祠は、歩いて3日かかるぞ」


「3日って……こ、殺す気なの……?」


「死にに行くんだろうが」



これが私の過酷な生贄への道の始まりだった。

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