4-22 Dead or TS:RTA 壊滅辺境伯令嬢の三十二人の兄と弟と未だ最愛のお姫様
エレンシアはかつて五歳にして、兄と共に北果てへ追放された。
十三年後、辺境騎士団の独身寮で育った名ばかり令嬢は、したたかな友と死に損ないの騎士達と共に滅亡寸前の王都へ帰還する。「我らが姫様のお綺麗な首を、帝国の侵略戦争に加担した売国奴になぞ決してとらせてやるものか」と笑顔で中指を突き立てながら。
かくて三十二名の騎士と二人の令嬢ともはや唯一の王位相続人は、剣と魔法と火薬と美貌と、羊と飛び道具と農耕馬と、有毒物と光回線と攻城機を携えて、計略と暴力と契約を古式ゆかしく礼儀正しく振り回し、法典と継承権と三十五個の結婚指輪を大義名分に振り翳しながら、陥落間際の王宮を駆ける。
呪われた愛と失われた未来と、ついでに王国も奪還するその為に。
エレンシア 辺境伯令妹
リカルロット 姫様/暫定王太子
レナ 親友/公爵令嬢
実兄 壊滅騎士団長/バツ32
騎士団残党 魔術契約上の兄か弟/戸籍簿原本を燃やしたい
序
淡い天蓋が、手折られた花々が、春の光がことごとくあなたの自我を食い荒らしていた。
「駄目なんだエレンシア、あなたの隣には帰れない」
可憐な部屋も綺麗なドレスも、あなたの人格を軽率にあしらい踏み躙る。
「一度目は、俺の体の転化だけですんだ」
あなたは私の輪郭に触れ、頬にぎこちなく唇を寄せる。再会の喜びか未練か衝動か、あの呪われた冬の日に宿木の下で交わし損ねた口付けなのか、いずれの振る舞いかはわからなかった。
「だけど俺がまた城から逃げたらその瞬間、呪いはあなたに感染する」
私の愛しいお姫様――リカルロット・フィーデン=サロヴァ。
「二度目は命程度じゃ済まない。俺はどうしてもシアだけは絶対死なせたくはない」
「それでも私は迎えにきたの、リカ」
ならば迷う事はない。白詰草の指輪に縋った私達の未孵化の恋が、またもあなたの選択肢を奪うなら……呪いも過去も諸共に、こんな愛など私がこの手で必ず綺麗に殺してみせる。
その為にはまず騎士団を欺かねば。栗色の髪を纏める飾りに触れながら、私はこの軍事作戦が始まった半日前の記憶を辿った。
一
権力とは、死ぬほど不都合な真実を歴史の彼方に葬る為に存在する。
「少なくとも我々辺境騎士団の残党にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。ゆえに王城攻略後に獲得の国土や王位や税収入は正直おまけと言いますか。権力の大半は財力や暴力で代替できるので、公爵家にはそこをお買い上げ頂きたいなと。先祖代々積年の悲願に今こそ成就を! 王国奪還成功即日売国廃国公国建国! いや謳い文句は素晴らしい。まあ名誉や権威や継承権って十割どころか百割ゴミ以下、というのが我が騎士団の信条なのでね、そこを捨てると国家運営も王権再興も明るい政治も諸々最悪効率すぎてゴミでして」
優美な所作と顔に似合わず笑顔でゴミを連呼した義兄へ、私の隣に座る親友が愛らしく微笑んだ。
帝国軍の包囲も既に王都周縁に狭まった昼下がり、私達は農耕馬六頭立ての無蓋馬車で、決戦を前に避難も進み閑散とした大通りをぽくぽく進む。向かう先は陥落寸前の王城だが、現王は帝国に尾を振る売国奴な宰相の傀儡と化して久しいので実質滅亡済みとも言える。
「先進的な信条だわ。エレンシア、お義兄様果敢な方なのね」
「わあもっと褒めてほしい。魔術契約上の義理の関係だからか皆様あまり兄妹扱いしてくれなくて」
なお王国屈指の公爵領で蝶よ花よ姫よと育った彼女の言葉を直訳すると「蛮勇気取って猫も被れない愚者は伝統大好き老人会にでも撃たれてろ」となる。私は義兄と親友の社交を聞き流し、王城の尖塔できらめく光を注視した。先行潜入組からの信号をうけ親友へ右手を差し出す。
「義兄さん攻城機の起動準備を。飛び道具組配置完了だそうです。レナは絶対に私の手、離さないでね」
「安心なさって、死んでも離しませんわ!」
「つよ。エレンやっぱお留守番しとかない?」
「しません。私が行かないで誰がリカを迎えに行くの」
義兄を切り捨てレナの手を握り返し、左手で髪飾りに紛れ込ませた私の結婚指輪に触れる。愛しい彼から贈られた簡素な銀細工を介し、魔術通信網へ干渉する。
『へい受信! ご新規様もご案内! 防諜完璧無遅延光速通信魔術回線へようこそ!」
頭の中に直接話しかけてきた年上の義弟は今日も陽気にやかましい。私と繋いだ手を通し初めて回線に接続したレナも戸惑っている。
『おい野郎ども力が欲しいかくれてやるぜやる気! うちの可愛いエレンシアがお友達連れて光回線にご入場だ拍手! ついでに我らが二度と愛を囁きたくはねえ極北辺境騎士団長閣下のありがたいお言葉もくらえ!』
回線名はともかく、自ら志願し義兄でなく義弟を名乗る彼の調律技術は確かだ。王都各所に散る騎士団残党――私の総勢三十二名の兄と弟達からの歓迎は音も割れず、その後兄上へ……私の唯一の実兄へ三十一名の騎士達から雪崩た、罵声と罵倒と一抹の心ある悪口も大変明瞭だった。
『うるさい黙れ。これ以上一言でも騒いだら社会的無理心中を強行してやる』
目の前でも義兄が耳飾りに偽装した指輪越しに「お前の性癖乳より腰!」と罵っていたが、事実上の死刑宣告には彼も一瞬で押し黙る。過去が世間に暴露されたら全員連座で人生の難易度が上限突破し最悪詰む以上仕方ない。
『聞け。今や土地も民も城も滅んだ名ばかりの辺境伯領の、王国最果ての地の騎士達よ。呪われきったあの冬の三度に渡る大厄災を生き残った、私達の義務とは何だ?』
『これ以上、一人も欠けずに生きのびる事』
恒例の野次を無感情に鎮めた兄上に、常識と良識をわきまえた稀少な義兄が答えた。
――三年前、帝国より宣戦布告がなされたあの日。彼ら騎士団が守るべき極北山脈裾野の辺境伯領は、たったひとつの呪いによって一切の接敵なく壊滅した。
王国中枢へ放たれた帝国屈指の大呪法が、王都をすり抜け辺境を襲ったのだ。忌まわしき呪いは享楽の王都を崩し砕き平らげるに代わり、北果ての家畜を穀物を領民を、騎士を官吏を魔術師を、揃って綺麗に皆殺した。王家と王都が被る災厄の身代わりたれと交わされた古き形代の契約の通りに。
『では各々の権利を行使する為、我々が今なすべき事は』
『俺達の命を繋ぐ為に王城に乗り込んでってそれっきりの、我らが姫様の奪還。あの人の自由もお綺麗な首も、売国奴にも侵略者にもくれてなんぞやるものか』
私の姫様に誰よりも憧れ懐いている、幼い義弟が噛み付いた。
『そうだ。皆、今一度胸へ刻め。我々は生き残り続けなければならない。なにがあっても全員で』
当時、伯家の婿の一人として騎士団を率いていた兄上は、育ての親たる師も友も、未だ恋してやまない妻もその一族もいとけない娘も、先達も後進も従者も弟子らも皆々無惨に死に晒したがゆえ、否応なく極北の辺境伯を襲爵した。
『猶予はない。帝国軍の降伏勧告によれば三日後には総攻撃。貴顕も多く死んだ今、存命の王族は現王とあの子のみ。国が落ちればその首もまた落とされる』
そも頻繁に形代の災厄が注ぐ極北辺境だ。私達兄妹のみならず騎士達もその大半が、後腐れなく死んでおけと厄介払いされてきた名家の庶子や才ある敗者や不都合な殺され損ないである。あなたもそうだ。リカルロット・フィーデン=サロヴァ。幼くして追放された不名誉な王子。
『よって此度の勝利条件は殿下の救出と戸籍簿原本書類の破棄、王権の奪取と売国となる。我が国の王冠を現王家より簒奪するのは、帝国ではない。我々だ』
私達が最初の呪いに蝕まれ仮死の屍を晒したあの三昼夜の地獄でも、未だ王統への加護に守られていた彼だけは無事だった。その後かろうじて息を吹き返した私達は辺境防衛を担い、彼は二つ目の呪いの到達を前に王都へ。けれど救援どころか帰還も音信もなく、三年。
『公爵家との共闘も踏まえ、王弟リカルロットの救出完了目標は十時間以内とする。よってこれより――』
『緊急、奴ら出やがりました! すまない抑えきれなかった!』
しかし追想と静寂を裂き、飛び道具組の手綱兼回収兼始末書担当の悲鳴が割り込んだ。
さすがに乱れた通信の向こうでも、ふざけた前倒しに誰かが壁を登攀し始め、誰かが早くも抜剣し、誰かが悪夢のような祈祷の文句を口遊む。ついでに誰かが急に羊を駆り出し、突然草を奪われた抗議さえンメメェと混線した。
『我々なのだ。こんなものだろう。それにまあ――〝完璧すぎても可愛くないし、少しくらいお行儀が悪い方がいい〟』
兄上もまた諦めたように、亡き伴侶の口癖を誦じる。
私とレナも耐衝撃護符を手に走行中の馬車から飛び降りた。無蓋馬車とは仮の姿、二本の足でがしょんがしょんと立ち上がりゆく超新時代攻城機綺羅星くん四世の加速と勇姿を遠目に見送り、今後の高機動な活躍を祈る。
『では諸君、少々早いが作戦開始。――我ら壊滅騎士団が極北辺境伯領へ捧ぐ、最初で最後の弔い合戦だ! 好きにやれ!』
かくて号令が発せられると同時に、先行していた農耕馬ダービーの馬群が城壁へ突っ込みこれを破壊した。流石死の大地開拓の立役者ザザ種の皆様だ。歓声と悲鳴と人の金で食う肉への雄叫びを耳に私達も歩んだが、やがて城内からの一報に駆け出す。
『義妹よ、君の愛を見つけたが運命は悪戯。我らと同様彼も呪われ今やその姿鈴蘭の乙女!』
……騎士団の美を担う義兄のすすり泣きに。
『やっと僕らが男に戻れた途端今度は貴様か!』
『あれ地味に自尊心砕けるよね』
『無事なのあともう団長だけ? 性別迷子騎士団とかに改称する?』
『やめろただでさえ戸籍燃やして物証隠滅する為にこんな事やってんだぞ!』
生存のため身体転化の禁術を死んだ目で浴び戸籍も改竄し、兄上を理詰めで脅し泣き落とし三十一枚の婚姻証書に署名させ、事実上の王子妃の外戚との領法では合法な重婚により、王統への加護のお零れで二つ目の呪いを生き残った騎士共の悲鳴が木霊した。
修羅場を加速させるが如く、爆発を美学とする義兄と異界視の異能で未知の言語読解の趣味を楽しむ義弟の共作の花火も天に踊る。
「なんですのあの蛇」
「文字かな、異界の」
――Today's Strategies or Tactics for our Survival:Reclaim the Throne that Abandoned us.
「本日の作戦行動、もしくは我らの生存戦略……我々を見捨てた、あの玉座を奪還せよ」
どうせ辺境の残党以外読めやしないとたかを括った異界の文字列が放つ光が。
『先制班、弾着――今!』
自前の飛び道具でかっ飛んでは超至近距離で破壊を尽くす義兄達が今更えぐった王城の惨状を、まさに折悪く彩った。





