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4-03 人妻士官サクラコの、夫を捜して三千光年 ~第0296特務補給艦ミズカゼ編~

 サクラコ=フジミヤ(27)は、8年前、辺境の農業惑星で愛する夫とのんびりと幸せに暮らしていた。

 新婚まもなくその夫が軍務に就き、帝国軍との戦線近くで行方不明になった事を知る。静かに夫の帰りを待っていた彼女は当てもない日々に終止符を打つべく決意した。


「私が迎えに行けばいいじゃない!」


 辺境の主婦が一人でどうすればよいのだろう……。そんな彼女が思いついたのは自らも軍に志願すること。軍の力を頼ることにしたのだ。

 士官学校を卒業した彼女が配属されたのは特務補給艦ミズカゼの主計部だった。所属艦隊の弾薬からトイレットペーパーまで調達・管理する部門で彼女は軍人らしからぬ素朴なご近所主婦感覚で活躍を始める。


「ここからだと、リア星系でお買い物した方が少し遠いけど130万ほどお得だわ。1Gを笑う人は1Gに泣くのよね」


 夫を想う日々、ついに艦隊は夫が消息を断った星域へ向かう事になった。

 人類の生活が地球を離れ、太陽系を飛び出し、別の太陽系へと拡大した時代。地球が「オリジン・アース」と呼ばれるようになった星暦(セイレキ)元年からさらに2000年。銀河のあちこちに入植した人類はそれぞれの故郷である青い星を拠点に200の太陽系――すなわち恒星系で国家を築いていた。


 200の恒星系国家はその星域性や国民性により独自の発展をした。

 ある国家同士は結びつき、ある国家同士は離れ、結びついた国家同士に争いも生まれた。

 「オリジン・アース」での歴史と同じ事を人類は相変わらず繰り返している。

 大地と海の舞台が惑星と星の銀河に変わっただけだった。


 そんな時代の、とある星域からこの物語は始まる。



――星暦2023年4月1日 第0296特務補給艦ミズカゼ 艦内居室


 個室のシャワールームからタオルで髪を押さえながら出てきたサクラコ=フジミヤは、豊かな長い黒髪をタオルごとゆるく巻き上げると、顔と身体にケアウォーターをペタペタと擦り込んで、緑色のジャージの上下に着替えた。


 そして、半舷休息のお楽しみ、録画しておいた星間テレビの人気連続ドラマ『天の川に君を追って』を堪能すべくいそいそと準備を始める。今日は第32話からだ。普段からほわんとゆるみ気味のサクラコの表情が、よほど楽しみなのかニコニコがあふれている。


 軍の標準規格の戸棚を少し背伸びして開けると真空パウチされたせんべいを取り出し、リシリー星系のとっておきの昆布茶を湯呑に注いで、コタツに座り込む。

 フェイスローラーでデコルテをコロコロさせながら、せんべいをくわえてぼーっとオープニングを眺めていたその時、部屋の通信モニターから呼び出し音が鳴った。この音は軍用秘匿通信だ。


 残念そうな困り眉をしたサクラコだったが急いで回線を開いた。化粧していないので少しカメラをぼかし気味にする。


「フジミヤ少佐、どうした。定時ミーティングを忘れたか。遅刻は重大な規律違反だぞ」

 女声の厳しい口調での叱責。

 音声のみの通信だが、この声は艦長の声だ。普段とは違う口調と雰囲気で、緊張感がぶつけられる。

 ずらりと並んだ通信参加者も皆、《サウンド オンリー》と表示されている。


「申し訳ございません、ウエマチ艦長」

 いつも笑っているようだと言われるサクラコは、できる限りの緊張感を持った表情で敬礼した。

 しかし、こんな時間にミーテイングの予定は入っていない。皆を待たせてしまったそうなので謝罪はしたが、脳内には『?』が埋まっていく。


 突然モニター画面が切り替わり、恰幅の良いアラフィフの“おばちゃん”が現れた。

 厳めしい表情で栗色のボブカットヘア。

 艦長帽の代わりにド派手な三角帽子を被っている。


 キョトンとするサクラコに対して、厳めしい表情を崩さない。

 若い頃はさぞかしモテたであろう、かつてのキリリとした美貌の片鱗が残っているようなそうでもないような――


「アカンなあ、サクラコ。予定はちゃっと覚えとかな!」

 艦長の口調が普段のそれに変わった。

 画面に表示された参加者たちの顔も一斉に表示される。


「「「エイプリルフールッ!」」」


 やられた。今日は4月1日だった。サクラコの表情がホッと緩む。

「冗談冗談! 急な話やってんけど、集まらへん? ってなってな。ほな、サクラコを驚かせへん? ってなってん。いつも言うてるけど、用事あったら抜けてかまへんからね」


 見れば、いつものメンバーが揃っていた。

 作業着姿の弾薬補給班長に、ラフな部屋着姿の医療班員などなど。あちこちの星系に派遣されている様々な軍船の女性搭乗員たちだ。


「サクラコさーーーんっ! サクラコ少佐ーーっっ!」

 ミース星系駐留軍、突撃巡洋艦ハリケーン0225の火器管制員メイがパジャマ姿で現れた。何が嬉しいのかハイテンションでブンブンと手を振る。


2200(ふたふたまるまる)まで特別に許可されている秘密の女子会用回線なんですから有効に使わないといけませんわね」

 スッと眼鏡を押し上げながらクールな美女、アイラ中佐が現れた。デスクの上にはお気に入りだという紅茶のティーカップと羊かん。彼女はヴァリアント星系派遣軍、電子防衛艦イージスαの電子戦班長。


「『効率、効率!』ちゃうのん? 主計長!」

 ウエマチ艦長のニヤニヤ声に、

「わ、わたしそんな事言いませんよー」

 サクラコがおたおたと訂正すると、みんなから笑い声が上がった。


 あ。これは艦長だ。言い出しっぺは艦長に違いない。




 この女子会は、いまだに男性比率の高い軍内女子の福利厚生にとウエマチ艦長がオリオン方面軍司令部に進言して実現したという。

 メンバーは艦長が見極めた者たち数人から始まり、少しずつ増えていったらしい。


 サクラコはこの女子会に参加し始めた頃、艦長が居ない時にふと疑問を口にしたことがあった。


「貴重な軍用秘匿回線を一時的とはいえ占有しますよね? 普通考えられない事だと思うんですけど……」


「サクラコさん、この女子会はイロイロぶっちゃけてもいいんだけど、いくつかきまりがあるの。その一つに、『人のうわさ話はしない』」

 今はもういない副長がやさしく答えてくれた。

「あ……すみません……」


「今度から気を付けてね。これは公然の秘密だから教えるんだけど。艦長のウエマチ大佐はこのミズカゼの艦長の前は方面指令軍の少将だったの」

「え……」

「突然、二階級降格されて特務補給艦の艦長になった。何があったのか知っているのは艦長ご本人と司令部上層部のみ」

 そういうと副長は唇に人差し指を当てたのだった。




「せや。効率ぅ言うたら、みんな最近おもろい話ない?」

「艦長、『効率』と全然繋がっていませんわね」

 紅茶片手に羊かんを優雅にフォークで刻むアイラが即座に指摘する。


「うーん、たまらんわあ……アイラちゃんの思た通りのツッコミ!」

 満面の笑みで片手をパタパタ振るアラフィフ艦長。

 この女子会を一番楽しんでいるのは艦長なんじゃないかな……と思わずにいられないサクラコである。


「褒めていただく事でもありませんが……そうですね、効率と言えば、ヒース星系の名産品、ルビーレーザーのコアなんですけど、産出効率を8%上げる事に成功したらしくて、特価セールをするという話が出ていますわ」

「ほんとですかっ? あそこのレーザーコア、思う以上にいい値を出すんですよっ」

 アイラの話題に火器管制員のメイが食いついた。

「あとで情報連携しておくわ」


「そーそー、思う以上といえばー、メルサ星系のメル麦でパンを作ってみたらめちゃおいしーのできたんだよー」

「え? あの粉、安いだけで味はいまいちって聞いたんだけど」

「いる人、レシピ送るよー」

「あ、送ってください!」

 女子会トークに花が咲き始めた。



「サクラコさん、主計って大変でしょー? 備品調達や予算やら。あれこれ考えないといけなさそうだし」

「そうでもないですよ。家計簿つけてるみたいなものですから」

「家計簿かあ……アイラさん付けてます?」

「気にしていませんわね」

「サクラコぉ、なんかおもろい話、ないん?」

「出た、艦長のムチャぶり!」

「話の流れを思い切りぶった切ってきましたわね」

 少々アルコールの入った艦長が、昆布茶をすすりながらニコニコしているサクラコに狙いをつけた。


「気になることでもいいですわよ」

 困り眉のサクラコに、ブランデー片手に羊かんをカットするアイラが助け舟を出した。


「えーと……そういえば、コーデリア星系へ糧食や下着類、医療品の流れが活発になってきていますね。ひょっとしたら何かが始まるのかも」

「あら、司令部からそのような通達は出ていませんわね」

「サクラコぉ、やっぱりエエとこ見てるなあ。みんな、ここでの話は約束通り、箝口(かんこう)でよろしくなー」

「あ。すみません……」

 なぜだろう、艦長にはついつい話をしてしまう。


「かまへんよー。オフトークはこういうのがええんよ。気が向いたら公務として明日の日報にでも書いといてな」


「サクラコさん、コーデリア星系って確か旦那さんが行方不明になったっていう……」

「そうなんです」

 サクラコはドレッサーに立てている3D写真に目を移した。


「ゲイリーさん……」

 写真には地平線の向こうまで広がる、一面の黄金の小麦畑を背景に二人の男女が仲睦まじく写っていた。

 一人は浅黒く日焼けした筋肉質の肌に、麦わら帽子とデニムのオーバーオール。

 顔中を覆う口ひげに白髪が目立つようになった壮年の大男が、彼とお揃いの麦わら帽子を被って横に立つ小さなサクラコにめいっぱいの笑顔を見せている。


 軍を退役してのんびり暮らしたいとやってきた彼。突然、軍に戻ることになった時もこんな笑顔で、すぐに戻ると言ってくれた彼。


「コーデリアに行けばゲイリーさんに会えるかな……」

 そう。今は行方がわからないだけ。一生会えないわけじゃない。きっと捜してみせる。




 一週間後、会議室に集まった佐官クラスにウエマチ艦長は通達を行った。


「本艦はこれよりコーデリア星系での単艦補給作戦を開始する」


 普段はニコニコとしているサクラコの目が大きく見開いた。


「さあみんな、前線任務や! お腹すかせた坊ちゃん嬢ちゃんに、腹いっぱいご飯食べさせにいくで!!」

 艦長の胸元に輝く部隊章「黄金のふくろう」がギラリと輝いた。



 これが後に、第0296特務補給艦――前線部隊から「おふくろ部隊」と呼ばれた「瑞風(ミズカゼ)」の活躍と、サクラコ=フジミヤの軍務時代の物語である。

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