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4-21 サユリさん、事件です! ~幽霊宇宙船シエロンフラメ編~

宇宙船シエロンフラメ。

その船は地質調査のため、とある星へ向かうはずだった。

ところが、立て続けに奇妙なことが起こる。


動かなくなったロボットたち。

消えた二十名の船員たち。

途絶えた通信。


さながら幽霊宇宙船のようになったシエロンフラメ。

その謎に挑むのは、古今東西のミステリー小説を学習したアンドロイド「サユリ」と、その所有者である若者、コースケ。

彼らは船内の通信記録に奇妙な点を見つける。


果たしてサユリとコースケは謎を解き明かせるのか。

凸凹コンビが事件の真相に迫る!

 船内はひっそり静まり返っていた。

 通路がまっすぐに伸び、その先は暗闇へと吞み込まれている。

 行く先を照らすのは自分の宇宙船から持ってきた小さな懐中電灯と、タブレットの画面から漏れる光だけ。


 自分の足音が耳障りなほど高く響く。神経をとがらせ周囲の様子を探るが、生きている者の気配は感じられない。

 もしかしたら、僕はこの宇宙に一人ぼっちで取り残されてしまったのではないか。そんな妄想がよぎり立ち止まる。耳を澄ませると遠くから機械の稼働音が小さく聞こえてきた。甲高いモーター音はまるで幽霊がすすり泣く声みたいだ。


 この宇宙船は、まるで廃墟だ。


 暗い船内の壁に手を当てながら進んでゆくと、別の通路とぶつかった。

 懐中電灯が照らした奥には数体の船内作業ロボットたちが見えた。しかしどれも静まり返り、オブジェのようだ。

 ロボットの内部を確認するため、背面のカバーを開く。機械がつまっているはずのその場所はがらんどうだった。

 全身にざあっと鳥肌が立つ。

 そのとき、船内に大音量が響いた。


『もしもーし! コースケさん? そっちの様子はいかがですか~?』

「うぎゃッ!?」


 僕はたまらず悲鳴を上げた。

 音の発生源は僕が持ち込んだ通信用タブレットだ。びっくりするあまりもう少しでタブレットを叩き割るところだった。


『あらあら、驚かせちゃったかしら? ごめんなさいねぇ』


 スピーカーから、まったく悪びれる様子のない声が聞こえてくる。

 タブレットの画面に映し出されているのは黒髪の若い女性。もし宇宙が人の形になったらこんなふうだろうかと思わせる妖艶さがある。

 十人いれば十人が彼女を美人だと(たた)えるだろう。

 だが、それは人を喰ったような彼女の性格を知らないからだ。


「さっ……サユリさん! いきなりそんな大音量で話しかけないでよ! 心臓に悪いだろ!」

『わたしには心臓がないからわからないわ』

「もう! AIジョークはいいから!」


 そう、彼女はAIを搭載したアンドロイドなのだ。

 今は近くに停泊している自家用の宇宙船で待機しているはずなのだが、様子が気になって通信してきたらしい。


『心配してたのよ。ちゃんと調査できてるかしらって』

「大きなお世話だってば」

『でも報酬がもらえないと困るのはコースケさんでしょう』


 痛いところを突かれ、思わず「うぐ」と声が漏れる。

 そう、依頼元を満足させる調査報告ができればそこそこ高額な報酬がもらえるはずなのだ。

 そうすれば美味しいものだって食べられるし、着古した服だって新調できる。最近どうも関節の調子が良くないとぼやくサユリさんを修理に出すことだってできるし、うまくすれば今使っている自家用宇宙船の修理費も捻出できるかもしれない。


 そもそも、なぜ僕がこんな不気味な場所で肝試しの真似事をしているのかというと、きっかけは一通のメールだった。

 そこには、とある宇宙船で起きた事件について書かれていた。


 宇宙船シエロンフラメ。

 どこにでもある調査船の一隻だ。その船は地質調査のためとある星へ向かうはずだった。ところが、立て続けに奇妙なことが起こった。

 船には機体をメンテナンスするロボットや乗務員の世話をするロボットがいるのだが、ある日突然、彼らが動かなくなったのだという。


 原因は不明。船長は首を傾げながら会社にその旨を報告をした。

 ところがその報告を最後に、今度は船からの通信が途絶えた。船には二十名ほどの船員が乗っていたはずだが、まったく連絡の取れない状態になった。

 調査のため別の宇宙船を派遣したが、船内の様子のあまりの不気味さに誰もが難色を示しているらしい。


 そこで僕に依頼が来た。

 「サユリ」を使って船を調べてほしい。それが僕宛に届いたメールの内容だった。


 サユリさんは、もともと祖父が所有していたアンドロイドだ。

 亡き祖父は無類のミステリー小説好きで、自分の所有するアンドロイドに古今東西のミステリー小説を学習させた。その結果、サユリさんは高い推理力を得て有名になった。


 そう、彼女はとても優秀なのだ。

 人を喰ったような性格でいつも僕をからかうけど、一方で彼女の能力を高く買う人間もたくさんいる。

 そんな彼女を、祖父の死後に僕が受け継いだ。

 祖父に寄り添っていた彼女から見れば、大学を出たばかりの僕なんて赤ん坊のように見えるのだろう。


『コースケさん、依頼内容はちゃんと覚えてる?』

 サユリさんに尋ねられ、僕はふくれる。

「覚えてるって。消えた船員の行方を調べる、ロボットたちが動かなくなった原因を探る、のふたつだろ? でもロボットの中身は空っぽだったよ。あれじゃ動くわけがない」

『でも以前は動いていたはずでしょう』


 そうなのだ。

 シエロンフラメを所有する会社からの情報によると、問題が発生する前まではロボットたちはきちんと作動していたという。

「逆に、どうやって動いてたんだろう」

 僕は首をひねる。

 それに消えた船員たちの謎も気になる。


『そんなコースケさんに大ヒントをあげるわ。調査に行き詰まったら原点に戻ること』

「えっ、サユリさんは何かわかったの?」

『さて。どうかしら』


 タブレットの中で、赤い唇がいたずらっぽく笑う。いつもこうだ。彼女は僕より先に答えを見つけ、僕が追いつくのを待っている。まったく趣味の悪い。

 原点に戻る、と言われて僕はあることを思い出した。


「そういえば、船のデータをもらってたよね」

『ええ。船内カメラと船外カメラの映像、船内の通信映像、本社への報告内容、外部から受信した映像、あとは船の設計図もね』


 一度ざっと目を通してはいるが、改めて見たら何か気付くかもしれない。

 ひとまず本社への報告内容からチェックすることにした。

 だが、どうやらあまり小まめに報告を行っていなかったらしく、日付にかなりブランクがある。直近の報告は話に聞いていたとおり「ロボットたちが動かなくなった」という内容だった。

 外部から受信した映像も覗いてみたが、こちらは誰かの家族らしき男性が「気をつけて行ってこいよ」と語りかけている一件のみ。


 次に船内カメラの映像をチェックする。

 もしかしたら幽霊が映っているかもと身構えたが、再生されたのはごく普通の光景だった。航海は途中までおおむね順調に進んでいたようで、船員たちが仕事をしたり日常生活を送っている様子が映し出されている。もちろん、僕が見た真っ暗な船内ではなく、きちんと明かりが灯っている。


 ここまで目立った手掛かりはない。

 最後に船内の通信映像にも目を通すことにした。

 ほとんどが業務連絡ばかりだが、最新データに二人の乗組員が通信している映像があった。


『予定よりずいぶん早く目が覚めちまった。退屈だからシフトを替わってやるよ』

『それは助かる。実はコーヒーを飲んでも眠くてまいってたんだ。今すぐコールドスリープマシンに飛び込みたい気分さ』


 二人はそんな会話をしていた。

 この調査宇宙船は少し遠い星まで行く予定だという。数年単位での航海になるため船員たちは交替でコールドスリープに入る。

 船内カメラの記録を確認すると、通信で話していた船員が自室に戻る様子が映っていた。ここまではとくに奇妙な点はない。


 だが、不思議なことに「目が覚めた」と話していた船員の姿が見当たらない。カメラを切り替えても、どこにも映っていなかった。

 コールドスリープの機械は船員たちの各個室に設置されているが、個室から誰かが出てきた様子はなかった。個室にはカメラがないから、中の様子がどうなっているのかはわからない。


 気になるのはそれだけではなかった。

 一台のロボットが通路の奥へ進んだまま、いくら経っても出てこなかったことに気付いた。一台、また一台とロボットが消えてゆく。

 その先はカメラの死角になっていて、僕ががらんどうになったロボットたちを見つけた場所と重なる。


 この船では、確実に得体の知れない何かが起きている。

 背中を冷たい汗が伝った。

 サユリさんに話しかけようとタブレットを覗いたとき、ふっと画面が暗くなった。


「えっ、サユリさん? 悪い冗談はやめてよ」


 どうせまた彼女のしわざだ。怖がる僕をからかっているのだろう。

 案の定すぐ画面が明るくなり、見慣れた姿が現れた。


『ごめんなさい。通信状態が悪いみたい』


 珍しいことに、彼女は素直に謝った。

 いつもなら「驚かせちゃったかしら、ごめんなさいね」とからかってくるのに。


「もう、びっくりさせないでよ」

『これ以上調べても手掛かりはなさそうね。危険だし、もう帰っておいでなさい』


 相変わらずの、子ども扱いするような言い草。

 だけど、妙な違和感を覚えた。

 たしかに僕にとってこの状況はわからないことだらけだけど、サユリさんは何かをつかんでいる様子だった。それなのに帰ってこいだなんて言うだろうか。


 それに、彼女は危険を承知で僕を送り出した。

 はじめ彼女は反対していたのだ。僕には荷が重いからと。それなのに僕が意地を張って依頼を受けると押し通した。どうしても自分の力で事件を解決したかった。

 僕が言い出したら聞かない性格だということを、サユリさんはよく知っている。

 もう十年以上にもなる長い付き合いだ。僕らはお互いのことを嫌というほどわかっている。

 ――だから、今モニタに映し出されているのはサユリさんではない。


「お前は誰だ」


 尋ねた瞬間、再びモニタが消えた。

 サユリさんに何かあったのだろうか。

 僕は自分の船に戻るため、身をひるがえした。

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