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4-04 婚約破棄の傷心旅行に、世界最強の剣聖お兄ちゃんがついてきてくれました。

「エリューモモ・ファディア、僕は君との婚約を破棄する。この“無能者”が!」


そう言われて婚約破棄された前世も今世も男運のなし、いいとこなしの私。


確かに私は小動物系のつるペタ貧乳ドチビで、十六歳とは思えないほど子どもっぽい容姿だけれど、あんたの隣のド派手な巨乳女、その乳で聖女は無理でしょ! 誰がどう見ても聖女じゃなくて性女でしょ!


優しい両親の計らいで母の実家でゆっくりすることにしたら、世界一の聖人であり剣神――『剣聖』の称号を持つお兄ちゃんが、国を見捨ててついてきてくれた。


「久しぶりにまとまったお休みだね~」ということなので、お兄ちゃんを過労死させないためにも国にはしばらく帰らなくっていいよね!

 

「亮くん……? なんでここにいるの? 今日は外せない会議があるって言ってなかった……?」


 産婦人科の待合室で私と同じ臨月の女性の隣に座り、ニコニコと愛おしそうにそのお腹を撫でる夫、亮太。

 私がどんなに「一緒に病院に来てほしい」と頼んでも、一緒に来てくれなかったのに、どうしてここにいるのだろう?


「ち、違うんだ、良子。これはその……い、妹だよ!」

「は、はあ? 妹!? 亮ちゃんなに言ってるの? 待ってよ、誰よこの人。私と同じく臨月なのに……嘘でしょ? まさかでしょ? ねぇ!」

「い、いやぁ〜、そのぉ〜、二人にちゃんと説明しなきゃなぁ、とは思ってたんだけど〜」

「「……!?」」


 この瞬間、待合室は私を含めて凍りついた。

 元々浮気性なところがある人だったけれど、結婚して出産したらそんなこともなくなるかと思ったら……! 信じられない!

 だから新婚旅行も結婚式もお金がないから無理って言っていたの!?

 私以外にも、つき合っている人がいたから!? しかも、私と同じ時期に妊娠させてる!? そんな非常識なことある!?


「いや、ほら! 少子化じゃん!?」

「そんなの言い訳になるわけないでしょ!?」

「どうする気なのよ、これ!」

「ご、ごめんって! あ、俺、今日会議あるんだったわ! この話はまた今度!」

「ま、待ちなさいよ!?」


 亮太を追いかける。

 足が速い。こちらは身重だもの、本当は走るのもよくない。

 でも私だけでなくもう一人の女も追いかけて走り出す。

 この産婦人科は雑多ビルの二階だ、エレベーターに乗るか階段を使うかの二択。

 亮太は私たちが走りづらいのと、エレベーターが三階に上がって行ったのを見て階段に方向を変える。

 私も迷わず階段を選び、追いかけた。


 ドン。


 体が宙に浮く。

 咄嗟に振り返ったところで見えたのは怒りと悲しみに満ちた“もう一人の私”だ。

 だめ。せめて、お腹の赤ちゃんは――。

 体を捻り、背中から落ちる。

 後頭部が階段の角に何度も当たり、毛が擦り減るようにぶちぶち音がした。

 許せない。でもあなたの気持ちも痛いほどわかる。

 わかるけど――赤ちゃん。私の赤ちゃんだけは、どうか……。




 ◇◆◇◆



「エリューモモ・ファディア、僕は君との婚約を破棄する。まさか君が“無能”だったなんて。よくそれで公爵家の跡取りである僕と結婚しようなどと思ったな!」


 モーファリティー帝国、貴族学院。

 夏の交流会であるお茶会会場で私、瀬田良子ことエリューモモ・ファディア伯爵令嬢は婚約者に婚約破棄を突きつけられた。

 婚約者ルファ・クリード公爵令息とは家のバランス関係で十年前に婚約が決まっていた。

 定期的に家に行き来して交友を深めてきたというのに、彼の隣には妖艶な巨乳美女。

 対する私は小動物系のつるペタ貧乳ドチビで、十六歳とは思えないほど子どもっぽい容姿だけれど……!


「能力については――確かに十五歳までに発現するものとは言われておりますが……発現が遅い人だっております!」

「黙れ」

「ッ!?」


 冷たい眼差し。

 まさか家同士の婚約を本気で、一方的に破棄できると思っているのだろうか。

 隣の巨乳は落ち目のラーロ伯爵家のリンカ様じゃない?


「見て、もう泣きそう」

「クスクス……見た目通り子どもなのね」

「誰か止めて差し上げたら? あの見た目だからいじめているみたいだわ」


 囲っている同級生たちの影口と笑い声が聞こえてくる。

 悔しい。泣きそうなんかじゃない。目許カラカラだっつーの!

 なんなの。死んだと思ったらわけのわからない世界に転生して、誰でも一つだけ神から“能力”を与えられる。その能力が現れないと無能者と馬鹿にされる。

 ルファ様も、今までずっと仲良くしてくれていたのに急に婚約破棄だなんて――!


「君のそうやって、見た目を使って被害者面するところ……吐き気がするほど気持ちが悪い」

「被害者面なんて……!」

「もし僕と婚約破棄したくないというのなら、我が領地にある『汚染の森』をなんとかしてくれ。()()()()()()()、な。それが嫌なら二度と学園に来るな。この無能者め!」

「――!!」


 それって、事実上の学園追放じゃない! なんでそこまでされなきゃいけないの?

 お茶会はボロボロ。誰も私に話しかけることはない。

 みんなクスクス笑うばかり。スカートを握り締める。


「ううううう」

「お帰りなさい、お嬢……お嬢様!? どうかなさったのですか!?」


 尞の部屋に戻ると、家からついてきてくれていた唯一のメイド、フレナがボロボロの顔の私を慌てて部屋に入れてくれる。悔しくて涙が止まらない。

 それでも事情を話す。

 ルファから婚約破棄を突きつけられたこと。

 婚約破棄を回避するには、『公爵家に嫁ぐ者として役に立つことを証明せよ』と言われたこと。


「無茶苦茶です! お嬢様はまだ能力が発現していないのですよ!? そんなお嬢様に汚染の森をなんとかしろだなんて……そもそも、汚染の森の対処は公爵家に限らず貴族として責務。嫁入り前のお嬢様にさせることではございません!」


 汚染の森は世界中にどこにでも現れる。

 聖女または聖人の能力を持つ者により浄化結界で町や村は包まれ、守られる。

 だが、それ以外の土地には瘴気を漂わせて魔物を徘徊させる汚染の森が生まれてしまうのだ。

 その汚染の森もまた聖女または聖人の能力を持つ者が立ち入ることで浄化され、普通の穏やかな森となる。

 しかしそれも一時の間。時間が経てば再び汚染の森になっていく。

 だからこそ、この世界では『聖女』と『聖人』の能力者はもっとも尊敬される。

 どの貴族も家に欲しがり、奪い合いとなる。

 噂ではあのド派手な巨乳女、聖女の能力者らしいけど……あの乳で聖女は無理でしょ! 誰がどう見ても聖女じゃなくて性女でしょ! ちくしょう!

 と、令嬢らしからなことを頭の中で繰り返しながら寮から馬車で実家に向かう。

 ファディア伯爵家は王都近郊に小さな領地を持つ、比較的地味な家だ。

 しかし、王都の周りの汚染の森から王都の浄化結界を守る大切なお役目を預かり『王都の盾』と呼ばれる重要な家でもある。

 だからこそ、王弟の子息であるルファとの婚約を王に薦められたのだ。

 片道三時間かけて実家にたどり着いた頃には、外は夕闇に溶け始めていた。

 お茶会でのことを話すと、両親とも頭を抱える。


「馬鹿な! モモとルファくんの婚約は国王陛下より薦められたのだぞ? ルファくんはそれを知らなのか?」

「私は、もうルファ様と婚約破棄したいです……! もう信用できません!」


 いくら政略結婚で愛情を育む必要がないとはいえ、こんなことを公の場でやられてそのまま結婚なんてしたらずっと笑いものにされるわ。

 しかもそれは私だけではない。私の家もだ。そんなの我慢できるわけがない。


「そうだな。目撃者が多いのなら公爵家に正式に抗議を入れて、領地に戻ろうか。公爵家はもう我が家の助力など必要ないのだろう」

「それなら家族でわたくしの実家にいきませんこと? イヴの花が見頃なの」

「それはいいな。ジュリアーノも呼んで、家族でしばらくゆっくりしようか」

「お父様、お母様……」


 前世でも今世でも男運がなさすぎる私だが、家族には恵まれたな、と思う。

 隣に座った両親に抱き締められる。

 明日には王都から出て、荷物はあとから運んでもらうことにした。

 ジュリアーノ――お兄様に会うのも久しぶりかも。




 ◇◆◇◆




「どういうことだ、ルファ!」

「なにがですか、父上。突然呼び出して、顔を合わせるなり怒鳴りつけるなんて……」


 お茶会の直後、クリード公爵家本宅の庭に呼び出されたルファは怒りの形相で歩み寄ってきた父を心底面倒くさそうに見た。

 その態度に、顔を赤く染め始める公爵。


「エリューモモ嬢と婚約破棄をしたと聞いたぞ! それも一方的に!」

「そんなの当たり前じゃないですか。彼女は無能者だったのですよ?」


 なにを当たり前のことを、嘲笑したルファの真後ろで、すさまじい轟音と竜巻が上がる。

 驚いて振り返ると、公爵領に広がりつつあった汚染の森が一瞬で白い光に包まれ浄化された。

 こんなことができるのは、この国では一人だけ。


「本当だったのですね。僕の可愛いエリューモモとの婚約破棄も、無能者と貶めたことも」

「あ、あなたは……!」


 柔らかな亜麻色の髪、優しい鶯色の瞳を細めて歩いてきた純白の聖騎士の衣の優男。

 指先に載せていた小鳥を空に放って、ルファに対して微笑む。

 汚染の森を一瞬で浄化した、この国――いや、この世界でもっとも清らかで最強の『聖人』『剣神』能力者。

 その特別な能力を併せ持つ彼の名をジュリアーノ・ファディア伯爵令息。

 世界中から尊敬の念を込めて『剣聖』と称号で呼ばれている、国王と並ぶ発言力を持つ人物。


「あ、あの……」

「違うのです、ジュリアーノ様。これはなにかの間違いで……」

「んー、別にいいですよ、公爵。僕もモモとルファ様との婚約には反対だったので、ちょうどよかったです」

「お待ちください、どうか!」

「公爵領の汚染の森の浄化は終わりました。でも次回からは応じかねます。ではでは、そういうことで」

「ジュリアーノ様ぁ!」


 手を振って、背を向けるジュリアーノ。

 その肩にふんわりと真っ白な梟が下りてくる。


「……そう、母上の実家に。じゃあ僕もしばらく聖人のお仕事はお休みしようっと。まとまったお休みは久しぶりだなぁ」

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